ー花嵐の章 9- 斎藤家の急襲
犬山城は、清州から北東15キロメートルに位置する、美濃攻略の要となる尾張・丹羽郡にある城である。織田信長の従兄弟である織田信清は、そこに城代としてあてがわれていたが、城主の池田恒興が不在の際に乗っ取ってしまったのである。
「やれやれ、もうしばらくおとなしくしていると思っていたのですが、勘がはずれてしまいましたねえ」
「信長殿!俺に何かできることはござらぬか?」
家康が手伝いを申し出てきている。それを右手で静止する形をとり
「家康くん。おぼえておきなさい。家中の内乱においては絶対に他家に介入されてはいけません。これはお家を守るための鉄則なのでよくおぼえておいてください」
家康がまだ何か言いたげなところを後にし、信長は村井貞勝に命を飛ばす
「佐々成政と前田利家に兵300ずつ。中詰に河尻秀隆に500、後詰めに佐久間信盛1千を率いさせ、犬山城を奪い返しなさい」
矢継ぎ早に信長が命じる
「兵はなるべく殺さぬよう、投降をよびかけなさい。城代の信清は生死は問いません。逃がさぬように」
数時間後、謀反を誅するする軍隊が、清州から出立したのであった
「なるべく殺さないようにって言われたけど無理があるッスね」
「ん…。信長さまは優しいから」
犬山城から南西に、佐々の300とその後ろに河尻の500。すこし離れて犬山城から南に前田の300と後詰の信盛の1千が詰めていた。それぞれの隊の将は、部下に待機の命令を出し、展開した軍の後方中央に陣幕を張り、そこでどう攻めるか相談していたのである。
「犬山城を守る兵は300から500と推測される。おそらく信清殿の領地から無理やりかりだされた者たちだろう」
河尻がそういうと、信盛はあごを右手でさすりながら
「その程度なら包囲してれば、長く持っても1週間かそこらで投降してくるだろ」
「なんでこんな時期に謀反なんか起こしたッスかね。信清さまは」
利家が不思議がる。尾張の情勢定まらぬ、3年前ならまだわかる。いまや尾張は、ほぼ信長に統一されているのだ。今更、謀反を起こしたところで、何にもならない。
「意地なのだろう。そして、松平と組むのがいやだったのだろう」
そう、河尻は結論付ける。佐々は別のことで不思議がる。
「ん…。なんで、こんなに大軍で犬山城を囲む必要があるんだろう」
「んー?もしかしたら斎藤が裏で糸を引いてるとかで、用心のために2千もださせたのかなあ」
信盛は信長の思考を読もうとする。だがやめた。殿の直観かもしれないし、考えるだけ無駄ってもんだ。
「まあ、斎藤側から動きがあったら、利家の300を佐々と河尻殿の後詰にして、俺の本隊1千で犬山城にあたるさ」
河尻は、うむと頷き、戦前の打ち合わせをこうしめる。
「犬山城攻略は難しくないとはいえ、戦場では何が起こるかはわからぬ。ゆえに気を抜かぬよう、注意しよう」
おうッスと、利家は応え、佐々も
「ん…。わかった」
と返す。まあ、こいつらなら、なにかあっても対応するだろうと、信盛は彼らを信頼していた。
事態は犬山城を包囲して3日後の朝に起きた。犬山城からは脱走する兵がちらほら出ているようだが、その数はまだ少ないようだった。士気は低いと思っていたが、信清の領地から駆り出された旧来からの私兵みたいなもんで、予想がはずれて、士気は高い。でも、そうはいっても、信清の手勢は多くて500だ。こちらの包囲軍は2100。どうあがいても、信清側に勝ち目はない
包囲してから4日目の朝、木曽川の対岸、北側に狼煙が上がった。その色は赤色で明らかに人工の煙だ。何かの合図だろう。狼煙があがった数分後に、犬山城の城門が大きく開いた。籠城していた兵のうち300が一斉に飛び出し、佐々の300に躍りかかる。
「ん…。敵襲!迎え撃て!」
通常、籠城戦では、城に籠った兵が外にでてくることは、ほとんどない。じっと耐え、敵がなにかしらの理由で撤退するまで持ちこたえるのだ。その城の兵のほぼ8割が、城の防御を捨てて、佐々の隊に襲い掛かる。
