ー巨星の章 1- 止められぬ武田家
「あーあ。やっぱり家康殿は負けちまったかあ。なあ、一益。俺たち、どうしたら良いと思う?」
「信盛殿っち。ここはやるだけやったと言う姿勢は残しておいたほうが、信長さまっちには心証が良くなると思うっす。このまま、何もしないまま、戦線を後退させるのは悪手っす」
信盛と一益は遠江と三河の国境沿いに3000の兵を伏していた。家康殿は信長さまの言うことを聞かずに浜松城から討って出てしまい、信玄の策にはまり、三方ヶ原の地で露と消えたのである。
「というわけだ。お前ら、殿の言うことはしっかり聞いておけよ?」
「信盛殿っち、家康さまっちは死んでないっす。生きているっす。部下たちへの解説で殺すのはダメなことっす」
「あっれー?なんか、間違ってったっけ?でも、それって、真偽不確かな情報だろ?徳川家が武田家にぼろぼろのめっためたのぎったんぎったんにやられたんだから、あれで生きてる可能性なんて、ほっとんどないと思うんだけど?」
「家康殿っちは博打打ちっすからね。博打打ちって言うのは、土壇場での悪運がすごいっす。おれっちの所有している忍者衆が、家康さまらしきひとが浜松城に入場したと言う情報を掴んでいるっす」
「まじでー?あんな、見事と言うほかないような負け方してんのに、家康殿、生き残っちまったの?腕や足の1本でも、ちぎれ飛んでたりしないわけ?」
「うーん。聞いた限りでは、腕も、足も、頭も身体からちぎれ飛んでいる様子は見られないと報告っす。でも、人間として大事な何かを失ったようなんっすよね」
「えっ?それって、心が壊れちまったってことか?あちゃー!それじゃあ、生きてても死んでても変わりない状態じゃん。せめて、退却の支援くらいしておけば良かったかなあ?」
「心のほうじゃないっす。肛門が壊れたみたいっす。浜松城は今や、そこら中にウンコを漏らしたような匂いで充満しているらしいっす。よっぽど、信玄に負けて、さらに追われたのがショックだったみたいっすね。漏らしてない者を探すほうが苦労したと、忍者衆が言っていたっす」
一益の報告を聞いた信盛が、ああああと声を口から漏らす。
「よっぽど、怖かったんだなあ。まあ、物見の報告からは、300騎ほどの騎馬軍団に徳川家の半数が壊滅したって話だもんなあ。最初、物見からそう聞いた時は、さすがに嘘だろお?って疑ったもんなあ」
「徳川家の1万2千の半数をたった300騎で壊滅っすからね。織田家だと、絶対に武田家に勝てないんじゃないっすか?やっぱり、信長さまっちの心証を良くしようとか思わず、尾張まで前線を下げるっすか?」
「でもなあ。さすがに1戦も交えずに尾張に戻ったら、俺と一益でも叱責だけじゃ済まないと思うわけよ。良くて、謹慎。悪くて、織田家から追放になるんじゃないかと、俺は予想しているぞ?」
「えええええ?そんなこと言われたって、無理なものは無理っすよ。もう一度、言うっすけど、いくら策にはめられた家康殿っちと言っても、織田家の3倍強いと豪語しているんっす。実質、3万6千がたった300騎に蹂躙されたっす。おれらっち、3000っすよ?徳川の兵で換算したら、1000っすよ?どうやって、戦えっていうっすか!」
「俺だって、出来るなら、このまま逃げたいよ!でも、そんなことしたら、滝川家も佐久間家も追放は免れないのよ。じゃあ、もう、ここで1戦、やってみるしか俺たちには道が残されてないの!」
信盛と一益が徹底抗戦派と撤退派に分かれて、自分の言い分を主張する。家臣の者たちも、これは困ったものだぞと言う表情を顔に浮かべるのである。
「じゃあ、こうするっす。正面から武田家とぶつかれば、絶対、負けるのは分かりきっていることっす。ここは、1戦かますのと撤退するの同時にやるっす!」
「んー?それはどう言うことだ?弓でも射ながら、後退しろって策か?」
「矢でも石でも良いっす。射れるもの、投げれるもの、全部、投げるっす。で、武田家が少しでも釣れたら、撤退するっす」
一益の言いに、信盛がうーんと唸る。
「それ、武田家にとって、嫌がらせにもならないような気がするんだけど。俺の気のせいか?」
「充分、嫌がらせにはなるっす。武田家は、この先、西進するには、どうしても途上にある野田城が邪魔になるっす。補給路を確保するためにも、あそこの地を抑えなければならないっす」
「ああ。俺らがいるこの地点から、北西に1キロメートル行った先にある、あの野田城かあ。なるほど。ようやく、一益が何を言いたいか、わかってきたぜ。武田家がどうしても落とさなきゃならない城を攻めている最中に、俺たちは横やりを入れるわけだな?」
「そういうことっす。さすがに城攻めをしている最中に、小勢を追いかけるような真似を信玄はしないと思うっす。あくまでも普通ならばの考えっすけど」
一益が歯切れ悪く言う。
