ー虎牙の章 8- 起死回生の1撃
「光秀くん、貞勝くん、今です!筋肉を解放してください!」
義昭と信長、光秀、貞勝は戦っていた。光秀と貞勝は狭い部屋を縦横に駆け巡り、義昭の注意を逸らすように動いていた。
そして、義昭の左に光秀が位置し、そして貞勝が義昭の右に位置するのであった。そして、その瞬間に信長が合図を送ったのである。
「筋肉113パーセント解放なのでございます!」
光秀は義昭の左腕を掴み、そう叫ぶ。それと同時に光秀の身体は筋肉により盛り上がっていく。
「筋肉7パーセント追加なのじゃ!」
貞勝は義昭の右腕を掴み、力のあらん限り、その腕を握りしめる。貞勝の両腕のみが丸太のような太さになる。
義昭は、ウググググッと唸り始める。するとどうだろう。義昭の身を包んでいた闇の衣がはじけ飛ぶのである。
「今なのじゃ!殿、義昭さまにとどめを入れるのじゃ!」
貞勝が必死な形相になり、そう叫ぶ。だが、信長は動かない。
「ふひっ?どうしたのでございますか?信長さま、神域に達する御業を放ってくださいなのでございます!」
光秀が叫ぶ。だが、それでも信長は動かない。
「ダメです。この作戦は失敗です。貞勝くんの筋肉が6パーセントしか増量していません。将軍さまの闇の力に触れていた時間が長すぎたせいですね」
信長の言いに貞勝がおおいに動揺する。
「どういうことなのじゃ。わしの筋肉では足らぬと言うことなのかじゃ!」
「貞勝くんは実践慣れしてないのですよ。勝家くんや光秀くんは常に戦場の前線で戦う身です。ですから、どのような状況においても、最善の力を出し尽くすことができます。ですが、貞勝くんはそうではありません」
信長の言いに貞勝は、くっと唸る。自分が文官であることに悔しさを感じるのである。
「まだだよー!まだ、終わってないよーーー!」
お竹がそう叫ぶ。信長、光秀、貞勝が一斉にお竹のほうを振り向く。
「あと1パーセント足りないだけでしょーーー?じゃあ、あたしがその1パーセントを絞りだすよーーー!」
「ダメです。お竹さん、あなたには無理です!」
「ダメかどうかはやってみないとわからいなよーーー!」
お竹はそう言うと、震える身体に喝を入れ、立ち上がる。そして、その勢いそのままに義昭の腰へ飛びつくのである。
「筋肉1パーセント増量だよーーー!」
お竹は義昭の腰に両腕を回し、力一杯、叫ぶのである。ふぬぬぬと、お竹は力一杯、両腕に力を入れる。だが、お竹の筋肉は増量するわけもなく、ただ、義昭の腰にしがみついているだけであった。
信長は、くっと唸る。お竹さんの筋肉を当てにしていたわけではないが、可能性に少しばかり賭けていたのだ。だが、その願いにも似た考えは空回りに終わるのである。
「ふう。驚かせてくれるのでおじゃる。まさか、まろの闇の衣をはぎとろうとするとは思わなかったのでおじゃる。さて、そろそろ貞勝殿も限界を迎えるころなのでおじゃる!」
貞勝は鬼のような形相で、義昭の右腕を絞りあげる。だが、自分がこの7パーセント筋肉増量を使える時間は残り1分と言ったところだ。
「くっ、殿、申し訳ないのじゃ。わしはあと1分しか、7パーセント筋肉増量を維持できないのじゃ!」
「まあ、正確に言うと、6パーセント増量なんですけどね?」
「そういう細かいツッコミはいらんのじゃ!それよりも、この状況を打開する手を考えるのじゃ」
貞勝のツッコミを喰らいつつ、信長はやれやれと言った表情で、右手で頭をこりこりとかく。さて、困ったものですね。残り時間はあとわずかです。そのわずかに残された時間で、将軍さまの闇の衣をはがす手立てを考えなければならないんですがねえ。
信長がそう思案しながら、何か打開策が無いものかと義昭の顔を見る。すると、何か義昭の顔が変わっていることに気付く。
「あれ?将軍さまの血の涙がいつの間にか止まっていますね?というか、なんか、変な顔つきになってるんですけど?」
「あふん、お竹ちゃん、そこはダメなのでおじゃる。まろは今、信長と真剣勝負をしているのでおじゃる。今、そんなことをされたら、まろは逝ってしまうのでおじゃる」
「義昭ちゃん、ダメだよー?真剣勝負の最中に、いちもつを膨らませてたらー」
「い、いや、それは何というのかでおじゃるか、つい力がたぎってしまったのでおじゃる。そしたら、そこに血までもが流れこんでしまったのでおじゃる」
「むふふー。義昭ちゃんは可愛いなー。そんな義昭ちゃんには、ご褒美だよー?」
お竹はそう言いながら、義昭の袴をずるっと降ろし、いちもつをパクりと口に含んでしまうのである。
「うーん?なんか、シリアスな雰囲気が一変に吹き飛んでしまいましたね?これ、一体、どうしろと言うんですか?」
「そんなこと、わしに言われても知らんのじゃ!それよりも、早く、義昭さまをどうにかするのじゃ」
