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ー巨星の章 3- 信玄、織田軍を蹴散らす

「おいおいおい。誰だよ。武田家は俺たち3000なんて本気で追いかける気なんかないなんて言った奴!」


「やばいっす。これはやばいっす。弓隊、全力で射れっす。少しでも、敵の勢いを削ぐっす!」


 佐久間信盛さくまのぶもり滝川一益たきがわかずますはおおいに慌てる。野田城攻略を始めた武田軍の横腹を突こうと、3000を前進させた直後に、前方から土煙が上がり、5000の敵兵が突貫をしだしたからである。


 そもそもの信盛のぶもりたちの作戦では、散発的に撃退にやってくるであろうはずの武田軍の小勢相手に、一撃離脱で戦う予定であったのだ。だが、その作戦の裏をかき、信玄が5000を自ら率いて、本格的に織田軍を潰しにやってきたのである。


 これには、さすがの信盛のぶもり一益かずますにも打つ手がない。彼ら2人は、全滅を免れるために戦線を放棄し、一気に岡崎城まで撤退を開始する。


 しかし、信玄は逃がしてなるものかと、織田3000を追いに追いまくる。


「がーははははははっ!織田の兵は軟弱なのだわい。これなら、まだ、徳川のほうがましだったのだわい。さあて、地獄の果てまで追いかけてやるのだわい!」


 信玄は昂っていた。遠江(とおとうみ)の地を出発してからから連戦であったが、彼の采配は疲れで鈍るどころか、冴えに冴え渡る。途中、信盛のぶもりたちは3000の兵の内、100ずつ、撤退路に兵を伏して、信玄の勢いを削ごうとしたが、信玄の直観により、その伏兵の位置をたちまち見破られ、あっさり撃破されてしまう。


「おいおいおい。敵将はバケモノなのか?伏兵の位置をことごとく、当ててやがるぞ?あれじゃあ、何をしたって無駄に兵を減らすことになっちまうぞ!」


「数うちゃ当たるっす。伏兵の策はこのまま続けるっす。やめたらやめたで、おれらっちが死ぬだけっす!」


 信盛のぶもりたちはなおも伏兵を撤退路に配置しつづける。そのことごとくを信玄は食い破る。3000の兵の半分を食い破られ、もはや崩壊寸前と言ったところで、信玄の5000は立ち止まる。


「ふう。良い汗をかいたのだわい。これくらい痛めつければ、こちらにちょっかいを出す気は無くなっているはずだわい。さて、そろそろ、本陣に戻るのだわい。深追いして、無駄に反撃を喰らっては意味がないのだわい」


 信玄はそう独り、呟くとサッと兵を引き揚げさせる。その態度に激怒したのは信盛のぶもりである。


「くっそ!あの敵将、俺たちに情けをかけたつもりなのかよ。おい、一益かずます、アレを追うぞ!」


「だめっす!これは誘いの可能性が高いっす。わざわざ、ここで兵を退く以上は、こちらを全滅させるための罠に決まっているっす。ここは抑えるっす!」


 一益かずますの言いに、信盛のぶもりが、くっと唸る。そして、手に持つ采配をガンッ!と地面に叩きつけて、さらに足で踏みつける。


「この借りは、ぜってえ、今度、返してやるからなああああああ!」


 信盛のぶもりの絶叫がいくさ場にこだまする。その声が聞こえたのかどうかわからないが信玄は


「追ってこないのかだわい。中々、自制が利く敵なのだわい。高坂が警戒するだけはあるのだわい。徳川より弱いと評価したが、これは認識を改めなければならないのだわい。三方ヶ原の地に誘い込まれた家康よりは出来る将なのだわい。がーははははははっ!」


 信玄は満足気な顔つきで武田本陣へと悠遊と戻っていくのであった。


「おお、殿との。早かったのでござるな。その顔を見るに充分に楽しめたのでござるな?」


 馬場が機嫌の良さそうな顔つきの信玄に向かって、そう言うのであった。


「うむなのだわい。あと3年もすれば、敵将はさらに難敵に生まれ変わっていることだわい。だが、今の絶好調のわしに挑んできたのが間違いだったのだわい」


 信玄は終始、ご機嫌の様子である。


「難敵に成長する前に、屠ってくれば良いものをでござる。少々、お遊びが過ぎるのではござらぬか?」


 馬場が、ふうやれやれと言った表情で信玄に言うのである。信玄は、がーはははははっと笑い


「嫡男の勝頼かつよりには試練を残してやらねばならないのだわい。わしの生きていた時代には、今川義元、北条氏康ほうじょううじやす、上杉謙信と、試練ばかりの日々だったのだわい。子が成長するには、親が立派すぎてはダメなのだわい。道楽親父のほうが良かったのでは無いかと思うことがあるのだわい」


勝頼かつよりさまの代になると、これはこれで大変なことになりそうでござる。子のために親が道を拓くのも悪いことではないと思うでござるぞ?」


「京の都への道筋だけはつけてやるのだわい。その後は、勝頼かつより次第なのだわい。戦国最強の親父の名を受け継ぎたいのであれば、それ相応の試練をくぐり抜けねばならぬのだわい」


