ー巨星の章16- 波多野(はたの)一人旅物語・全国漫遊編
馬場が不思議がっているところに高坂が信玄の置き薬箱を持ってくる。
「信玄さまは、ここ最近、薬箱から赤い包み紙の薬を常用していたのでございます。信玄さまは精力剤なのだわい!夜の営みがハッスルハッスルなのだわい!と言っていたので、その薬が原因で胃がんを見逃した可能性が否定できないのでございます」
高坂はそう言うと薬箱を開き、件の赤い包み紙を取り出す。
「それを徳本に見せてほしいのでございマス。一体、どんな薬なのか成分を確かめてみるのデス!」
高坂から赤い包み紙を受け取った永田は、その包みを開き
「ペロッ!こ、これはっ!」
永田の顔が驚愕の色に染まる。それだけではない。永田の身体がみるみると筋肉質に変わっていくではないか。
「な、なんなのでござる、その薬はっ!永田殿のもやしのような身体が筋肉でコーティングされていくでござる。こんなもの、一体、どこから殿は手に入れたでござるか!」
馬場が激怒するのも無理もない。こんな得体の知れない薬を殿が常用していたなど聞いていない。
「馬場さまが知らないものを僕が知るわけがないのでございます。てっきり、僕は馬場さまが信玄さまに贈呈した精力剤だと思っていたのでございます!」
胸ぐらを馬場に掴まれた高坂がそう弁明する。馬場は、くっと唸り、自分の目は節穴だったのかっ!と悔やむのである。
「ハハハッ!気分爽快なのデス。この世の全ての金は徳本の袖の下に入るがいいのデス。さあ、甲斐の国の金山を徳本に渡すのデス」
永田は筋肉でコーティングされた身体から湯気を発していた。口からは舌がベロリと飛び出しハアハアと飢えた狼のように荒い呼吸をする。
「南無三で候!」
山県は素早く動き、永田の後ろへと周り、首に手刀を喰らわせる。しかし、さして効いては無いとばかりに永田は首だけぐるりと回し、山県のほうを睨みつけるのである。
「おいおいでごじゃる。山県殿、何をしているのでごじゃる。首に手刀を当てても、人間、気絶なんかしないでごじゃるよ?」
「おかしいで候。我輩の大好きな波多野一人旅物語・全国漫遊編では、数々の浪人たちを首への手刀の一撃の元で失神させているので候。彼にできて、我輩にできないわけがないで候!」
山県の言いに内藤がはあああと深いため息をつく。
「良いでごじゃるか?実際に首に手刀を当てて失神させるには、首の骨をへし折るくらいの威力が必要でごじゃる。物語の話をそのまま信じるのはダメでごじゃる。誇張された話なのでごじゃるよ?」
「で、では、素手で熊を退治すると言うのも、実際は弓矢や槍を使ったもので候か?ぐぬぬ。俺の純粋な心をもてあそびおってからにで候。あのシリーズの著者をなで斬りにしてやるで候!」
山県が怒気をはらんだ言葉で恨み節を言う。内藤がはあああと再び深いため息をつく。
「そんなことをしたら、ひのもとの国で物語を書くものがいなくなるのでごじゃる。ぼくちんも波多野一人旅物語・全国漫遊編はよく読んでいるでごじゃる。そう言った創作部分も含めて楽しむものでごじゃるよ?」
内藤の諫言に、山県は、ふむと息をつき、納得する。
「そうで候な。いやあ、我輩、つい頭に血が昇ってしまったで候。よくよく考えれば、素手で熊を倒せるものなどいないで候。しかし、残念で候。いつかは山籠もりをしたときにでも、熊と素手でやりあって見ようと想っていたのにで候」
「ガハハッ!殿が熊肉を喰いたいと言っていたでもうす。冬眠もせずに川で鮭を採っていた意気の良いのがいたから素手で倒してみたでもうす。いやあ、波多野一人旅物語・全国漫遊編は勉強になるでもうす。我輩も彼に負けぬように精進せねばならないでもうす!」
「おいおい、勝家殿って、あのシリーズを読んでんのか?俺も最近、読み始めたんだけど、まだ丹波編なんだよなあ。頼むからネタバレはよしてくれよ?」
「約束はできぬでもうす、信盛殿。よくよく注意はするでもうすが、ぽろりとついネタバレしてしまうものでもうす。それよりも、尾張のほうへ防衛に行かなくてもいいでもうすか?」
「いや?それなんだけどさあ。三河の野田城が1週間前に落ちたのは勝家殿も知ってることじゃん?でも、あれから今日まで武田軍が一向に動きを見せないわけよ。で、何かあったのかなあと想って、勝家殿が何か情報を仕入れてないか聞きにきたわけ」
「そんなことわかるわけがないでもうす。こちらはこちらで、鳥峰城に支援物資や人員を送っている毎日でもうす。しかし、光秀も佐々もよく踏ん張っているでもうす。岩村城からここ岐阜城への道を守り切っているのは非常にありがたいでもうす。できる限りの支援をしなければならないでもうす」
