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ー巨星の章 2- 逃がした大魚

「僕、想うのでございますが、兵糧の確保と称して、野田城の周りで兵士たちに略奪させれば良いかと。さすがに小城と言っても、1週間は落とすのに時間はかかると想うのでございます。それに2万4千もの軍全員が城攻めで活躍できるわけでも無いので、略奪もとい、兵糧確保に戦力を回したほうが効率的だと想うのでございます」


 高坂の提案に、うーむと唸る信玄である。


「確かに、高坂の言う通りなのだわい。勝ちいくさのあとに自制を求めるのは無理なのだわい。しかたないのだわい、野田城の周辺を荒らしてもらおうかなのだわい」


「やったでござる!高坂、よく殿とのを言いくるめたでござる。これで、若い女子を襲って良くなったでござる」


「馬場よ、何を言っているのだわい。お前は野田城を落とすことに全力を注いでもらうのだわい」


 信玄の言いに馬場が、えええええええ!と非難の声をあげる。


「馬場殿、残念でごじゃったな。では、ぼくちんが代わりに馬場殿の分まで若い女子を襲ってくるのでごじゃる。ふひひ!」


「内藤よ、何を言っているのだわい。お前は馬場の補佐をしてもらうに決まっているのだわい。何を自分だけ、こっそり、行こうとしているのだわい」


 信玄の言いに内藤が、えええええええ!と非難の声をあげる。


「まったく、困った奴らでそうろう。では、殿との、兵糧確保は我輩に任せるでそうろう。ちなみに、殿とのは熟女と若い女子、どっちが好みでそうろう?」


山県やまがたよ、何を言っているのだわい。お前は三方ヶ原で大暴れをしたのだから、休息を与えるに決まっているのだわい。ついでに潰れた馬がないか、しっかり確認をしておくのだわい」


 信玄の言いに山県やまがたが、えええええええ!と拒否の非難をあげる。


「じゃあ、残るは僕だけでございますね。信玄さま、奪ってきてほしいものに何かリクエストはないのか?でございます。僕のお勧めとしては、やはり冬ですから、ネギや白菜なんかが良いかと想うのでございます」


「ふむ。できるなら、牛蒡と人参も取ってきてくれなのだわい。ほうとうを豪華なものにしたいのだわい。頼めるのかだわい?」


 高坂は元気にはーい!と応える。


「高坂がうらやましいのでござる。拙者も略奪に行きたいのでござる!」


「ぼくちん、この煮えたぎる、いちもつをどう抑えたらいいのでごじゃる。ああああ、高坂がうらやましいのでごじゃる!」


「高坂、出来るなら、女子をさらってきてほしいのでそうろう。えり好みはしないでそうろうから、2、3人、さらってきてほしいのでそうろう


 馬場、内藤、山県やまがたが手ぬぐいの端を歯で噛み、反対側の端を引きちぎらんとばかりに引っ張り、ぐぬぬと唸る。信玄は3人の姿を見、やれやれと言った表情で


「高坂、こいつらに女子を何人か見繕ってくれなのだわい。このまま放っておいては、こいつら、わしに謀反を起こそうとするのだわい」


「しょうがないのでございますね。容姿や歳はこの際、我慢してほしいのでございます。えり好みしていられるほど、のんびり、略奪ができるとは限らないでございますからね?」


「ん?高坂、どういうことでござる?敵は野田城に引きこもるでござるよな?略奪もとい、食料確保ぐらい、お前の腕前があれば簡単なのでござらぬか?」


 そう馬場が高坂を問いただす。高坂はうーんと唸り


「織田家の3000が無傷なのをお忘れなのかでございますか?あれが出てきたら、少々、面倒なことになるのでございます。たった、3000だからこそ、まともに武田家うちにぶつかってくるわけがないので、蹴散らすにも時間がかかってしまうのでございます」


「ああ、忘れていたのでごじゃる。三方ヶ原の地に、徳川の援軍としてやってくると想っていたでごじゃるが、とうとう、姿を現さなかったでごじゃるなあ」


 内藤がそう感想を漏らす。


「怖気づいて、三方ヶ原の地に現れなかっただけじゃないのかでそうろう。そんな弱兵どもが、我輩らの邪魔をしてくるとは思えないでそうろう


「馬場さま。怖気づいて、徳川の応援にこなかったなら、話は簡単なのでございます。でも、徳川が負けることを想定して、参戦しなかったのであれば、話は別なのでございます。かの3000を率いている将は、いくさをわかっている人間となるのでございます。負けるいくさに兵を投じないと言う判断ができる将なのでございます」


「高坂がそう言うのであれば、気をつける必要があるでござるな。その織田の3000を釣りだす何か良い方法は無いのかでござる」


「うーん、馬場さま。そんな良い手があれば、僕だって、略奪程度の簡単なことに頭を悩ませることはないのでございます。僕の騎馬隊も家康を追うために少々、無理な使い方をしてしまったので、馬に疲労がたまってしまっているのでございますから」


