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ー花嵐の章12- 近江事情

 次に考えるべきは美濃みのの西、近江だ。北近江には国人あがりの成り上がり大名・浅井家と、鎌倉時代より守護大名として南近江を支配してきた、六角家だ。


「さて、美濃みのの西は浅井家と六角家があるわけですが」


 織田信長は地図上の琵琶湖の南岸、南近江の地を扇子で指し、大きくバツ印をつくる


「まず、六角家とはまともに交渉できません。させてもらえないというべきでしょうか」


 信長は扇子をもった右手とは逆の左手で頭をかきながら言う


「あちらはれっきとした、鎌倉時代から続く名門の出です。対して、先生は守護大名、斯波家の家老のそのまた家老の家です。もともと大名家ではありませんでした」


 元々、尾張おわりは守護大名、斯波家が管轄していた。そこを2家の守護代、織田伊勢守家と織田大和守家がいた。その2家が斯波家より力をつけて、尾張おわりを乗っ取ったのである。

 織田信長は織田大和守家の家老の家だった。ゆえに織田信長のスタートラインは大名家ではないのである。尾張おわりを統一して大名として成り上がった、いわゆる下剋上である。


「うっほん。出自の差とは、本当に厄介なのじゃ」


 村井貞勝が呼応するように発言する


「可能性としては、まだ国人あがりの浅井家のほうが話をきいてくれるのじゃ」


「じゃあ、織田家は浅井家と組むッスか?」


 前田利家まえだとしいえが信長と貞勝さだかつに対して疑問を投げかける。


「うっほん。ここで問題があるのじゃ。浅井家はすでに六角家と同盟を結んでおるのじゃ。しかも同盟の体はとってはいるが、実質、浅井家が従属しておるのじゃ」


「じゃあ、八方ふさがりじゃないッスか。美濃みのの西は手つかずって話で終わるッスか?」


疑問顔の利家としいえに対して、信長がニヤリとした顔を見せる


「この浅井家と六角家の関係。同じようなところを見たことありませんか?」


「あ、俺んとこと今川家か!」


 松平家康が左の手のひらにに、右手をグーに握りしめた形で、ぽんと軽くたたく。


「はい、その通りです。そしてやることも同じです。片方に支援を送り、もう片方を煽るのです」


 家康は、信長殿はやることがえげつないなあと思いながらも話の続きを聞く。ここで学んで、将来に生かさなければならない。聞く姿勢は真剣そのものである。


「六角家と浅井家は婚姻関係です。そこにくさびを入れます。こちらから浅井家に姫を送り、六角家との婚姻を破棄してもらいます」


「うっほん。六角家は家臣の娘を浅井家に送っているのじゃ。こちらは殿とのの親族を送るので、浅井は対等に組める織田家を選ぶ可能性が高くなるのじゃ」


殿とのの親族で女性となると、もしかして、お市さまッスか!?」


 利家としいえをはじめとして、家臣一同、驚きを隠せない。お市さまは三国一の美女といわれるほどのお方である。それを同盟のためとは言え、得体のしれぬ浅井家に嫁がせるのかと。


「お市さまが輿入れだなんて、そんな」


「お市倶楽部にはいってる俺はどうしたらいいんだ」


場内は騒然として、まとまる気配がない。信長がパンパンと手を二度叩く。するとある者が襖を開け入ってきた。


「鎮まりなさい、皆の者」


 話題の中心人物、お市さまが登場したのである。


「話は兄からすでに聞いております。政略結婚は世の常。覚悟はできております」


 お市の眼には堅い意思がやどっている。兄ゆずりの眼の鋭さである。一同は息を飲む。


「確かに浅井長政さまに関する情報は少ないです。まだ若き身でありながら、父・久政を追いやり、家督を継いだという話です」


「うっほん。長政が父親の久政を追い出したのは一説によれば、六角家の支配を嫌ってのことらしいのじゃ。そこに決定的なくさびを入れる形で、お市さまの輿入れをするのじゃ」


「そんなことをすれば、六角家と浅井家は確実にいくさになるッス!尾張おわりからじゃ美濃みのの斎藤が邪魔して兵は送れないッス」


 いいえと信長は言う


「兵は送れませんが、金と兵糧は送れます。堺の豪商を介して送れば、比較的、怪しまれず送れるでしょう」


 だがしかしと信長は続ける


「まあ、斎藤家にばれたからといって、堺の豪商を襲えば、斎藤と商売してくれるところがなくなります。まず、素通りさせるでしょうね」


 斉藤龍興は愚鈍だが、堺の豪商を襲うほど馬鹿じゃないはずだ。だが、先日の奇襲を指揮したものが絡むとどうなるであろうか。あれから密偵を斎藤家に送ったところ、竹中半兵衛という名であることはわかっている。


