ー放虎の章 3- 生き残る理由
「ここに取り出したるは、曲直瀬殿が発明した毛生え薬だ。これを使えば、黒髪ロングの美少女と一益がいちゃいちゃする可能になるんだ」
「はあ?一体、何を言っているっすか?信玄が怖くて、ついに信盛殿っちは狂ってしまったんっすか?」
「本当だって。この薬は元々、あたまのてっぺんが薄くなってきて、困り果てた貞勝殿が曲直瀬殿に作らせた薬なんだ!」
「そんな話と黒髪ロングの美少女とどう繋がるんっすか?信盛殿っち、悪いこと言わないから、岐阜に帰って寝たほうがいいっすよ?」
疑うばかりの一益に対して、信盛は意を決し、その曲直瀬作の毛生え薬を1錠、ごくりと飲みこむのである。
すると、どうだろう。信盛の髪の毛が途端に伸び始め、黒髪ロングとなって行く。さらには、齢40を超えるおっさん顔だった信盛の顔がどんどんと若返っていくではないか。
「ちょ、ちょっと、信盛殿っち、その姿はなんっすか!加齢臭を身体からぷんぷんさせていた、信盛殿っちがまるで、10代の美少年に変わっていくっす!」
一益が信盛の顔がどんどん若返っていくことに驚きを隠せない。
「ふう。その驚きようを見る感じ、どうやら、薬の効果はわかってくれたようだな?」
信盛の言いにコクコクと頷くばかりの一益である。
「ああ、ああ、ああ?ん?なんか、声まで若返えっちまったなあ。この薬、どんどん、副作用が強くなってんじゃねえのか?俺、元に戻るんだろうな?」
「加齢臭を漂わせた若い黒髪ロングの美少年が、信盛殿っちみたいな口調でしゃべっているっす。俺っちは夢か何かを見ているっすか?それとも狐か狸に化かされたっすか?」
「んっんー。ああ、ああ。なんか調子くるうな。で、話を戻して、曲直瀬殿に毛生えぐずりを作ってもらったは良いが、男が飲んだ場合は副作用で黒髪ロングの美形に変わっちまうんだよ」
「すごい薬じゃないっすか!そんなの不老長寿の薬と変わらないじゃないっすか!」
「まあ、若返るのは顔だけで、身体のほうに変化はないんだけどな、男の場合は」
信盛の言いに、うん?と怪訝な顔付きになる一益である。
「その言い方だと、女性の場合は副作用が変わってくるんっすか?まさか、醜女に変わってしまうんっすか?」
「いや、そうじゃねえ。女性の場合は黒髪ロングになるわけじゃなくて、うーん、わかりやすく言うとだな。10歳、若返ってしまうだわ」
「うん?どういうことっすか?じゃあ、その毛生え薬をうちの香っちに飲ませたら、今年で31歳の香っちが、出会ったころの21歳くらいに変わるってことっすか?」
「そう、その通りだ。まあ、効果は3~4時間って言ったところだけどな。でも、最近、副作用がきつくなってきていてだなあ。ものによっては15歳くらい若返ってしまうときもあるって、貞勝殿に聞いたなあ」
「うほおおおおお!もし、当たりを引いたら、俺っち、16歳の香っちに出会えるわけっすか?」
「理屈としてはそうだなあ。でも、この薬の不思議なことが、14歳より下には若返らないみたいだな。うちのエレナで何回か試してはいるが、なぜかそこで、若返りはとまっちまうのよ」
信盛がそう、毛生え薬の副作用について説明をする。一益はふむふむと言いながら、頷くばかりである。
「曲直瀬殿の推測では、この世を支配する神仏の御業がその辺の事情に関わっているのではないかととは言ってたなあ」
「そんな推測はどうでもいいっす。肝心なのは、この薬が香っちに効果があるのかどうかってだけっす。もらい損はいやっすからね?薬っていうのは、ひとそれぞれで効き具合が多少、変わってくるもんっす」
「その点は心配ないぞ?織田家の連中で試した限りでは、唯一、美形にならなかったのは、秀吉くらいだしな。勝家殿だって、黒髪ロングの美少年に変わるんだぜ?」
「うっわ。猿だけ、なんで効かないんっすか。あの猿顔で黒髪ロングって、どんな拷問っすか」
一益が秀吉の黒髪ロングを想像し、辟易とした顔つきになる。
「まあ、殿もたまに奥方たちに使っているみたいで、次の日、頬をげっそりこけさせながら仕事場に現れるんだ。今のところ、女性で若返らなかったのは居ないんじゃないかなあ?」
「そうっすか。それは安心したっす。じゃあ、信盛殿っち、その薬を俺っちに渡すっす」
一益はそう言うと、信盛のほうによこせとばかりに手を差し出す。信盛はその差し出された手のひらの上に、薬を5錠渡してくるのである。
「ええ?たったの5錠っすか?信盛殿っち、けちくさいっすよおおおお!」
「いや、別にけちってるわけじゃないんだ。俺の手持ちは全部でそれだけなんだよ。そもそも、この薬の原材料が富士の山に10年に1度咲くと言われている花の蜜を使っているらしくてさ。そもそもとして、あまり数を作ることができないみたいなんだわ」