「騎馬隊を少々、酷使してしまったのが痛いのでごじゃる。あれは本当に強いでごじゃるが、馬をすぐに潰してしまうでごじゃるからなあ」


 武田家の騎馬軍団は、騎馬のみで編成された軍団であり、先の三方ヶ原の戦いで圧倒的な強さを見せた。だが、その弱点として、馬がいつ潰れても良いように、替え馬が必要となる。その替え馬の確保が敵地において、難しいのだ。


「馬はデリケートな生き物でそうろう。替え馬を持ってきたとしても、慣らすのに時間が少々かかるのでそうろう。これは少し、張りきりすぎたでそうろう


「今回は遠征なのだわい。万全な体制を維持することが重要なのだわい。山県やまがた、高坂、今ある馬をゆっくり休めるのだわい」


 信玄の言いに山県やまがたと高坂が、はっ!と応える。


「で、馬場、内藤よ。お前らの隊は大丈夫だと思うが、念のため、馬をしっかり休めておくのだわい。もし、浜松城からまた家康が討って出てきた場合を考慮しておくのだわい」


「ふーむ。結局、拙者らが討ち取った家康らしき男たちは全員、影武者だと、殿とのは睨んでいるのでござるか?」


 馬場がそう信玄に問いかける。


「確信があるわけではないのだわい。こうも、姿かたちがバラバラな者たちを影武者に仕立て上げるだけでも、中々、知恵の回る奴なのだわい。こんなことならば、徳川家と関係が悪化する前に、家康の顔をじっくりこの目で拝んでおけばよかったのだわい」


「徳川の兵をいくらか捕らえているごじゃるから、首実検をすれば良いのでごじゃらぬか?」


 内藤がそう信玄に提案するのである。


「それで嘘をつかれたらどうする気なのだわい。徳川の兵たちは家康同様、強情ものばかりなのだわい。少々、痛めつけたところで本当のことを言わないことは、先ほど、わかったことではないのかだわい」


「ああ、そうでごじゃる。鞭で打とうが、釜茹でしようが、将の行方すら口を割るものは誰ひとりいなかったのでごじゃる。これなら、家康の首実験は無理でごじゃるなあ」


「高坂よ。お前は本物らしき男を浜松城付近まで追ったでそうろう。お前の眼から見て、本物の家康かどうか判別できなかったでそうろうか?」


 山県やまがたがそう高坂に問うのである。


「うーん。2人ばかし、それらしき者を逃がしてしまったのでございます。ひとりはウンコを漏らしながら走っていたので、さすがにアレは本物の家康には見えなかったのございます。でも、縄無理ノ助に追わせたほうの片割れが本物っぽいのでございます。奴は逃げる先々に兵を伏していて、逆に無理ノ助が撃退される眼にあってしまったのでございます」


「ほう。あの無理ノ助を追い払うほどの実力の持ち主でそうろうか。ウンコを漏らしていたほうは、論外として、その男は気になるでそうろう。もし、影武者だったとしても、捕らえて、武田家うちに召し抱えるのが良かったかもしれないでそうろう


「高坂と山県やまがたがそう評価するのであれば、その無理ノ助を追い払った男が本物で違いないのだわい。高坂よ、油断せぬよう、兵糧確保をするのだわい。もし、浜松城から反撃が予想される場合は、いち早く、わしに報告するのだわい」


「わかりましたのでございます。僕があの時、家康を討ち取ってさえいれば、信玄さまの手を煩わすことはなかったのでございます。大魚を逃がしてしまったのでございます」


「まあ、良いのだわい。再起不能と言っていいほどの打撃を家康に与えたのだわい。少なくとも、1カ月は浜松城から何かしらの行動は起きないと想っているのだわい。それより、織田家の3000を警戒するのだわい」


「では、殿との自らが5000ほど率いて、織田の3000を追い回すと言うのはどうでござる?どうせ、城攻めでは足軽どもが中心となるのでござる。武田家うちの半分は暇をもてあそぶことになるでござる。殿とのはまだまだ、戦い足りない様子でござるし、如何でござる?」


 馬場の進言に信玄がうーむと息をつく。


「それは面白い案なのだわい。三方ヶ原の地ではお前たちにほとんど出番を取られたのだわい。なら、馬場と内藤に野田城攻めを任せ、高坂には兵糧確保、そして、山県やまがたは馬の体調管理を命ずるのだわい。わいは、織田家と少し、遊んでくるのだわい!」


 信玄がにやりと顔に笑みを浮かべる。武田四天王である馬場、内藤、山県やまがた、高坂は、はっ!と応え、それぞれの仕事にかかるのである。


 三方ヶ原の戦いから明けて2日後、信玄率いる2万4千の軍はゆっくりと西進を再開する。2万4千の内、3000は高坂が周辺の村々で兵糧確保と称した略奪を開始する。


 山県やまがたは武田軍全体の馬の管理を行い始める。その数、5000騎以上であったが、さして邪魔をされることもなく、つつがなく仕事をこなしていく。


 馬場と内藤は、1万の足軽中心の隊を率い、野田城攻略におもむく。そして、信玄は残りの足軽5000を率いて、織田の3000をいぶりだす作戦に従事するのであった。


 織田家の3000を率いていた佐久間信盛さくまのぶもり滝川一益たきがわかずますはおおいに慌てることになる。さして、武田側が率先して、自分たち3000を追いかけまわす事態になるとは思っていなかったからだ。

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