「佐々の隊を支援せよ。北に移動し、川沿いから敵を囲え!」
佐々の隊は、最初、敵の勢いに戸惑い、少しの後退を余儀なくされた。だが、後詰めの河尻の隊が支えることにより、敵の勢いを受け止め、反撃にでようとした。まさにそのときである。
「んっんー。騎馬隊50、前へ。木曽川を突っ切り、回り込もうとしている相手後詰の横腹を喰らいなさい」
木曽川対岸より軍配を振るうものがいる。
「んっんー。騎馬隊により混乱したところを、後続の槍隊300で掃討します。準備よろしくです」
突如、現れた対岸の敵の1軍が河尻の軍勢へと横から襲い掛かる。河尻は面喰い
「くっ、斉藤龍興の軍か!皆の者、急速転身!」
だが転身する速度は遅く、やわらかい横腹を騎馬隊が食い破っていく。河尻の軍は混乱をきたし、馬に乗っていた者たちは次々と落馬していったのだった。河尻自身も落馬し、左腕を強く打ち地面をしばらくのたうち回っていた。
そこにさらに敵軍の足軽が突っ込んできており、河尻の軍は一気に追い込まれていく。指揮官の河尻が落馬のため行動不能におちいったため、どんどん食い破られていく。指揮官が不在の軍はもろくなりやすい。
「全員、せいれーーーつ!密集体勢をとり、槍を前に突き出せえええええ!!」
河尻は痛む左腕に構わず、地面につっぷしたまま、号令をかける。
「騎馬隊は全員、馬を放棄し、刀、槍をもち、応戦せよ!」
混乱した馬は制御が効かなくなる。制御に時間を取られるなら、いっそ、馬を放棄すれば身は軽くなる。
「ここを食い破られれば、次は佐々がやられる番ぞ、もちこたえよおおお!」
河尻は身体から鈍い汗を流しながら、部下たちに号令をかけ続ける。いまや、500の内、3分の1が斎藤の軍により喰われていた。
佐々は、まずいと思った。河尻の軍勢が急襲をうけたのはわかっている。だが犬山城から出てきた敵の勢いが強く、ここで河尻の軍勢を助けに転身すれば、佐々の軍がやられてしまう。ここからは動けない。
「ん…。今は動けない。犬山城からの猛攻を耐えよ」
佐々は動揺して崩れそうな味方を叱咤し、守りを固くさせる。しかし、河尻がやられてしまえば、犬山城からの300と、対岸からの軍により佐々は囲まれてしまい、全滅を余儀なくされてしまう。佐々は大きなジレンマを抱えることになった。
「まずいッスね、いやな予感がぷんぷんするッス!」
利家の位置からは佐々の軍が犬山城からの敵勢に襲われているのは見える。だが河尻の軍勢がその向こうなので見えない。しかし、川の対岸から赤い狼煙が上がっているのがわかる。今すぐに救援に向かうべきだと利家の直観がそうつぶやく。
「信盛さんに伝令ッス!今から、利家の軍は河尻さんの後詰に入るッス!この場は信盛さんに任すッス!」
利家は犬山城からのさらなる急襲の危険があるが、転身を急ぎ、犬山城に横っ腹を見せながら移動を開始する。襲われないことを天に祈りつつの移動であった。
信盛は戦場の空気が変わっていくのを感じていた。信盛の本陣は小高い丘の上に陣取っており、戦場の戦況が一目でわかる位置にあった。木曽川の対岸から赤い狼煙が上がるのが見える。そして、佐々の軍が犬山城からの兵に襲われている。河尻の軍が奇襲を受けている。利家の軍が転身を開始した。
「さて、俺はどうしようか」
そして、次に動かねばならないのは信盛自身だ。利家が動いた穴を埋めるように北上し、犬山城の包囲をしつつ、かつ、佐々の支援に向かいやすいように配慮しよう。そこに伝令がちょうど来る。利家からのものだ。後詰めをよろしく頼むッスとのことだ。了解。信盛は配を振るう。
「我が軍はこれより、北へ移動し、利家の後ろを守りつつ、犬山城を包囲する。一部は佐々の援軍に向かわせるから、そのつもりで頼む!」
佐々、河尻殿、持ちこたえてくれよと思いつつ、信盛は軍を急がせるのであった。
「んっんー。ここまでは上出来。あとは敵の動き次第ですねえ」
「竹中さま、いかがなされましょうか」
軍配をいじりながら、斎藤の将、竹中半兵衛は次の策について、思案するのであった。