「やれやれ、仕方ありませんね。将軍さまの闇の衣の力がお竹さんの奇策で弱まりました。というわけで、義昭さまの闇の衣は筋肉119パーセントで吹き飛んでくれそうですね」
「ああ、まろの手に入れた力が吹き飛んでしまったのでおじゃる!このままでは、まずいのでおじゃる」
義昭は闇の衣が完全にはがれたことに激しく動揺する。
「さあて、将軍さま、覚悟はいいですか?なあに、少々、気絶してもらうだけです。痛いのは一瞬だけです。その後、目覚める確率は5割と言ったところでしょうけど」
義昭がひいいいいいっ!と声をあげる。それと同時にお竹が口をすぼめたために、あふううううんと声をあげる。
「殿、さっさと一発、決めるのじゃ!いくら、闇の衣が吹き飛んだと言っても、わしの筋肉増量の効果が切れれば、再び、義昭さまは力を取り戻すのじゃ」
「待ってくれなのでおじゃる。御父・信長殿に従うのでおじゃる。だから、まろに神域に達した御業を使うのはやめてくれなのでおじゃる!」
「だそうですけど、光秀くん、どうします?」
光秀はニコリと笑顔を作り、右手で拳を握りしめ、信長に向かって突き出す。そして、おもむろに親指を立てて、手首を返し、その親指を地面に向ける。
「やってしまうのでございます!」
信長もまたニコリと笑い、自分の右足をドスンと身体のやや前方に出し、突きの構えを取る。そして、足、ふくらはぎ、ひざ、太もも、腰、背中、そして肩へと回転を伝播させていく。
「まろは金輪際、御父・信長殿には逆らわないのでおーじゃーるーーー!」
それが義昭の最後の言葉であった。地面から伝わる黄金の回転はやがて信長の右手に集中していき、義昭よしあきのみぞおち目がけて、それが発射されたのであった。
「ふう。久しぶりにいい汗をかいてしまいましたよ。将軍さまがこれほどの力を隠し持っていたことに感嘆の言葉を贈りたい気持ちです」
信長たちは、義昭をノックダウンしたあと、再び、ちゃぶ台の周りに着席し、せんべえにかじりつきつつ、お茶をすすっていたのであった。
「うーむ、義昭さまの飲む酒に少量づつ曲直瀬殿の薬を混ぜていたのがいけなかったのかじゃ?それで義昭さまの身体が知らぬ間に強化されていたのかじゃ?」
「えー?貞勝くん、義昭ちゃんを毒殺するつもりだったのー?やめてよー。まだ、あたし、義昭ちゃんが他の女性をつれこむことには、刺してやろうって思うくらいにはむかついてるけど、殺すつもりはないんだからねー?」
「物騒なことを言うななのじゃ、お竹殿。義昭さまが暴飲暴食をするから、胃腸薬を処方してもらっていただけなのじゃ。だが、この薬がえらく苦いのじゃ。それで、義昭さまが飲むのを嫌がるから、酒に混ぜているだけなのじゃ」
「あれ?貞勝くん、それって、きゃべさんですか?たしかにあの薬は異様に苦いですよね。昨夜、飲んだ酒をすべて吐き出しそうになる気分になるくらいです」
「ふひっ、信長さま。きゃべさんは、食後ではなくて、食前に飲む薬でございます。食後に飲むから、気分が余計に悪くなるのでございます」
「あっれー?光秀くん、そうなんですか?じゃあ、先生も酒にきゃべさんを混ぜて飲むことにしますか。薬は用法を間違えてはいけませんね」
「でも、その薬を飲んでいたら、義昭ちゃんみたいに闇のオーラがあふれだすことになるんじゃないのー?」
お竹がそう疑問を呈す。だが、貞勝がうっほんと咳払いをし
「たぶん、義昭さまは絶望に心が染まりあがり、それで身体の中で何か特殊な反応が起きたのじゃ。全てを憎むような絶望に襲われることがなければ、再発はしないと思うのじゃ」
「ふーん、じゃあ、義昭ちゃんに希望を持たせればいいんだねー?それはあたしの役目だねー」
「そうですね。お竹さん、これからも義昭さまを大切にしてください。そうすれば、将軍さまは絶望の底から再び、いつもの明るい将軍さまに戻ってくれることでしょう」
「ふひっ。良い話で終わりそうでございますね。大団円は物語では大切なことでございます。やはりハッピーエンドで終わるのが大切なのでございます」
信長、貞勝、光秀、お竹がはははっと笑いあう。
「あのー、いい加減、はりつけから降ろしてほしいのでおじゃる。反省は充分したから、そろそろ、まろを許してほしいのでおじゃる」
義昭がすまなそうな顔をしながら、はりつけにされたまま、皆に懇願するのであった。
「あっ、忘れていました。将軍さまを裸にひんむいて、はりつけにしていたんでしたっけ?先生としたことがうっかりしていました」
「もうしばらく、あのままにしておいたほうが良いと思うよー?まろはまだあと3回、変身を残しているとか言い出すかも知れないからねー」
「それもそうですね。では、あと1時間ほど、あのままにしておきましょう」
義昭は、とほほと言う顔付きになりながら、そのあと1時間も、はりつけにされたままなのであった。




