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ー虎牙の章 6- 足利家の罪

「将軍さまがこれ以上、何かをされては足利の幕府の権威は失墜するだけなんですよ。あと、酒と女も控えてください。将軍さまは名誉回復に努めてほしいんですよ」


「それなら、政務をこなして将軍、ここにありを示したほうがいいのでおじゃる!」


「そんなこと言ったって、将軍さまは先生との約束も守れないじゃないですか?そんな人に政務を任せることなんて到底できませんよ」


「あんな約束自体が不当なのでおじゃる!そもそもが、あの約束はまろを傀儡(かいらい)化するための約束なのでおじゃる。まろは将軍なのでおじゃる。御父(おんちち)・信長殿は、まろを馬鹿にしているのでおじゃるか」


 義昭(よしあき)は怒りを込めて発言する。対して、信長はふむと息をつく。


「この際だから、将軍さまと先生の立場をはっきりさせましょう。将軍さまは先生の傀儡(かいらい)です。傀儡(かいらい)傀儡かいらいらしく、御輿にただ黙って乗っていてください。いらぬことをされては迷惑なのです」


 信長はきっぱりと言い放つ。


「ついに正体を現したでおじゃるな!だれか、まろの刀を持ってくるのでおじゃる。この天下の不忠者を叩き切ってくれるでおじゃる」


 義昭よしあきはバッと立ち上がり、側付きたちに命じる。だが、義昭よしあきの言いに従う者はひとりとしていないのである。


「貴様ら、何で動かないでおじゃる。将軍の命令でおじゃる。早く、不忠者である信長を捕らえるのでおじゃる!」


 しかし、義昭よしあきがいくらわめきちらそうが、動く者は一人としていない。


義昭よしあきちゃん。いい加減、気付こうよー。義昭よしあきちゃんは信長くんに生かされているんだよー?あたしたちがここのお城で何不自由なく暮らしていけるのは、信長くんのおかげなんだよー?」


 お竹がそう言い、義昭よしあきをなだめるのである。


「なんと、お竹ちゃん。そなたまで何を言っているのでおじゃる。お竹ちゃんは悔しくないのでおじゃるか?まろが将軍がないがしろにされている事実に!」


 しかし、お竹は困り顔になりつつも言う。


「あたしは薄々感じていたよー?信長くんが義昭よしあきちゃんを将軍という立場じゃなかったら、すぐにでもここから追い出していることくらいー。信長くん、ごめんねー?義昭よしあきちゃんがこんなんでー」


「いえ、別にお竹さんを責めているわけではありませんよ。確かに将軍さまには仕事の一切をさせるつもりは今後ありませんが、将軍職を退いてもらうつもりもありません。ただ、先生が用意した御輿にただ黙って乗っていてほしいだけなのです」


「そうだよねー。今でも政務のほぼ全ては信長くんが取り仕切っているもんねー。義昭よしあきちゃん、覚悟を決めなよー。別にあたしは義昭よしあきちゃんが将軍だからって理由で義昭よしあきちゃんと結婚したわけじゃないんだもんー。義昭よしあきちゃんが義昭よしあきちゃんだから、結婚したんだよー?」


 お竹は義昭よしあきを説得しようと試みるのである。義昭よしあきは味方なしと知り、くっと唸る。


「信長よ。もし、まろが御輿に乗るのを嫌がる場合はどうするのでおじゃる?まろを斬るつもりなのかでおじゃるか!」


「いえ?将軍さまに危害を加えるつもりは一切ありませんよ?」


「まろがもし、貴様に刃向かって挙兵したとしてでもおじゃるか!」


 義昭よしあきの怒気がこもった言葉に信長はふむと息をつく。


「まあ、挙兵できるできないはこの場では置いておいて、もし、将軍さまが先生に刃向かったとしても先生が将軍さまを亡き者にすることはありません。そこは保証しましょう」


「信長くんは優しいなー。普通なら殺したほうが楽なんじゃないのー?でも、あたしは旦那さまを斬られるのはいやだなー。まだ、結婚して1年くらいしか経っていないしー」


「お竹さん、安心してください。将軍さまとお竹さんがこれからも何不自由なく暮らしていけるように配慮を欠くようなことはしませんよ。ただ、黙って将軍さまは先生の意思に従ってほしいだけです」


 信長の眼を見るお竹である。お竹の眼から見て、信長は嘘をついてないことは女の勘からわかるものがある。


義昭よしあきちゃん。信長くんの言っていることは本当だと思うよー。別にいいじゃないー。義昭よしあきちゃんにはこの国を治めるには器が小さすぎるよー。全部、信長くんに任せてしまおうよー」


「しかしでおじゃる。まろはひのもとの国の指導者でおじゃる。武士たちの頂点なのでおじゃる。それが武家のひとつにすぎない信長に良いように扱われるのでおじゃる」


 義昭よしあきは悔しさからか、身体をわなわなと震えさせるのである。


「まろは御先祖さまにあわせる顔がないのでおじゃる。まろは悔しいのでおじゃる」


 今や泣きそうな顔になる義昭よしあきである。


「ふひっ。義昭よしあきさま、別にそんな顔をしなくていいのでございます。大体、足利の幕府の将軍で傀儡かいらい化されていない者は、尊氏たかうじさまと義満よしみつさま、そして、家臣に斬られた義教よしのりさまだけでございます。今更、何を言っているでございますか」


