ー巨星の章10- 信長はふて寝したい
「さて、未来のことは置いといて、現状の武田軍に対して、どうするかに話を戻しましょうか。のぶもりもりたちがふがいないばかりに、三河の野田城が信玄くんの手により、風前の灯状態なのですが、先生たちはどうするべきでしょうか?」
「ふがいなくて悪かったな!家康殿率いる徳川の軍1万2千がけちょんけちょんのぎったんぎったんなんだぞ。3000しか俺たちに預けなかった殿が第一悪い!」
「いやあ。ここまで武田軍が強いなんて予想以上でしたからねえ。のぶもりもりと一益くんですら、どうにもならないってことがわかったことが唯一の収穫ですよ。先生、寝室に帰って寝ていいです?」
「ふひっ。現実逃避はやめるのでございます。今は、どうやって、武田軍の勢いを挫くかを考えるべきでございます。僕に任せるのはもちろん、やめてほしいのでございます」
「のぶもりもりと一益くんのセットでぼろ負けですよ?光秀くんだけじゃ無理なのはわかりきっています。もし、信玄くんと戦うのであれば、織田家の主力全員を呼び集めるしか方法がないってことですね。はい、現状、無理です。先生、寝室に帰って寝ていいです?」
「だから、何か対抗策を考えてから寝室で寝るのじゃ。いい加減、殿だけ縄でふんじばって、野田城に送り届けてやるのじゃ」
「ええっ?貞勝くん。先生に死ねと言うのですか?ああ、こんなに冷たい家臣を雇ってしまったのが先生の運の尽きです。先生、寝室に帰って寝ていいですか?」
「ん…。殿、しつこい。そろそろ、みんなでしばくよ?」
佐々のツッコミに信長がうええええと嘆きの声をあげる。
「わかりましたよ。何か策を考えたらいいんでしょ?大体、頭脳労働は先生の役目じゃないでしょうに。あああ、早く、楽隠居して、座布団の上でふんぞり返り、餅をむしゃむしゃかじりながら、ひでよしくんの猿芸でも見ながら、はははっ、おもしろい芸を見せてくれたな?褒美を取らすのである。とか言いながら、日々を楽しく、おかしく暮らしたいですよ」
「頭脳労働と言えば、秀吉や竹中半兵衛辺りに何か良い策がないか、聞いてみたいところだなあ。あいつら、たった2000で横山城で北の小谷城と対峙してんだろ?長政から色々ちょっかいを出されているみたいだけど、その度に、跳ね返してるみたいだし」
「まあ、お隣の佐和山城には丹羽くんも居ますし、磯野員昌くんも後方の城で、しっかり2人を支えてくれてますし、期待以上の働きを見せてくれてますね。逆に言えば、あの3人じゃなければ、今頃、また岐阜と南近江の街道を長政くんに抑えられて、織田家は滅亡してましたね」
信長がそう言いながら、あはははっと少しやけぐそ気味に笑うのである。
「というわけで、秀吉くんと丹羽くんにも助力を頼むことができません。はい、織田家は詰んでいます。あああああああああ。信玄くん、ちょっと、馬から落ちて、骨折するか、落命してくれませんかね?そうすれば、全てが丸く収まるんですけど!」
「そんな幸運、そうそう訪れないのじゃ!愚痴ばっかり言ってないで、この世の全てをひっくり返そうとしているその殿の脳味噌で挽回策を考えつくのじゃっ!」
「でも、実際問題、本当に幸運にすがるしかない状況ですよ?もしもの話ですけど、野田城がこの先、信玄くんからの猛攻を1カ月ほど凌ぎきれれば、話は変わってきます。あと、岩村城から岐阜城へ至る道を光秀くんが守りきれることも重要となってきますね?」
「ふひっ。腕が鳴るのでございます。でも、そちらのほうに武田軍の本隊が来たら、逃げていいでございますか?」
「ええ、もちろん、逃げていいですよ?どうせ、京の都を目指すのであれば、岐阜城を無視して西進なんてできっこないですからね。ふふふっ。家康くんは釣られて、浜松城から出陣しましたが、勝家くんは誘いだされませんよ?勝家くんが先生の言うことを守らないわけなんかないんですからねっ!」
「なーんか、殿の言いを守り過ぎて、信玄の野郎を、そのまま南近江に通過させそうな気がしちゃんだけど、俺の考えすぎ?」
「そこは、のぶもりもりと一益くんが、信玄くんが岐阜城を尻目に通過できないように、武田軍に嫌がらせをしてもらうだけですよ」
信長の言いに信盛が、ええええええっ!と叫ぶ。
「ちょっと、待ってよ!殿、また、俺と一益に死ねって命令するの?さすがに2度目は生きて帰れる気がしないんだけど?」
「大丈夫です。今度は兵5000を預けますので、がんばってください!のぶもりもりと一益くんは出来る子です。先生、京の都から離れられないのが非情に残念です。頼れるのは、勝家くん、のぶもりもり、一益くんだけです」
「兵5000かあ。うーん、うーん、うーん?しょうがないかあ、ここは俺たちが踏ん張るしかないもんなあ」
