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ー虎牙の章 1- 時代が動く日

「さて、そろそろ将軍さまには表舞台から退場していただきましょうか」


 信長がそう言い放つ。時は1572年9月も終わりへとさしかかろうとしていた。


みかどや朝廷の貴族たちにはたっぷりと献金をしてきたのじゃ。しかも都合の良いことに義昭よしあきの奴めは朝廷の行事をないがしろにしてきたのじゃ」


 村井貞勝むらいさだかつがそう信長に告げるのである。


「おやおや、いけませんねえ。自分で自分の首を絞めてくれるなんて、なんて好都合な将軍さまなんでしょうか?散々、みかどと朝廷は尊重しておけと忠告をしてきたと言うのに、骨折り損のくたびれ儲けでしたねえ」


「ふひっ。義昭よしあきさまを二条の城から出れないように軟禁してきたような気がするのでございますが、気のせいでございますかな?」


「あれ?光秀くん。そうでしたっけ?でも、朝廷の行事については貞勝さだかつくんが伝えていたんでしょ?さすがに先生、そこまで禁止した覚えがないのですが?」


「うっほん。義昭よしあきが逃げぬように兵で警護すれば済む話なのじゃ。義昭よしあきは自ら進んで朝廷の行事に出ることをしなかっただけなのじゃ!」


 貞勝さだかつの言いにやれやれと言った表情をつくる信長である。


「それで、京の都の民たちの将軍さまへの評判は如何ですか?京の都から追い出すにも、先生たちの評判が落ちてしまってはことですからね?」


「その点は大丈夫なのじゃ。町のそこかしこに間者を放ち、噂として、義昭よしあきの私生活について流布してきたのじゃ。全部、本当のことなので、心を痛める心配はなかったのじゃ」


「そうですね。嘘いつわりを流すのは心苦しいでしょうが、将軍さまの堕落っぷりと言ったら、筆舌にしがたいくらいですからね。毎日昼から酒を飲み、女をはべらせ、政務すらしていないのですから。遊女たちには感謝をしてもしきれませんよ」


「ふひっ。お竹殿は妊娠中でございます。いやはや、義昭よしあきさまは精力旺盛なのでございます。遊女を屋敷に招き、日中からアンアンギシギシと屋敷から聞こえてくると言う話でございます」


「それもちゃんと都中に流布しておいたのじゃ。日に日に、義昭よしあきへの恨み事が増える一方なのじゃ。対して、反比例するかのように殿とのの評判はうなぎのぼりなのじゃ!」


「いっそのこと、信長さまが京の都の主となってほしいと言う者たちまで出てくる始末でございます。いやはや、為政者が仕事をしないと言うのは罪でございます」


貞勝さだかつくん、光秀くん。先生がクリーンな人物であることを流布すれば、それこそ、将軍さまの評判が落ちてしまうのは当然なことでしょ?貞勝さだかつくんと光秀くんには頭が下がる想いですよ」


 信長が、ふふっとおかしそうに笑うのである。だが、貞勝さだかつと光秀は2人そろって不思議そうな顔をしだし


「あれ?光秀よ。お前が殿とのがクリーンな人物だと噂を流したのかじゃ?わしは殿とののことについては、見たままそのままを流布しただけなのじゃ」


「ふひっ?僕も信長さまに関して、特別、何か清廉潔白なイメージを作ろうと画策したつもりはないのでございます。信長さまはそこらで買い食いしたり、相撲会場を視察していたら、いきなり着物を脱ぎだして、力士たちをぶん投げまくったという真実しか、流布してないのでございます」


 貞勝さだかつと光秀の言いに信長がぽかーんとした顔になる。そして、頭を左右に振り


「ちょっと、待ってくださいよ。先生の日頃の行いをそのまま流布しているって、どういうことですか!先生は清廉潔白で、民のことを一番に想い、いつも食事は質素なものを食べ、酒も飲みすぎないように控えていて、いくさでは軍団の先頭の先頭に立ち、皆を鼓舞しているって言うのを流布してくださいよ!」


「うっほん。清廉潔白と言う点は同意しかねるのじゃ。あと食事は質素なものばかり食べているわけではないのじゃな。まあ、栄養のバランスを考えて、肉・肉・肉の生活にならないようには注意されているようじゃがな」