 光秀がダメ押しとばかりに義昭よしあきに言いのける。


「うっほん。足利の幕府の将軍たちはほとんどが傀儡かいらい化されてきたなのじゃ。別に御先祖さまも義昭よしあきさまを恨むことはないのじゃ」


「えー?じゃあ、足利家って、そんなに偉くないのー?将軍さまなのにー」


 貞勝さだかつの言いにお竹が意外とばかりに声を出す。


「いえ?偉いと言えば偉いですよ?将軍ですからね。でも、足利家は幕府を作った時点で失敗をしているんですよ。源頼朝みなもとのよりともは全国の潜在的に敵になるお家はほとんど潰したのです。だから、北条家に乗っ取られても平和な時代を築けたのです。でも、足利家は違います。そもそもの幕府を作った時点で敵を放置してきたのです」


「南北朝時代の話なのじゃ。誰もが知っておることなのじゃが、朝廷がふたつに分かれてしまったのじゃ。尊氏たかうじさまが敵を滅すことをしなかったせいなのじゃ。それが、後々に応仁の乱につながるのじゃ」


「んー?信長くん、貞勝さだかつくん、よくわからないんだけどー?朝廷がふたつに分かれたのは、朝廷の責任じゃないのー?」


「いえ。平和を築くには血を流し、敵の血で自分の手を真っ赤に染めることが必要なのです。尊氏たかうじさまはそれをしなかったのです。ですから、諸国を治める守護大名は足利家をないがしろにしようと決め込んだのです。今、ひのもとの国が戦乱の渦に巻き込まれているのは、武家の頂点である、将軍、いや、足利家の失策のせいなんです」


「足利家は大昔から業を背負ってきたんだねー。信長くんは義昭よしあきちゃんを御輿に乗せて、この先どうするつもりなのー?」


「将軍さまの名の下、このひのもとの国全ての大名を屈服させます。逆らう力を持つ大名家には潰れてもらう予定です」


 お竹の質問に信長はきっぱりと言い放つ。


「足利家が背負った業を総て、先生が清算します。お竹さんの子供たちが、理不尽な暴力で泣かないような国に変えたいのですよ」


 信長の力強い言葉に、お竹は両目から涙が自然とこぼれるのである。


「信長くんはすごいなー。そんなこと、うちの義昭よしあきちゃんじゃ到底無理だよー」


 お竹は涙を拭きながら言う。


「ふひっ。こんなお方だからこそ、僕たちは信長さまについていくのでございます。信長さまだけが、このひのもとの国から(いくさ)を失くすことができるのでございます」


「うっほん。お竹殿、義昭(よしあき)さまに能力がないとかそう言うことではないのじゃ。そもそもとして、義昭(よしあき)さまと我が殿(との)が目指すものが違うのじゃ。義昭(よしあき)さまは全国の大名たちが将軍に頭を下げれば済むと思っているかもしれないが、そういう話ではないのじゃ。今、このひのもとの国で笑って暮らせる地は殿(との)が治める領地だけなのじゃ」


「その通りだねー。信長くんが京の都にやってくるまで、この世は地獄だと思っていたもんー。この歳まで無事に生き残れたのが不思議なくらいだよー」


 信長がこの京の都に来るまで、荒れ地と化していた。応仁の乱の傷は深く、(みかど)の住む御殿すら、塀は崩れ、外から御殿の明かりが見えるほどである。


 宣教師であるフロイスはかつて言ったことがある。この国の最高権力者はあばら家に住んでいると。それはこの国を貶めるために言ったのではない。見たままの姿を言ったまでである。


 この荒れ果てた京の都を復興させたのは信長である。(みかど)の御殿だけでなく、町民たちの住む家を修繕して行ったのだ。もし、足利義輝あしかがよしてるが、松永久秀まつながひさひでたちに誅殺されていなくても、彼の力では京の都がかつての賑わいを取り戻すことはなかったであろう。


 無論、義昭よしあきにもわかっているのだ。自分の力では、ここまで京の都を復興させることができなかったであろうことを。


 だが、義昭よしあきは心の中にドス黒い感情が生まれるのを感じる。光り輝く信長に対して、自分はどれほど矮小なのかを思い知らされる。


 それを意識すればするほど、心の中に生まれた感情は義昭よしあきの身を掻き毟るのである。


「きひっきひっ。うひひひひひひっ」


 義昭よしあきが奇声を上げる。


「きひっきひっ、うひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 光秀と貞勝さだかつは何事かと義昭よしあきを驚きの表情でみる。義昭よしあきは両腕で自分の身を抱きしめるようにして背を丸くする。


「ああ、わかったのでおじゃる。まろは御父おんちち・信長殿には何一つ、叶わないのでおじゃる」


 義昭よしあきは歪んだ表情で口から嗚咽を吐きながら言う。


「まろは傀儡かいらいなのでおじゃる。御父おんちち・信長殿の傀儡かいらいなのでおじゃる。何一つ、自分では為すことができない、情けない将軍なのでおじゃる!」


信長は義昭よしあきの顔を冷たい視線で見つめながら


「将軍さま、余り自分を責める必要はないのです」


「黙れ、信長!お前はまろを今までさげすんで見てきたのでおじゃろう。さぞかし、その眼には、まろが滑稽に見えたのでおじゃろう。まろには今、目の前に絶望しか映っていないのでおじゃる」


義昭よしあきちゃん、落ち着いて?信長くんは、別に義昭よしあきちゃんをそんな風には見てないと思うよ?」


 お竹が義昭よしあきをなだめようと声をかける。だが、義昭よしあきの両目からは血の涙が流れており、お竹の言葉は全く届いている風には見えなかったのである。

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