「まるで遺言のようでござるな。三方ヶ原からの連戦で、さすがの殿とのも疲れてしまったのでござるか?」


 馬場の言いに、信玄がふふっと笑う。


「疲れも疲れたのだわい。この世に産まれおちてから、今まで、まともに休んだことはないのだわい。そろそろ、ゆっくりさせてもらえると嬉しいのだわい」


「何を言っているのでござる。前にも言ったでござるが、殿とのが死ぬ場所はいくさ場だけでござる。畳の上で大往生などさせないでござるぞ?」


「やれやれ。とんでもない奴を家臣にしたものだわい。わしが今までしてきた失敗の中で、1番は、馬場を重臣に召し抱えてしまったことなのだわい」


「それは大失敗も大失敗でござるな。殿とのに諫言できる男なぞ、拙者において他は居ないでござるからな。あと3年は、拙者の小言に付き合ってもらうでござるぞ?」


 あと3年。信玄はその言葉を聞き、うっすら自分の右眼から涙が流れてくるのを感じるのである。


「ああ、あと3年。いや、2年あれば、全てが変わっていたかもしれないのだわい。馬場、人生と言うものは長いようで意外と短いのだわい」


 馬場は信玄の言いに、眼を閉じ、口をつぐむ。


「若さと言うものは代えがたき財宝なのだわい。2年。あと2年でいいのだわい。神よ、仏よ。わしの寿命を延ばしてほしいのだわい」


 信玄は半ばあきらめたような眼で空を見上げていた。


「これから、武田家は、このひのもとの国はどうなっていくのだわい。せめて、戦えぬ身体となっても、この国の行く末を見守っていたかったのだわい」


殿との、お休みくだされでござる。あとは、拙者たちがうまくやっておくでござる。今はただ、その命が少しでも長引くように養生してほしいのでござる」


 馬場はただ、そう言うしかすべがなかった。


「そうなのだわい。わしはまだまだ死ねぬ身なのだわい。馬場よ、あとは任せたのだわい。用があればすぐに起こしてくれなのだわい。わしは疲れたのだわい。少し、寝させてもらうのだわい」


 信玄はそう言うと、側付きの者に寝床を用意させる。そして、いくさの最中であったが、鎧兜を脱ぎ、布団にもぐり込み、寝始めるのであった。




 武田家が遠江(とおとうみ)の三方ヶ原の地にて家康1万2千に圧勝してから1週間余りが経とうとしていた。今は1573年・正月を迎えることになる。


「信玄さま、お雑煮なのでございます。この辺で略奪げふんげふん、食料調達をしてきた成果を見てほしいのでございます」


「ほーう?小豆ぜんざいとはまた、豪華な雑煮なのだわい。ああ、疲れた身体に小豆の甘さが身に染みるのだわい」


 信玄は熱々の雑煮をはふはふと言いながら食す。主君が食欲旺盛なことに、ほっと安堵する高坂である。


「野田城を攻略し始めたと同時に、信玄さまが床に伏せられたのには、さすがの僕も心配してしまったのでございます。無理をしてはいけないのでございます。疲れた時は疲れたと正直に話してほしいのでございます」


「がははははっ、すまないのだわい。昨年はずっと忙しかったから、疲労が知らず知らずに溜まっていたのだわい。しかし、この雑煮は美味いのだわい。おかわりがほしいのだわい」


 信玄から差し出された茶碗を高坂が受け取り、にこにこしながら、その茶碗に雑煮のおかわりを入れて、信玄に渡すのである。


「たーんと召し上がれなのでございます。足りない時は言ってくれれば、また、村に行って略奪げふんげふん、食料調達をしてくるのでございます」


「正月くらい、いくら敵国の民とはいえども、ゆっくりさせてやるのだわい。まあ、正月が明ければ知らぬのだわい。たっぷり、武田家(うち)のために、食料をねん出してもらうのだわい」


殿(との)は悪いひとでごじゃる。ぼくちん、食料より、若い娘を食べたいのでごじゃる」


「内藤殿。あれほどたっぷり楽しんでおきながら、まだ満足できないで(そうろう)か?そんなことにばかりかまけているから、年が明けるまでに野田城が落ちなかったので(そうろう)


「うるさいでごじゃる、山県(やまがた)殿。お前のほうこそ、馬の管理をしっかりしているでごじゃるか?さらってきた女子の尻ばかり追いかけていると、お前の家臣たちから苦情が来ているのでごじゃる」


「替え馬のほうは、信濃から輸送してもらえるよう、手筈を整えているで(そうろう)。いやはや、秋山殿には感謝をしてもしきれないで(そうろう)。まさか、織田方の岩村城を3日で落とすとは思わなかったで(そうろう)


 秋山信友あきやまのぶとも。彼は武田24将と呼ばれる1将である。勇名こそ、武田四天王には劣るものの、存外、知恵が回る男であり、遠江(とおとうみ)経由の武田本隊とは別に、信濃からの岐阜への侵攻を担当することになる。


 信玄は牽制程度になれば良いか程度の想いで秋山に3000の兵を与えていた。だが、秋山は信濃と岐阜の国境にある織田方の岩村城城主を籠絡し、たった3日で落とすと言う快挙を成し遂げる。


「城を無傷で手にいれたことには、わしは大喜びなのだわい。しかし、落とした岩村城の城主と結婚するとはどう言うことだわい?さすがに、秋山は頭がおかしいのかと想ってしまったのだわい」


 岩村城の城主は、織田信長の親戚筋に当たる女性が城主を務めていた。それを秋山が城外で、盛大な告白を行い、見事、彼女のハートを射止めたのである。


「秋山の頭がおかしいのは当然として、その告白を受ける相手も大概、頭がおかしいでござる。殿(との)、あの2人をどうする気でござる?放っておいたら、新婚旅行と言い出して、信濃の温泉めぐりにでも行ってしまいかねない勢いらしいでござる」

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