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ー巨星の章 7- 信盛、三河から生還する

 貞勝(さだかつ)の話もひと段落つき、皆はせんべえをぽりぽりとかじりながら、ずずずとお茶を飲む。


「正月も1週間をすぎたと言うのに、今年は正月らしいことをまったくしてませんねえ。ちょっと、信玄くんと停戦でもして、正月を取り戻そうと思いませんか?」


「ふひっ。信玄がそんな気があるなら、とっくに本国へと帰ってくれているのでございます。今は、野田城の攻略に手こずっているようでございますが、そこが落城すれば、次は尾張(おわり)、そして、岐阜へとやってくるのでございます」


「はあああああ。困った話ですねえ。家康くんはけちょんけちょんのぎったんぎったんに返り討ちにあいましたし、織田家(うち)信盛(のぶもり)くんと、一益(かずます)くんが、ぎったんぎったんのけちょんけちょんに返り討ちにあいましたし。頼れるのは岐阜に配置した勝家(かついえ)くんだけですねえ」


 信長がせんべえを口に咥えたまま、ため息をつく。


「岩村城も落とされた以上、信濃からの侵攻も気にしなければならないのじゃ。まったく、殿(との)の叔母には困ったものなのじゃ」


貞勝(さだかつ)くん。それを思い出させるのはやめてください。せっかく美味しいせんべえをかじっていると言うのに、味がわからなくなってしまいます」


「ふひっ。この不肖、明智光秀が信濃からの援軍を防いでみせるのでございます。まあ、武田軍のほとんどは遠江(とおとうみ)を経由しているので、岩村城へは大軍はこないと思うのでございますが」


「光秀くん?それ、フラグか何かですか?そんなこと言ってたら、信玄くん、野田城を攻略したあとは、西へ行かずに北上して、岩村城経由で岐阜を直接狙うかもしれませんよ?」


 信長の言いに光秀はつい、口に咥えていた、せんべえをぽとりと机の上に落としてしまう。


「そ、それは勘弁こうむるのでございます!小勢と言えども、信盛(のぶもり)さまと一益(かずます)殿をぎったんぎったんのけちょんけちょんにしたのでございます」


「まあ、せっかくの騎馬隊をわざわざ山道に展開することはないと想いますよ?でも、岩村城が信玄の手に渡った以上、そちら経由で岐阜を狙う可能性だって考えられるってだけです。用心しといて、損はないって言うところですかねえ」


「ん…。野田城攻略をしつつ、武田軍の半分はあそこから北上して、岩村城の周りの鳥峰城と苗木城を攻略するような気がするんだけど?」


 佐々(さっさ)がそう皆に対して、疑問を呈す。


「うーん。さすがに半分も割いて、岩村城方面に戦力を送るくらいなら、そもそもとして、野田城攻略なんかしないと思いますけどね?全力を持ってして、岩村城に抜けたほうが、時間の節約になります。あれ?信玄くん。なんで、かれこれ2週間近くも、野田城攻略に時間をかけているんです?それ自体がおかしいって気がしてきましたよ?」


「ふひっ。そうでございますね。もしかしたら、野田城を攻略しつつ、何かを待っているのかもしれないのでございます」


「誰か、野田城の詳しい戦況を調べれる人間は居ませんか?信玄くんが野田城攻略に本気で手こずっているのか、もしくは、何かを企んでいるのかが判断しかねますよ!」


 信長が慌てるようにせんべえをぽりぽり食べるのから、がりがりとかじり始める。


「呼ばれて飛び出て、じゃじゃんじゃーんだぜ!おう、殿(との)。何とか生きて帰ってきたぜ。いやあ、信玄は強い。あれは織田家うちじゃどうにもならん」


 部屋の襖をがんっと開けて、飛び込んできたのは信盛のぶもりであった。その信盛のぶもりの姿を見た信長がうろんな目つきで


「なんか敗残の将が何か言っているのですが、縁起が悪いので、貞勝さだかつくん。ちょっと大量に塩を持って来てくれませんか?」


 信長の言いに、貞勝さだかつがやれやれと言い、重い腰をあげて、台所からこぶし大の岩塩を1つ持ってくるのである。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!さすがに、岩塩を俺にぶつけようとするのはやめてくれない?そんなの頭にぶち当てられたら、俺、死んじゃうから!」


「しょうがありませんね。では、腹にぶつけることにしましょう」


 信長はそう言い、貞勝さだかつから手渡された、こぶし大の岩塩を信盛のぶもりの腹めがけて思いっきり投げつけるのである。信盛のぶもりは腹に岩塩をぶつけられて、うううっとその場に崩れ落ちることになる。


「うううっ。ひどいぜ。せっかく、命からがら、武田家の猛追から逃げてきて、今の現状を伝えに来たって言うのに、この扱い。俺、何か、殿とのに恨まれるようなこと、したっけ?」


「まあ、小1時間ほど説教されるよりいいじゃないですか。で?のぶもりもり。三河での信玄くんの現状について、わかる範囲で良いですから、先生たちに教えてくれませんかね?」