「斎藤家がどう出るかは、まあ、賭けですかね」


 信長といえどもすべてが見通せるわけではない。可能性も考慮して最善だとおもえる手を積み重ねるだけだ。うまくいくかどかは結局は運もからんでくるので確定事項なことなどないのだ。


「では、北近江の浅井長政に書状を送りましょう。織田家からの贈り物は、金と兵糧と、三国一の姫です。どうでるでしょうかね」



 浅井長政からの返事は、こちらの思惑とほぼ一致していた。だが、金と米は予定より多めに請求されたのである。


「うーん。意外と欲深いですね。若いとは聞いてますが、取れるときはきっちり取ってきますか。ある意味、将来、楽しみではあります」


「俺のときもごねてたら、もしかして吊り上げれたでござるか?」


 家康は信長に問いかける。


「そうしたら、今頃、尾張おわりからの三河への技術提供は出し渋ってたでしょうね。損して得取れといいますから」


「うへえ、言わなくてよかったでござる」


 もし、家康が信長相手に強欲な交渉をしていたら、そのときはいいかもしれないが、将来的には東への防衛ラインとしてのみ利用されていたことだろう。家康は、長政と違い、間違えなかったのである。家康のわらしのような率直さが功を奏したのであった。


「しかし、長政くんは、視野がやや短絡すぎますね。おなじ若い家康くんとは違い、がつがつしています」


「え、俺、褒められてるでござるか?」


「長政くんは継続的な、金や兵糧の支援を願いでてきています。ですが、琵琶湖に面し、水運により商業も農業も発展しやすいはずです。それほどこちらから支援する必要性はないのです」


「それはがめついでござるな」


「堺の豪商を介するのは苦肉の策です。美濃みのを取れた暁にはといって、ごまかしましておきましょうか」


「しっかし、技術提供の話などは来ておらぬのでござるか?」


「まあ、北近江と尾張おわり美濃みのを挟んで遠いですし、尾張おわりの現状などには興味がないのでしょう。当面の敵の六角のほうがよっぽど大事なのでしょう」


 地理的要因があるとはいえ、浅井長政と松平家康に対する、信長の態度はかなり違っていた。隣国かそうでないかは決定的な差であった。


「まあ、浅井家のことはしょうがありません。こちらもまずは、美濃みのを落とさなければ、手詰まりですからね」



「んっんー。堺の豪商に米を輸送させて近江に送るのですかあ。これでは手が出せません。ですが、遅滞行動はとれます」


 美濃みの内の各関所で豪商の身分検査をし、進行をおくらせるのである


「まあ、それでも1週間程度しか遅滞させれませんがね」


 荷物は無事なものの、竹中半兵衛の策で、一週間で近江に入れる予定が大幅にずれ、2週間もかかってしまった。兵は拙速を尊ぶ。遠回り的ではあるが、浅井、織田両家に対してのいやがらせとしては十分な効果を発揮した。これにより、浅井側からの積極的な六角家からの独立機運に水を差した形になったのである。



 それとは別に浅井と織田は交流が浅く、互いの理解に溝があると、信長は考えていた。浅井家との交流で考えているものはある。それは「相撲巡業」である。


「相撲巡業、浅井家に送りますか。さすがに素で通してくれますよね?これくらい」



「んっんー。相撲で浅井家と交流を図るつもりですか。なら、この手はどうでしょうか」


 竹中半兵衛は急きょ、尾張おわりの力士たちが通る村々で相撲大会を開いた。相撲をこよなく愛する力士たちである。村々を素通りして、北近江に向かうことなどできない。各村で相撲大会が行われ、力士たちは喝さいを浴びた。

 だが目的地である北近江についたのは、予定より2週間も遅れてのことだった。またしても、竹中に水を差された形となったのである。



 織田家からなにかアクションを起こせば、その都度、邪魔を入れられる。信長は竹中に業を煮やす。


「僧侶たちによる俳句会にまで、遅滞行動をいれてきますかあ」


 いい加減、竹中のしつこさには怒り心頭気味の信長である。


「これ、お市さまの輿入れにも、確実になにかしてくるッスよ」


 利家としいえも竹中にはうんざりだ。


「浅井家を通して、斎藤側に交通の許可をもらうつもりですが、必ず、しかけてきますね」


 直接のいくさ場での戦いではない。相手の策を読み、それを妨害する。そして少しでも自家に有利になるよう、ことを運ぶのだ。それこそ知将冥利というものだと、竹中はほくそ笑む。


 1562年も6月にさしかかろうと言う中、竹中と信長の計略はお互い、一歩もゆずらないのであった。

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