「そっかあ。それじゃあ、武田軍の動きの不可解さは誰にもわかってないってことかあ。じゃあ、俺は嫁さんと今晩、イチャイチャしたら、また尾張のほうへ戻らせてもらいますかね。そろそろ、一益の忍者部隊が何か情報を掴んでいるかも知れないし」
「一益の忍者部隊でもわからないのでもうすか?それは一体全体、どういうことでもうす?」
勝家が不可思議な顔つきで信盛に問うのである。
「いやあ。あちらさんの忍者部隊も暗躍しているみたいでさあ。一益の放った忍者がことごとく見破られるみたいなのよ。もう、10人ほど、やられちまったらしく、ほとほとに困ってるみたいだぜ?一益も」
信盛から与えられた情報に勝家がうーむと唸る。一益は北伊勢に生息する忍者の里との付き合いが長い。その縁もあり、一益の忍者部隊は織田家の中でも1番の他国での情報収集に長けている部隊である。
「武田家の忍者部隊はおそろしいでもうすな。飛び加藤と言う忍者がいると言うのを聞いたことがあるでもうす。北条家の忍者・風魔小太郎と互角に戦えるほどの実力の持ち主だと」
「風魔小太郎って眼が4つあって、腕が6本、さらには身の丈2メートルだろ?それと互角に張り合えるんだから、飛び加藤ってのは本当にすごいぜ。徳川家の服部半蔵殿じゃ、あの2人の足元には到底、及ばないんじゃねえの?」
信盛がそう言った瞬間、ぞくりと背中に怖気を感じることとなる。
「自分、あの2人に負けているなど思っていないでござる。なんならば、そのよくしゃべる口を首級ごと胴体から、永遠におさらばさせてみせるでござる」
信盛は声のする方向を見る。だが、そこには誰もいない。確かに、男の声がしたはずなのにだ。
「信盛殿、上でもうす。服部殿は、さっきから天井裏でごそごそしていたでもうすよ」
勝家の言いに信盛が、えっまじで?と言う顔つきになる。
「ねずみにしては気配を消したりしていたでもうすから、もしやと想っていたでもうすが、瓶割りで斬らなくて良かったでもうす」
「ふっ。さすがは勝家殿でござる。拙者の存在に気付いていたでござるか。今度はもっとうまく隠れるでござる!」
「いやいや。そこで対抗心を燃やさなくていいから、天井裏から出てきてくれね?半蔵殿。姿が見えないのに話し声だけ聞こえてきて、不気味すぎて怖いわ」
わかったでござると半蔵がそう言うと天井の板が1枚、パカッと開く。信盛がその開いた穴を見ていると、いきなり信盛の立っていた畳がバーーーン!とひっくり返るのである。
「ふっ。信盛殿、甘いでござる。拙者は視線を上に向けさせた瞬間に床下に移動していたでござる。そんなことでは忍者からの奇襲を防げぬでござるぞ?」
「いってててて。おい。いくら家康殿の重臣と言えども、2度も驚かすのはさすがに俺でも許さねえぞ?くっそ。腰をしこたまうっちまった。これじゃあ、小春やエレナたちとハッスルする時に、困ることになるだろうが」
「ふっ。うらやまけしからんでござる。痺れ薬を仕込んでやるでござる!」
「お前たち、何をやっているでもうす。悪ふざけはそこまでにするでもうす。で?服部殿、何用でもうす?我輩らをからかいに来たでもうすか?」
勝家がやれやれと言った顔つきで服部に天井裏に居た理由を聞く。
「ふっ。最初は普通に登場するつもりでござったが、勝家殿がただならぬ雰囲気を醸し出していたので、恐怖を覚えて、天井裏に隠れていただけでござる。そこに信盛殿がやってきたと言うのが事の経緯でござる」
「うーん。勝家殿はたまに鬼のような形相をしているからなあ。最近じゃ、岐阜の町で鬼柴田じゃー、鬼柴田のお通りじゃー!ナンマンダブ、ナンマンダブ!って唱えてる、お爺ちゃん、おばあちゃんがいるもんなあ?で?そんな経緯はどうでもよくて、半蔵殿は何の用で勝家殿に会いにきたわけ?」
だが、信盛たちの問いに服部が、うーん、いや、まあ、そのおでござると言いにくそうにしている。信盛たちはうん?と言う顔つきなる。
「最近、岐阜の町で鬼が出たと言う噂を聞いたのでござる。自分、鬼の半蔵と言われている故、どちらがより鬼か、はっきりとさせてやるでござる!と、ここまでやってきたのでござる」
「ああ!そういや、半蔵殿の二つ名は【鬼の半蔵】だもんなあ。そりゃあ、気になるわ。で?」
信盛の問いかけに、半蔵がぐぬぬと唸る。そして、ひざを折り、右手でこぶしを作り、ガンガンッ!と畳を叩く。
「鬼は鬼でも鬼柴田にどうやって勝てというのでござるかっ!熊を素手で殺める御仁でござるぞ?自分、実力を過信していたでござる。これからは【小鬼の半蔵】と名乗るでござる!」