ー虎牙の章10- どこの家も似たりよったり
「うはははははははっげふげふっげふぅぅぅぅ!あーあ、余りにも信長殿が無警戒すぎて、つい大笑いをしてしまったのだわい。信長殿は武田家と上杉家との仲を取り持ってくれるようだわい」
「殿。大丈夫でございます?僕、殿の咳が気になってしまうのでございます」
「ああ、高坂、心配するのでないのだわい。そんなに心配そうな顔をするのでないのだわい。そなたが悲しい顔をしていたら、わしまで悲しくなってしまうのだわい」
「僕が殿のことを心配するのは当たり前でございます。信玄さまにもしものことがあれば僕は首を吊ってしまいそうになるのでございます」
高坂昌信はさぞ心配そうな顔で信玄の顔を見つめる。信玄もまた、高坂の顔を見つめ返す。まじまじと信玄に顔を見つめられたことにより、高坂の顔はぼっと火がついたように、顔を紅く染める。
「いやん。そんなに僕の顔を見つめられては困るのでございます」
「うははははっ。高坂は可愛いのだわい。今夜も夜伽の相手をしてほしいのだわい。今夜の予定は明けておくといいのだわい」
信玄の言いに高坂が両手で頬を抑え、まんざらでもない顔付きになる。そのいちゃつく信玄と高坂の姿を見て、馬場がくっと唸る。
「殿。軍議の最中ござる。そんな話はあとにするのでござる。大体、殿は高坂を溺愛しすぎでござる。いくら顔が良いからと言って、重用しすぎでござる!」
「まあまあ、馬場殿、それほど怒らなくてもいいでごじゃる。高坂は顔だけでなく、軍才もぼくちんたちと比肩するのでごじゃる。それほど噛みつく必要はないでごじゃるよ」
「しかし、内藤殿よ。殿が駿府に来てから、ずっと、殿は高坂とべったりでござる。これでは軍紀に乱れが生じるでござる!」
馬場の言いに内藤昌豊がうーむと唸る。これはどちらかと言うと、馬場と殿の痴情のもつれからの話でごじゃるなと考えるのである。自分を含む武田家の四天王と称される者たちは、領地も増えたことにより、それぞれ、信濃、甲斐、駿河と城代を任せられるようになってきた。
その内、馬場は甲斐の支城の城代に任じられており、ここ最近では殿に一番近しい男であった。ここから考えられることと言えば
「馬場殿、もしかして、お前、殿に抱かれたでごじゃるか?そうでも考えない限り、お前がそこまで高坂に敵意を向けることはないのでごじゃる」
内藤の言いに馬場は顔に火が着いたかごとくに真っ赤に染め上がる。
「なななななな、何を言っているのでござる。拙者がそのような破廉恥なことをしているわけがないのでござるるるるる。大体、殿が拙者のような武骨者に手を出すわけがないのでござる!」
「うははははっ。何を言っているのだわい。馬場の初めては中々に味わいぶかかったのだわい。そのあとも3日も開かずに抱いてきたのだわい」
「えええええ?殿、愛しているのは僕だけと言ってくれたのでございます。馬場さまに浮気するなんて許されないのでございます」
高坂が信玄に対して抗議する。だが、信玄は、うははははっと笑い
「もちろん、1番愛しているのは、高坂だわい。だが、お前を駿府の城代に任せてしまった以上、わしのほとばしる性欲を発散する場所が、馬場しかなかったのだわい。仕方がなかったのだわい」
「そういうことでございますか。では、馬場さまを抱いた回数以上に僕を抱いてほしいのでございます。今夜は寝かせませんので、覚悟してくださいでございます」
「わかっておるのだわい。というわけだから、馬場は焼きもちを焼くのは良いが、高坂につらく当たるのはやめるのだわい。織田家を滅ぼしたあとにでも、高坂と同様、寝所に呼んでやるから、それまで我慢すると良いのだわい」
馬場はくっと唸る。内藤昌豊はやれやれと言った顔付きになりながら、これ以上、この3人がもめないことだけを祈るのであった。
「いい加減、軍議の続きをするので候。まったく、話が進んでないで候。我輩、そろそろ屋敷に帰って、寝ても良いで候?」
そう文句を言うのは山県昌景である。
「まあまあ、山県殿、武田家の会議が脱線するのはいつものことでごじゃる。こんなことで機嫌を損ねていては、ダメなのでごじゃる」
内藤が山県の機嫌を取ろうとなだめようとする。しかし、山県は、ふんっと鼻を鳴らし
「武田家がこんなのだから、織田家なぞに遅れを取るので候。さぞかし、織田家の会議は理路整然としており、無駄の無い会議なので候。やはり無駄のない会議は最高で候。無駄話をした奴ははりつけにすれば良いので候」
