ー花嵐の章11- 外交は筋肉
織田家ではなぜ農繁期でも自由に戦ができるのか。
他国は農家の3男坊、4男坊も含め、一家全員で農作業をしている。いや、しなければならない。それほど農業というものは人を土地に縛り付ける。
対して、織田家では農具の改良などを積極的に行ったり、農家同士の横の繋がりを強めるなどの工夫をして、生産性を上げることにより、3男坊、4男坊の労働力なしでも、他国と同じかそれ以上の作物の生産量を確保している。
ようは、労働人数がちがっても、効率よく運用されているため、織田家と他国では労働力に差がなく、同じ収穫量があがる。余った人手は、給金を払うことで、兵士として買い取り、常備軍として配備されている。
兵農分離は、農業改善も行わなければならず、一朝一夕で出来ることではない。そこが、織田家と他国との決定的な違いであった。
「いやー、織田家には本当に学ぶことが多いでござる」
尾張に留学に来ている松平家康と、本多正信が、織田家の農業のノウハウを学んでいる最中であった。
「でゅふ。質の良い鉄製の農具や、戦から完全に分離された農民による二期作、三期作」
「人手が余った3男坊以下のものたちで、兵士にならなかったやつらは、楽市楽座で商売人になったり、丁稚になることもできるでござる」
「職業選択の自由があるでゅふな、尾張には」
「尾張は大いなる可能性を秘めた宝箱でござる。うらやましい限りでござる」
「三河もがんばって追いついてもらわないと困りますよ」
信長が感心する2人の後ろから声をかける。
「織田家がいつでも戦ができるのに、同盟国が農繁期に戦ができないんじゃ、結局、兵農分離してる意味がなくなりますからね」
「いやはや、耳が痛いでござる。俺たち、がんばって織田について行くんで、こうご期待でござるよ」
「織田家のノウハウを本国へ伝えるために書簡を飛ばしまくる日々でゅふよ」
家康がガッツポーズを見せ、正信がしきりに眼鏡をくいっとさわる。やる気は十分のようだ。三河は時間をかければ、ゆっくりとだが変わっていくだろう。トップがやる気なのだ、下のものもついてくるはずだ。だが、そうでない場合はどうなるのか。
「貞勝。定例会合を行いますので、そろそろ、皆さんにお集まり願いましょうか」
それとと信長は続ける。
「松平家にも関係があることなので、家康くん。会合に出てくださいね」
「え、俺もでござるか?でも、いろいろと機密事項があるんじゃないでしょうか」
「うっほん。織田家の会合は混沌としているので、余り見せたくはないのじゃが。ある意味」
どういう意味なんだろうと、家康は考える。だが、せっかくの機会だ。こんな素晴らしい尾張を作る中心部である会合に出席できるのだ。学べることは学ぼう。そう、堅く決心する家康であった。
「ガハハッ!外交とはすなわち、相手の筋肉をほめたたえる儀式でもありもうす!」
柴田勝家が、会合部屋横の庭で、土をつめた米俵を縦に置き、その上にのぼり、槍を振るいながら舞っている。本人曰く、馬上のバランス感覚向上訓練らしい。
「筋肉を褒めたたえられた相手は好感度があっぷして、こちらを信用しやすくなるでもうす」
勝家は片膝を立て、一本足で俵の上に立ち、手に持った槍を横一文字に振るう。
「同盟を結ぶということは、すなわち相手国から信用されなければならないでもうす。よって、筋肉交流を盛んにするでもうす」
このひと、何を言っているのだろう。それが家康の率直な感想であった。
「か、勝家さま。それは、【筋肉美による外交儀礼by朝倉宗滴】の3頁目のところですね!わ、わたしもあの本は熟読しています」
木下秀吉が勝家の博学ぶりに感心している。家康は、宗滴殿の書籍にそんなものあったっけと、頭にハテナマークをつける。
「でゅふ。さすがは織田家の方がた。あの本を知っているとはさすがでもうす」
「あれ、正信も知っているってことは、俺が勉強不足なのか?」
ひとり、話題から仲間はずれの家康は、自分の浅学ぶりにあせる。
「な、なあ。その本、俺にも見せてくれよ、正信!」
「でゅふ。いやでもうす。自分で購入するでもうす」
「い、家康さま。わたしが写本を、も、持ってます!1冊、5貫でいかがでしょうか?」
5貫かー。商人から買うよりかは、はるかに安いのだろう。自分の勉学のためだ、ここはケチる場面ではない。
「では、秀吉殿。一冊お願いするでもうす。お金はあとで、正信にもってこさせるでござる」
「お、お買い上げありがとうございます!またのご利用、お、お待ちしております」
