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ー虎牙の章 7- 義昭・闇堕ち

 義昭よしあきは自分の身体が心がドス黒い闇に支配されていくのを感じる。


「まろは、お前がうらやましいのでおじゃる。軍才を持ち、政才を持ち、商才を持ち、人望を持ち、夢を持っているのでおじゃる。まろにも夢があったのでおじゃる。御父おんちち・信長殿と一緒に手を携えて、この世を平和に導こうという夢があったのでおじゃる!」


 義昭よしあきは血の涙をぽたぽたと畳の上に落としながら、ギリギリと歯を噛みしめる。そして、身体に巻き付けた自分の両腕で、自分の身をへし折らんとばかりに力を込める。


「悔しいのでおじゃる。何故、天はまろに何も与えず、信長には全てを与えたのでおじゃるか!一体、まろが何をしたと言うのでおじゃるか」


 義昭よしあきは天を仰ぎ、吼える。神や仏が目の前にいるならば、今すぐその喉笛をかっきらんとばかりに両眼をカッと見開く。その両目から流れる血が義昭よしあきの頬を伝い、首を伝い、着物を真っ赤に染めていく。


「将軍さま。お言葉ですが、先生は最初から何もかもを持っていたわけではありません。確かに人より少しばかり才に恵まれていますが、先生以上の人間など、このひのもとの国にはたくさんいるでしょう」


「ああ、憎い。全てが憎いのでおじゃる!」


 義昭よしあきの耳にはすでに信長の声は届いていなかった。だが、それでも信長は言葉を繋げる。


「先生がその優れた人間たちと違う唯一の点は、夢を叶えようと、全身全霊を持って務めてきたことです。自分の血を流し、自分の将兵たちの血を流し、民たちの血を流し、数え切れぬほどの屍を山のように積み上げ、ここまで来たのです」


「なぜ、天は信長を愛しているのでおじゃる。なぜ、まろを愛してくれないのでおじゃる!」


「先生が天に愛されたと思えた瞬間は、今川義元との桶狭間での決戦だけです。決して、神仏は先生を溺愛しているわけではありません。恵みよりも苦しみのほうをよっぽど多く与えてくれましたよ」


「まろは将軍なのでおじゃる。この国で一番偉いのでおじゃる。何故にこのひのもとの国の奴らは、まろにかしづかないのでおじゃる。頭を地面にこすりつけ、まろの慈悲を受け入れるのが良いのでおじゃる!」


「先生は元は大名ですらありません。ですが、その境遇をはねのけるために努力を重ね、日々、切磋琢磨してきました。身分の壁と言うものは恐ろしいものです。先生は幾度もその壁に阻まれてきました」


「そうなのでおじゃる。身分でおじゃる。この世は産まれた瞬間に身分が全てを決めるのおじゃる。まろは将軍の身分として産まれたのおじゃる。民は民という身分で産まれたのでおじゃる。身分こそ、天が与えてくれた贈りものなのでおじゃる!」


 義昭よしあきは、うひゃひゃひゃひゃと笑い声をあげる。


「身分をわきまえぬ者は全て罰してくれるのでおじゃる。まろこそが将軍、まろこそがこの世の法則、まろこそが唯一無二の存在なのでおじゃる。神仏がなんなのでおじゃる。まろを愛してくれないと言うのであれば、まろが貴様たちを地獄に引きずり降ろしてやるのでおじゃる!」


「ふひっ、義昭よしあきさまは正気を失っているのでございます。このままでは自我が崩壊し、ひとの姿を保てなくなるのでございます」


 光秀は額から汗が噴き出る思いである。これほどまでに、暗い、いや闇と言ってはばかりがない感情をこの目の前の男が持っていることに恐ろしさを感じずにはいられないのである。


「お竹殿。このまま、ここにいては危ないのじゃ。義昭よしあきさまはすでにひととして、堕ちてはならない闇の世界に堕ちてしまったのじゃ!」


 貞勝さだかつは、お竹の身の安全を確保しようと、義昭よしあきとお竹の間に割って入ろうとする。だが、義昭よしあきからの闇のオーラはすさまじいものであり、思わず貞勝さだかつはくっと唸る。


 お竹は全身から冷や汗を噴き出していた。義昭よしあきの身から発せられる闇のオーラに触れ、全身がガクガクと震えだすのである。


義昭よしあきちゃん」


 お竹は震える身でありながらも、義昭よしあきの名を呼ぶ。しかし声はか細く、到底、義昭よしあきの耳に入るわけもないと思ってしまう。


「きひっ、きひひひひひひっ!」


 義昭よしあきの笑い声は甲高いものとなり、部屋にいる者たちの耳を掻き毟る。お竹、貞勝さだかつ、光秀は無意識にも両耳を手でふさぐのである。


 しかし、信長だけは違った。この世の音とは思えぬ不快な響きが充満する部屋の中で、ひとり、身を動かすのである。


「将軍さま、すいません。しばらく眠ってください」


 信長は身体を数歩、前に出し義昭よしあきに肉薄する。右足をドスンと身体のやや前方に出し、突きの構えを取る。そして、足、ふくらはぎ、ひざ、太もも、腰、背中、そして肩へと回転を伝播させていく。