「はっくしょん!ああ、なんかいきなりくしゃみが出たんですけど、誰か、先生の噂をしています?出来るなら若い娘か男が良いんですけど?」
「おいおい、殿、何をおかしなことを言ってんだ?そろそろ11月だから、普通に風邪でも引いたんじゃねえの?」
「ガハハッ、信盛殿、殿が風邪を引くわけがないのでもうす。正月に相撲大会を開くくらいでもうすよ?まわし一丁でも、殿はぴんぴんしているのでもうす」
「ああ、そうだったな、勝家殿。殿が風邪引くわけがないか。別に馬鹿だから風邪引かないとかじゃなくて、殿は健康に気を使っているもんな。織田家で一番の健康体なんじゃねえの?」
「うっほん。毎朝、寒風摩擦とか言い出して、上半身、裸で手ぬぐいで身体をこすっているのじゃ。見てるこっちが寒くなる想いなのじゃ」
「寒風摩擦は良いですよ?身体が寒さに強くなります。いっそ、兵たち全員に義務付けようかと思ってしまうくらいです」
「やめとけやめとけ。織田家の兵士の半分が風邪を引いちまう。他国も合戦シーズンまっさかりなんだ。こんなつまらないことで織田家の兵力が半分になるのは手痛いぜ?」
「うーん、良い案だと思ったのですがね?まあ、慣れが必要ですから、春から実施しましょうか。それなら、風邪になる兵も少なくて済みますしね」
「と言うより、殿たちは何を話し合っているでござるか。今は軍議の真っ最中だぞ。久秀の蜂起に合わせて、三好、本願寺まで動きだしている。それをどうしようかという軍議ではなかったのか」
河尻が軍議が遅々として進まぬことにいら立ちの表情を見せる。
「あっ、そう言えば、そうでしたね。一体、誰ですか?毎回、毎回、話の腰を折るひとは。まったく、少しは武田家を見習うべきですよ?きっと、あちらはきっちりと軍議をしているはずです。ああ、織田家は、話の腰を折るひとをはりつけにした方が良いかも知れませんね?」
「そうなると、1番最初にはりつけにされるのは、殿か信盛殿なのじゃ。由々しき問題なのじゃ」
「ガハハッ。殿がはりつけになりながら、軍議を進める姿も見てみたい気がするでもうす。殿、是非、そのルールを採用してほしいのでもうす」
「だから、お主らは軍議の最中だと言っているのだ。少しはまともに仕事の話をするのだ。いい加減、ケツ罰刀を入れてやるぞ?」
「さて、山県がキレる前に軍議の話に戻ろうなのだわい。今、武田家は信濃、甲斐、駿河、そして遠江の3分の1を支配下に置いているわけだが、どれくらいの兵を集められそうだわい?」
「はっ。秋の収穫も終わりに向かっており、約2万4千と言ったところで候。各地より続々と兵を参集させているところで候。11月に入るころには駿河から西へ進撃できるところで候」
山県の言いに信玄がふむと息をつく。
「いささか時間がかかり過ぎだわい。11月に入れば朝倉がまた越前に帰らなければならないとゴネ始めるに決まっているのだわい。なんとかならないのかだわい」
「はあ。そうは言われてもで候。米をしっかり収穫しておかなければ、もし、織田家との戦が長引いた場合、こちらが危機に陥るで候。途上で略奪を繰り返したところで、兵站に危険を感じずにはいられないで候」
山県が信玄にそう説明するが、信玄は納得のいかないと言った感じである。
「織田家とは遅くても来年の稲作りまでには決着をつけるつもりだわい。少なくとも、岐阜までには辿り着きたいところだわい」
「うーむ。進軍速度を第1に考えているので候か?ならば、途上で略奪をせずに、一気に、遠江、三河、尾張を駆け抜けるおつもりで候?それならば、ますます、武田家での米の収穫が大事になるで候」
信玄はぽんぽんと右手に持った軍配を左手の手のひらに叩きながら、思案にくれるのである。
「信長は我らの動きに関して、怪しんでいるところはないのだわい。しかし、問題は徳川家康だわい。奴はわしが遠江の全てをよこせと要求してからは、武田家と同盟を破棄し、上杉と同名を組んでいるのだわい。あやつがわしらが京の都へ昇る一番の障害になる可能性が高いのだわい」
「では、徳川家とは1戦交えるということで候か?数はこちらが有利と思うで候が、城に籠られれば厄介で候」
「そう、そこが問題なのだわい。わしらは一刻も早く、義昭さまを救うために京の都へ行かねばならぬのだわい。しかし、まともに徳川家と戦っている時間は無いのだわい」
「しかし、そう言っても、徳川家を無視して街道をひた走るのは無理だと思うので候。我輩らが家康めが籠る城に背を向け、進軍すれば、必ず、奴は背後をついてくるのでござる。やはり、遠江、三河を攻略してからがいいのではないかで候」