 信盛のぶもりは腹を両手で抑え、畳の上につっぷしたまま、信長の問いに応えることとなる。


「えっとだな。家康殿が三方ヶ原の地で信玄にけちょんけちょんのぎったんぎったんにやられたのが、去年の12月22日ごろなんだよな。で、それから、信玄は次の日には、三河の地に入って、野田城の攻略に入ったわけなんだよ。で、野田城の攻略をさせまいと、俺と一益かずますが横やりを入れようとしたら、武田の5000が俺たちを追い回したってわけ」


 信盛のぶもりの言いを信長がふむふむと言いながら、耳を傾ける。


「で、その5000がやたらと強くてよ。俺と一益かずますを持ってしても3日も経たずに、撃退されたってわけ。いやあ、あの強さは尋常じゃないわ。もしかしたらだけど、信玄本人が俺たちに襲い掛かったんじゃないかと思うくらいだったぜ」


「信玄くんがわざわざ、3000を追い回すとは思えないのですがねえ。でも、のぶもりもりと一益かずますくんが手も足も出ずに負けるのですから、あながちそうなのかも知れません。よく、のぶもりもり、生きていましたね?本当は、眼の前にいるのぶもりもりは、死んで幽霊になってでも、先生たちに危機を教えてくれるためにやってきたのでは?と想ってしまいます」


「ふひっ。幽霊ならば、塩をまけば退散すると言うのでございます。もう一度、岩塩をぶつけてみてはいかがでございます」


「おっ。光秀くん。冴えてますね。では、貞勝さだかつくん、申し訳ありませんが、もう1度、台所に行って、岩塩を持って来てくれませんか?」


 仕方ないのじゃと言って、貞勝さだかつがまた、台所から岩塩を持ってくる。今度はこぶし大のものをふたつ、持ってきたのである。


「ちょっと待ってくれ!俺は幽霊じゃなくて、正真正銘の佐久間信盛さくまのぶもりだ!」


 だが、信盛のぶもりの必死の弁明もむなしく、信長は信盛のぶもりの腹めがけて、こぶし大の岩塩を2つもぶち当てるのである。


「うううっ。ひどいよ。この殿との、本当、ひどいよ。こんな仕打ちを喰らうなら、いっそのこと、ひと想いに切腹を言い渡されたほうがましだよおおおお」


「何を言っているのですか。1度、負けた程度で切腹を命じていたら、金ケ崎の撤退で生き残った将を全員、切腹させねばならないじゃないですか。お咎め無しと言うのは、さすがに軍紀の乱れになってしまうので、腹に岩塩を喰らうだけで許しているだけですよ」


「じゃあ、一益かずます尾張おわりから戻ってきたら、一益かずますの腹にもこのこぶし大の岩塩をぶつけるわけ?」


「いえ?のぶもりもりが一益かずますくんの罪をひとりで背負いました。デウスの教えではキリストくんと言うひとが全ての罪をひとりで被ったそうなので、他のひとの罪は清算されたと言っています。フロイスくんが言っていたので間違いありません」


「ちょっと、待ってくれよ!俺、いつから、そのキリストって奴になったわけ?俺、れっきとしたひのもとの人間よ?」


「あなたが右ほほをぶたれたら、そっと左ほほを差し出しなさいでございますね。僕なら、右ほほをぶたれた時点で殴ってきた相手の左ほほをぶったたくのでございます。キリストと言う御仁はすごいひとなのでございます」


 光秀がうんうんと頷きながら言う。


「先生、できるならキリストくんを直々にはりつけにして、3日後に生き返るか試してみたいのですけどねえ。フロイスくんときたら、キリストくんを紹介してくれないので残念で仕方ありませんよ」


「うーむ。かれこれ、1600年近く前の人物だそうなのじゃ。いくら、生き返る人間と言えども、老衰には勝てぬのではないかじゃ?」


「わかりませんよ?老衰で死んでも3日後には生き返るんじゃないですか?で、次の日にまた老衰で死んでそうですけどね?」


「ふひっ。哲学でございますね。永久に輪廻の輪から抜け出せないのは苦痛だとお釈迦さまが言っているのでございます。永久に死に続け、永久に生き返るのは、如来としては完成してないのではと想ってしまうのでございます」


「そう言えば、フロイスくんには伊弉諾いざなぎ伊弉冉いざなみがデウスの教えではどうなるのかとは質問しましたけれど、デウスと如来の関係については聞き忘れていましたね。今度、機会がありましたら、聞いてみましょうか?どのような回答をもらえるのか、楽しみでなりません」


「ん…。殿とのたち、そんなことより、信盛のぶもりさまに三河の現状を聞かなくていいの?」


 佐々(さっさ)が話が進まぬことを心配し、信長さまたちに信盛のぶもりさまの話を聞くように促すのであった。


「あっ。そうでした。でっ、信盛のぶもりくん。家康くんが信玄くんにけちょんけちょんのぎったんぎったんにされた話ですけど、家康くんは生きているのですか?そこが一番、肝心です!」


「家康殿は何とか生きているみたいだ。でも、側につけておいた、平手汎秀ひらてひろひでが家康殿を庇って、騎馬隊の波にもまれて消えていったって話だ。すまねえ。良かれと想って、浜松城に汎秀ひろひでを置いといた俺の失敗だ」


 信盛のぶもりが、うううっと唸り、涙を一筋、右眼から流すのであった。

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