また利用することがあるのかなあと思いつつも、写本を受け取り、なになにと1、2頁をめくり目次を見てみると
「相撲は筋肉と筋肉の交流会。ん、ま、まあ、そうでござるな」
「ガハハッ!家康さまと相撲をとったときのあれも、外交の一環だったのでもうすよ」
ああ、あの一方的に恐怖を植え付けられたアレか。たしかに学ぶことが多かったのは事実である。筋肉は万国共通の言語なのか。
「朝倉宗滴のしりーずは豊富ですが、やはり【朝倉英林筋肉17か条】ですかね。実力主義に関することがこと細やかに載っている愛読の書です」
「さ、さすが信長さまです。わたしは、た、高くて買えないのです」
「では、今度、猿に貸してあげましょう。写本が終わったら返してくださいね?」
猿がうっきーと舞い上がっている。おっかしいな、そんなシリーズ、あったっけ。今川義元さまの蔵書にはなかった気がするが。俺はひとり別世界からやってきたのだろうか。そんな気さえしてしまう。
「でゅふ!秀吉殿、わたしにもその写本ができましたら、売ってほしいでもうす」
「で、では、10貫いただきますね!」
「た、たかいでゅふ!」
現代の価格に直すと1貫=10万円として、10貫は100万円である。いくら松平家の重臣である本多正信といえども躊躇してしまう価格である。
「あー、猿の写本は注釈つきで便利だぜ。赤い字が猿独自の注釈。それがまた的確でためになる。少々、値が張っても買って損はないぜ」
そう言うのは、佐久間信盛である。松平との同盟もなり、三河との境にある鳴海城は、周辺の警備くらいが仕事であり、ぶっちゃけ暇。なので、代官に任せて、今は清州のほうに奥方の小春といっしょに仕事をしにやってきている。
信盛も猿の写本にはお世話になっている。特に【ふたりでおこなう夜の柔軟運動byザビエル】には頭がさがる。今夜はどの柔軟運動で小春と楽しもうか。
「むむ。しかたないのでゅふ。家康さまと合わせて15貫。会合が終わり次第、払わせてもらうのでゅふ。しっかり注釈をおねがいするでもうす」
「ま、毎度ありがとうございます!これからも、ひ、秀吉写本をごひいきに!」
ちなみに秀吉写本は織田家内では安い。他国では10倍ぼったくるのかと、信盛は少し寒気がする。
「さてと、肝心の外交の中身についてお話を進めていきましょうか」
信長はそう告げる。皆の顔に一様に緊張が走る。家康はいよいよ本番がはじまるのかと気がまえる。床に広げられた日本中部・近畿地方の地図の尾張を扇子の先で指し示す
「まず、織田家は、松平と同盟を結んでいます。そのおかげで織田家は北と西へ侵攻ルートをとれます」
扇子の先で尾張と三河を丸で囲むようになぞり、次は美濃を指し示す
「織田家は、まずはひのもとの国の中心に位置し、交通の大動脈である美濃を攻めとる予定です」
信長は一度、扇子をぽんと左手に打つ
「問題は、織田家が斎藤家を攻めることにより、斎藤家が弱体していき、他の国からも介入される危険性があるということです」
美濃の東の信濃と
「その芽をつぶすために、美濃より東の信濃。ここを治める武田信玄」
西の近江を扇子で交互に指し示し
「そして、西に位置する京への道の阻害となる浅井家」
パッと扇子を開き
「この両家と同盟を結ぶことにより、美濃への不可侵を約束つけます」
家臣たちは、ふむふむと聞き入っている。
「武田のことは、松平家のほうがより事情が詳しいでしょう。家康くん、説明をお願いします」
「お、おう。武田信玄が今川義元が倒れたことを機に、今川と同盟を最近、切ろうとしているでござる」
武田信玄は今川との同盟破棄を考案していたとき、今川から嫁をもらっていた嫡男が反対をしていた。それが嫡男謀反まで行きかけ、信玄が嫡男一派を粛清する運びとなった。それがきっかけとなり、今川との婚姻関係は破局している。そして
「松平家に信玄から使者がきたでござる、使者が言うには、武田と一緒に今川領を切り取らないかとの誘いでござる」
「それに織田家がのっかります。同盟先の同盟国は仲良し理論です」
信長は閉じた扇子を信濃と美濃の国境沿いでバツ印を描き
「こちらからの提案としては、斎藤家が西から信濃に侵攻しないよう、織田家で抑えるから、今川領を安心してねらってくれと言ったところでしょうか」
今川領は、松平家の独立を許し、武田との同盟も危うく、いまや戦国の虎たちの餌場になろうとしていた。今川氏真は政治はできる。だが父とは違って戦えない。戦えないやつは他国に喰われる。それが戦国時代である。