「ふひっ。ところで、信長さま。僕にはいくら兵を貸してもらえるのでございますか?」
光秀が信長にそう問うのである。
「えっ?光秀くん。自分の子飼いの兵を連れていくんでしょ?確か、3000でしたっけ?いやあ、さすが光秀くん。たったそれだけで岩村城からの武田軍の侵攻を止めてくれるなんて、先生、つい、感状を10枚ほど書いて渡したくなりますよ」
「ふひっ。増兵を期待していたのですが、やっぱりダメでございますか。ちょっと、嫁のひろ子宛てに遺言を書いてくるのでございます」
光秀はそう言うと、部屋から退出し、自分の嫁に対して、遺言を書きに行くのであった。
「ちょっと、さすがに光秀には兵をいくらか貸しだしたほうが良かったんじゃね?あっちが崩れたんじゃ、武田家の本国から増援を呼ばれちまうんだからよお?」
「そんなこと言われたって、出せないものは出せないんですよ。のぶもりもりたちに新たに兵5000を与えるだけでも、かつかつなんです。光秀くんには申し訳ないんですけど、織田家は今、本当にきついんですって!」
「義昭が大人しくしてくれていれば良かったのじゃ。でも、いつ挙兵するかわからぬ情勢となっている以上、京周辺から兵を減らすのは悪手なのじゃ。信盛殿、すまぬのじゃ」
「ん…。じゃあ、光秀殿の補佐には自分を遣わせてほしい。南近江の六角対策は利家が居れば充分だから、自分が私兵を率いて、光秀の加勢をする」
「佐々くん、確か、兵1000を持っていましたね。そうですね。では、佐々くん、お願いします。でも、防衛が無理そうだと想ったら、すぐに岐阜城まで退いてくださいね?」
「ん…。わかった。じゃあ、自分も梅ちゃん宛てに遺言を書いてくる。信長さま、自分に何かあったら梅ちゃんのことをお願いする」
佐々はそう言うと、部屋から退出し、自分の嫁に対して、遺言を書きに行くのであった。
「うーん。先生も遺書を残しておくべきでしょうかね?あれ?そう言えば、のぶもりもりは小春さんやエレナさんには無事だと言うことを伝えておいたのですか?」
信長の言いに信盛が、あああああっ!と声をあげる。
「やっべ。すっかり忘れてた。武田軍に追われて、取るもの取らずに逃げまくってきたからなあ。今生の別れになるかもしれないから、尾張に行く前に岐阜に寄って、ひと目、顔を合わせてこないとだめだなあ」
「それがいいですね。小春さんたちには、のぶもりもりたちが負けたとしか報告が行ってないはずです。多分、のぶもりもり、殴られてしまいますね」
「うーん?小春のやつ、殴る力を手加減してくれるかなあ?今回ばっかりは、本気で殴られそうな気分がするぜ?俺、武田家と再戦する前に小春の一撃でノックアウトされたりしてな?」
「一度、武田家にノックアウトされたんだし、今更、もう1回ノックアウトされるくらいいいじゃないですか。それで、のぶもりもりに喝が入ると思えば儲けものですよ」
信長の言いに、信盛がふむと息をつく。
「それもそうだな。これは負けられない戦なんだ。女房から直々に喝を入れてもらったほうが、良さそうだぜ。てなわけだから、俺、尾張に行く前に、小春とエレナに会って、子作りイチャイチャしてくるわ!」
信盛の言いに信長がはあやれやれと言う顔をする。
「喧嘩の仲直りは夜のイチャイチャが夫婦生活の定番と言えども、足腰がガクガクになるほどハッスルしてはいけませんよ?ちゃんと、加減のほどをお願いします。まったくもって期待してませんけど」
「人生最後の夫婦のイチャイチャになるかもしれないからなあ。殿の期待をしっかり裏切っておくぜ?なあに、赤玉まで搾り取られないようには注意しとくわ」
「口惜しいのじゃ。わしに戦えるだけの軍才があれば良かったと言うのにじゃ。いつも、肝心な時には、信盛殿たち、武官にまかせっきりなのじゃ」
貞勝が、唇を噛みしめ、悔し涙を流している。貞勝は常に思っていた。自分が軍才をからっきし持っていないことの無念さを。できるなら、殿や信盛殿に並んで、戦場で槍を振るい、殿を支えれればと想ってきていたのだ。
「貞勝くん。ひとには得手、不得手と言うものが必ずあります。貞勝くんは軍才はからっきしですが、その行政能力は織田家の中で並び立つものなどいません。もし、貞勝くんが居なければ、先生たちは京の都にのぼったところで、改革に足踏みをしていたことでしょう」
「そう言ってくれるのは誠にありがたい話なのじゃ。しかし、殿の御身に何かあれば、わしが殿の盾となってでも、殿の命を守ってみせるのじゃ!」
貞勝の決意の宣言に、信長がうーん?と言いながら首を捻る。
「えっ?貞勝くんが先生のために命を投げ出してくれるのはありがたいんですけど、もし先生たちがこの屋敷で敵に襲われたとしましょうか?そしたら、実際、貞勝くん。どうするつもりなんですか?」