「まあ、そこが妥協点だろうなあ。1戦も交えずに帰れない。だけど、全滅必死な戦運びも許されない。そうとなれば、武田家が野田城を落とそうと躍起になっているところを、俺らが横やり入れるのが最善の策だと思うぜ。さすが、攻めても退いても滝川だぜ。そうとなりゃ、ここから急いで、野田城付近まで退くぞ」
「うっす。できる限りのことをやるっす。武田家が野田城の攻略に時間をかければかけるほど、織田家にとっても、再起を図るであろう、徳川家にとっても良いことづくめっす。ああ、明日は多分、死ぬにはとっても良い日になりそうっすねえ!」
一益が半ば、やけくそ気味にそう叫ぶのである。
「いやだよ!俺、死にたくないよ。一益、絶対に生き延びるぞ。俺たち2人が手を合わせれば、怖いもの無しだぜ」
信盛と一益は互いを励ましあいながら、野田城付近へと退いていくのであった。
一方、三方ヶ原の地で、徳川1万2千に圧勝した武田信玄は、今まで見たこともないような笑顔で、勇猛に戦ってくれた将達にねぎらいの言葉を贈るのであった。
「がーはははははははっ。お前ら、良くぞ、やってくれたのだわい。ここまでの圧勝、わしがこの世に産まれてからを数えても、初めてと言っていいほどの出来栄えだったのだわい!」
「ははあっ!この馬場信春、心底、殿の采配に心が震えたのでござる。いやあ、一体、そのしなびれた身体のどこに、そんな秘められた力を隠し持っていたのでござる。これなら、いっそ、北条氏康が死ぬのを待たずに、去年の段階で織田家と同盟を切っておけば良かったでござるなあ!」
「何を言ってるのでごじゃる、馬場。これほどの会心の戦がいつでも出来れば世話がないのでごじゃる。でも、今回の戦は本当、気持ちよかったのでごじゃる。これはついに殿が覚醒したのでごじゃる!」
「何を言っているのだわい、内藤。わしはいつでも覚醒しておるわい。ただ単に強すぎて、野戦を申し込まれなかっただけじゃわい。いやあ、戦中に軽く3回は達してしまったのだわい」
「殿。何を戦中にイッているので候。しかしながら、我輩の戦いぶりはすさまじかったので候。まるで、殿の魂が全員に乗り移ったのかと思ったで候。少しは苦戦するものかと思っていたで候が、敵陣がまるで綿菓子でも割いているかのように、スバッスババババッ!と散り散りになっていたで候」
「山県の武勇、武田家1、いや、ひのもと1と名乗っていいのだわい。きっと、この戦でのお前の活躍は100年、200年経ったあとでも語り継がれるのだわい。好きなものを所望するのだわい。褒美は想いのままなのだわい!」
「そんなに褒めないでほしいで候。他の者たちが我輩に嫉妬してしまうで候。しかし、褒美をくださると言うのならば、10代の妾が欲しいので候」
「山県さまはスケベなのでございます。40を越えているくせに、10代の娘を妾にしたら、いちもつを引っこ抜かれてしまうのでございますよ?」
高坂がそう山県に忠告する。だが、山県にしてはめずらしいと言っていいほどのにやけ顔で
「こんなに気持ち良く勝ってしまったら、そりゃ、もう、いちもつがビッキビキ!になるので候。お前たちもそうであろうで候?」
「くっ。悔しいが、確かに、山県殿の言う通りなのでござる。拙者もさっきからいちもつがビッキビキ!でござる。殿、ちょっと、近くの村に行ってきて良いでござるか?」
「馬場殿。何を抜け駆けしようとしているのでごじゃる。僕も一緒に連れて行ってほしいのでごじゃる。三河の若い娘のエキスを吸いたいのでごじゃる」
馬場と内藤がぐへへ、ぐへへと言う声を口から漏らしながら、いちもつを両手で抑えて、もじもじとしている。
「仕方のない奴らなのだわい。だが、略奪にありつくには、この三方ヶ原の地より西にある、野田城を落としてからだわい。余勢をかって、一気に攻め落としてくるのだわい!」
「ええええ?せっかく、家康に圧勝したのに、ご褒美は無しなのでござるか?それでは、兵士たちが納得しないのでござる。略奪は戦の華でござる。将たちは殿がそう言うのであれば、仕方なく、その命令に従うでござるが、さすがに、兵士どもは言うことを聞かないと想うでござるぞ?」
「うーむ。少々、勝ちすぎたのだわい。勝って兜の緒をしめろと言うが、今回ばかりは兵士たちに自制を期待するのは難しいのだわい」
「殿の言う通り、浜松城を落とさぬ以上、野田城は武田家の生命線となりうる城でごじゃる。ここをさすがに無視して西進は無理でごじゃるしなあ」
「三河に残った兵が総集結すると思うで候。それに、三方ヶ原に姿を現さなかった織田家の軍もきっと、邪魔をしてくるはずで候。野田城さえ抜けば、あとは尾張、岐阜を蹂躙し放題で候」
「とにかく、野田城をどうにかした後でなければ、兵士たちには褒賞を出せぬのだわい。それまで、なんとか、お前たちで兵士を抑えてくれぬか?だわい」