「本当っすか?まあ、10歳若返るような摩訶不思議な薬っすもんね。効果のほどは信盛殿っちの顔を見たら、実証済みっすし。でも、信盛殿っちが自分で持っている分を全部、俺っちに渡したら、信盛殿っちは奥さんたちとは楽しめなくなるんじゃないっすか?」
「ああ、かまわないぜ?その薬で、織田家の第1級戦力を家康殿の救援に連れていけるんだしさ。安い買い物じゃねえか?」
信盛がにこやかな顔つきでそう一益に言うのである。一益はまいったとばかりに右手で頭をぽりぽりとかくのである。
「信盛殿っちは口説き上手っすねえ。いつのまに、そんなやり手に生まれ変わったっすか?これも、この毛生え薬の副作用なんっすか?」
「うっせえ!口説き上手は昔からだ。今に始まったことじゃねえよ」
「そう言うことにしておくっすか。じゃあ、この毛生え薬は大事に使わせてもらうっす。こりゃ、この戦が終わったあとが楽しみすぎるっすよ。21歳の香っちの水を弾くような肌を、また楽しめるんっすから」
一益が、にやけた顔付きで、毛生え薬を無くさないよう、丁寧に紙で包み、腰袋にしまいこむのである。
「ああ!大事なことをひとつ言い忘れてたぜ。あのな、一益。その薬で気を付けなきゃならんことがひとつあってだな」
「ん?なんっすか?1度に1錠より多く、飲ませるなってことっすか?」
「いや、1度に何錠、飲ませようが効果は変わらん。20歳、若返らせようと言うような、変な下心はやめろよ?」
一益が、信盛にも聞こえるように、大きく、ちっと舌打ちをする。
「おいおい、試すつもりだったのかよ。薬の無駄遣いにならなくて良かったな?で、注意点だけどさ」
「あれ?今のたくさん飲ませても意味がないってことが注意点じゃなかったんっすか?」
一益が怪訝な顔つきになる。
「まあ、聞けって。実はだな。この薬の副作用の欠点と言えばおかしいんだが、30代の女性に飲ませると、20代に若返るわけだが、性欲だけはそのままなんだ」
信盛の言いに思わずごくりと喉を鳴らす一益である。
「なんと言うことっす。31歳の香っちが21歳になっても性欲は31歳っすか。そんなの俺っちのたまきんがからっからにされちまうっす!」
「それだけで済むとは思うなよ?若返って元に戻ったあとの性欲はさらに倍化するんだ。薬を使ったその3時間だけで済むとは思うなよ?薬の効果が切れた後が本当の地獄の始まりだ!」
一益が思わず身震いする。若い女が30代の性欲そのままに身体を求めてくるのだ。それだけでも、あっふん、もう俺っち、残弾がのこってないっすなのに、薬の効果が切れた3時間後からさらにその倍、身体を求められるのだ。
「まず、徹夜でいちゃいちゃすることになるのは、覚悟しておくべきだ。さらに言うと、いちゃいちゃする前には、ドジョウ飯、ウナギ飯、シジミの味噌汁、オクラの和え物、そして、ヤモリの黒焼きを3本喰っておくのが良い」
「なんなんっすか。どれだけ性欲を溜めなきゃいけないんっすか。俺っち、こう見えて、けっこうイチャイチャは淡泊なんっすよ?」
一益は理不尽だと訴えるが、しかし信盛は真剣な顔付きのまま
「30代の女性の性欲を甘く見るんじゃねえ!」
信盛はそう言うなり、右手で拳を作り、一益の左頬をバキッとぶん殴る。
「いてえっす!いきなり何をするっすか」
「お前、今、言った精がつく食べ物はあくまでも予防線だ!本当なら、これにさらに生き血がしたたるマムシを喰う必要があるんだ、おれんちでは。それでもイチャイチャが終わった後には体重は1晩で3キロは減るんだぞ?」
「ま、まじっすか。マムシを生で喰わなきゃいけないレベルなんっすか。俺っち、もしかしてとんでもない世界に足を踏み入れよとしているんっすか?」
一益の問いかけに信盛はただ静かにコクリと1度、頷く。
「俺は【退き佐久間】と言われているが、小春の性欲からだけは逃げきれたことはない。のらりくらりと身をよじらせて逃げようとしても、ガシッといちもつを掴まれちまう!」
退き佐久間を捕らえて離さないなんて、小春さんっちの2倍増しの性欲ってどんだけっすかと思う、一益である。だが、一益は、へっと鼻を鳴らし
「俺っちは、【進むも退くも滝川】って言う異名持ちっす。信盛殿っちよりも、いちゃいちゃのスキルについては上だと思っているっす。見事、香っちを布団の上で組み伏せてやるっす!」
一益の言いに、信盛がふっと微笑する。
「鼻たれ小僧と思っていた、一益が立派なことを言うようになったもんだぜ。よっしゃ、俺は一益が腹上死できるように、この戦、絶対に生き延びてやるぜ!」