 地面から伝わる黄金の回転はやがて信長の右手に集中していき、義昭よしあきのみぞおち目がけて、それが発射される。


「ふひっ。信長さまの神域に達する御業なのでございます!」


「おお、ったのかじゃ!」


「いえ、ダメです。将軍さまの闇のオーラが思った以上に力が強く、将軍さまの身に達する前に8割近くを減殺されました。これは予想以上に手ごわい相手です!」


 光秀と貞勝さだかつは驚愕の表情を作る。鉄製の南蛮鎧ですら1撃でへしゃげると言う、主君のつっぱりでも、あの義昭よしあき如きの命すら取れない事実に絶望すら感じてしまうのである。


「どうするのじゃ。殿とののつっぱりが効かない相手となれば、勝家かついえ殿を呼んでくるしかないのじゃ」


「ふひっ。貞勝さだかつさま。例え、勝家かついえさまの筋肉120パーセント解放を行ったとしても、結果は同じなのでございます。義昭よしあきさまのオーラ、いえ、闇の衣と言っても差し支えのないアレをどうにかしないと無理なのでございます!」


「ねえ?私たち、このまま、ここで死んじゃうのー?」


 お竹が震える手で、信長の着物の裾を掴む。信長は額から汗が一筋、流れ出すのを感じる。


「せめて、ここに勝家かついえくんが居れば、結果は違っていたでしょう。勝家かついえくんの筋肉120パーセント解放で将軍さまの闇の衣を剥ぎ取り、そして、間髪入れずに先生が神域に達する御業を喰らわせれば、今の将軍さまと言えども、意識を断つことは可能だったかもしれません」


 信長は、のぶもりもりと共に勝家かついえくんを浅井・朝倉の対処のために、岐阜に待機させたことを悔やむばかりである。まさか、義昭よしあきを追い詰めたと思った瞬間の出来事であったのだ。これほどまでの潜在能力を隠しもっていたこと自体が信長にとって誤算も誤算だったのである。


「先生が将軍さまの戦闘力を見誤るとは歳を取ったものですね。せめて、お竹さんだけでも、この場から逃がしましょうか」


「ダ、ダメだよー。諦めるのはまだ早いよー。きっと、まだ、手は残されてるはずだよー」


「しかしですね。今、将軍さまの闇の衣をはがすだけの力が先生たちにはありません。一旦、退くのも兵法に照らし合わせれば間違っていないのです。勝家(かついえ)くんに匹敵するだけの力があれば、なんとかなるのですが」


 信長は思考する。貞勝(さだかつ)くんは戦力として論外として、かつて一度、勝家(かついえ)くんを破ったことがある光秀くんなら何とかならないのかと。


「光秀くん。きみは筋肉120パーセント解放を使えますか?」


 しかし、光秀はすまなそうな顔をしながら告げる。


「すまないのでございます。僕も努力はしているのですが、筋肉113パーセント解放までしか身につけていないのでございます。あと7パーセントあれば、勝機は見えてくると言うのに口惜しいばかりなのでございます」


 光秀の言いに、信長がくっと唸る。あと7パーセントの筋肉をどこから得ればいいのかと思案にくれる。


「うっほん。残り7パーセントあれば良いのかじゃ?」


 貞勝(さだかつ)がそう言う。しかし、信長は怪訝な顔付きになり


「え?何を言っているんですか?貞勝(さだかつ)くんにそんなことできるわけないでしょう?いくら将軍さまの闇の衣に触れたからと言って、正気を失ってどうするんですか?」


「失礼なのじゃ!わしだって、日夜、訓練を続けているのじゃ。若い者たちばかりに良いところを取られてばかりではないのじゃ」


「しかし、貞勝(さだかつ)くんの筋肉で7パーセントもの増量をすれば、寿命を縮めてしまいます。貞勝(さだかつ)くんには長生きしてもらわないと、先生が困るんですよ?」


「何を言っているのじゃ。この危機を乗り越えねば、先のことを言っても仕方ないのじゃ。なあに、少しの間だけなのじゃ。義昭(よしあき)さまの闇の衣をはがすまでの間なのじゃ」


 貞勝(さだかつ)の顔は軽い口調とは違い、真剣そのものであった。確かに貞勝(さだかつ)くんの命を削れば、短時間であるが足りない7パーセントの筋肉を得られるかもしれない。しかし、博打であることは変わりない。しかし、それしか今は残された道が4人には無かったのである。


「光秀くん、貞勝(さだかつ)くん。いいですか?先生の合図と共に筋肉を解放してください。きみたちが将軍さまの闇の衣をはがしたと同時に先生が神域に達する御業を叩きこみます!」


 信長の言いにこくりと光秀と貞勝(さだかつ)が頷く。全員、腹は決まった。それなら、あとは最善を尽くすだけだ。


「話は終わったのでおじゃるか?そろそろ、まろは動いて良いでおじゃるか?」


 義昭(よしあき)がドスの効いた声で言う。義昭(よしあき)のドス黒い闇の力は、今や部屋を崩壊させ始めていたのである。義昭(よしあき)は軽く右腕を横に薙ぎ払う。それはただの威嚇行為であった。だが、信長たちはとてつもない圧を感じるのである。


「くっ、ただ、右腕を横に薙ぎ払うだけで、これだけの圧を感じるとは思いませんでした。皆さん、無事ですか?」


 光秀と貞勝(さだかつ)義昭(よしあき)の圧をまともに喰らい、軽くめまいを起こすのである。


「だ、大丈夫なのじゃ。すこし、面喰ってしまっただけなのじゃ。殿(との)、早く合図をするのじゃ!」


 貞勝(さだかつ)は頭を左右に振りながら、信長に応える。信長はこれ以上、この戦いを長引かせれば不利になるだけだと思い、義昭(よしあき)打倒を決行するのであった。

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