「ふひっ。そもそも清廉潔白って、何でございます?信長さまのしめるふんどしは毎日、新しいものをつけていると宣伝すればいいのでございますか?」


 貞勝さだかつと光秀の言いに、うぐっと言葉を詰まらせる信長である。


「ま、まあ、清廉潔白と言うのは言い過ぎました。ひのもとの国の環境に優しいとでも流布してくれればいいですよ?」


「環境に優しいというのは何なのじゃ。そんな不明瞭なことを流布しても、意味がないのじゃ」


「それは、うーん、そうですね。ゴミを出す日はきちんと守っているとか、燃えるゴミと不燃物はきっちりわけているとか、そういった部分でですね?」


「ふひっ。どこの主婦でございますか。ちなみにうちでは、僕がゴミ出し係でございます。燃えるゴミと不燃物をきっちりわけるのは、ひととして当然なことでございます」


「え?光秀くん。朝のゴミ出し係なんですか?たまに、光秀くんから生ゴミみたいな匂いがするのは、そのせいだったのですか?」


「ふひっ。お恥ずかしながら、そのとおりなのでございます。いやあ、めかけを作ったのをきっかけに、妻のひろ子がキレてしまったのでございます。今に粗大ゴミとして、僕自身が屋敷から放り出されるかも知れないのでございます」


「うっほん。光秀は城持ちとなったからには、男の子が欲しくなるのも仕方無い話なのじゃ。しかし、めかけばかりにかまっていてはいけないのじゃ。ちゃんと正妻の方も以前と変わらぬように愛さなければならないのじゃ!」


「ご忠告、身に染みる想いでございます。嬉しいことに、ひろ子もめかけも懐妊したのでございます。ですが、産まれてくるのが男の子か女の子かわからぬ、ひろ子としては気が気でないのでございましょう」


 光秀は困り顔になりながら、貞勝さだかつに家庭の事情について相談するのであった。


「うーむ、産まれてくる子供が男か女かはわからぬものなのじゃ。それはひろ子殿が心配になるのは当然なのじゃな。こればかりは神頼みになってしまうのじゃ」


「まあ、正妻が男の子を産めなくても、そこは割り切って、わが子のようにひろ子さんが愛してくれるかでしょうねえ。うちは帰蝶さんが女の子しか産めませんでしたけど、生駒さんの息子である信忠(のぶただ)くんを大層、かわいがっていますよ?」


「ふひっ。そうでございますね。ひろ子には愛を語りつくさねばございませんね。どちらが男の子を産んだとしても、愛してやれと言うのが夫の務めでございますね」


 光秀の言いにうんうんと頷く、信長である。


「さて、そろそろ、将軍さまの屋敷に向かいましょうか。これで、織田家うちと将軍さまと関係はご破算になる可能性が高いです。2人とも覚悟はいいですか?」


「もちろんなのじゃ。この日のために色々と画策してきたのじゃ。京の都を本当の意味で殿とのが掌握するときがきたのじゃ!」


「ふひっ。義昭よしあきの驚く顔が見ものなのでございます。きっと、鞘から刀を抜き出し、信長さまに向かって振り上げて襲ってくるのでございます。その時は、義昭よしあきを斬ってしまって良いのでございますね?」


「まあ、そうなったら仕方ありませんね。光秀くん。先生の護衛はしっかり頼みましたよ?」


「うーん?殿とのに護衛なんて必要なのかじゃ?神に奉納するつっぱりを義昭よしあきの顔面に入れるだけで済む話なのではないかなのじゃ?」


「ええ?嫌ですよ。先生の手が義昭よしあきの血で汚れてしまうじゃないですか?てか、そもそも殺す前提で話を進めるのはやめませんか?あくまでも、義昭よしあきを表舞台から引きずり落とすのが今回の目的なのです。殺すか否かは彼の反応次第でいいじゃないですか」


「ふひっ。相変わらず甘いのでございます。しかし、そこが信長さまの良いところなのでございます。しょうがありません、何かしてきても縄で縛って、天上から吊り上げておくだけですませておくのでございます」


 光秀が残念そうな顔付きになる。信長は光秀の顔付きを見ながら、ふふっと小さく笑う。


「さて、行きましょうか。歴史にひとつ幕を降ろすときが来ました。そして新しい時代の幕開けとなる日となります。義昭よしあきは何事もなく退場してくれますかねえ?」


 信長一行は二条の城の義昭よしあきが住む、大屋敷に向かって歩き出す。その足取りは軽く、信長はすきっぷすきっぷらんらんらんと進んで行くのであった。




「あれー?信長くんじゃないー?今日はどうしたのー?義昭よしあきちゃんに何か用事ー?」


 お竹は赤ん坊を抱きながら、よしよーしと軽く揺らしながら、あやしている。お腹には2人目がいるようで、着物の上からも目立つようになっていた。


「ああ、お竹さん、お久しぶりですね。そうです、将軍さまに仕事のことで会いにきたのですよ。将軍さまは何処におられますか?」


義昭よしあきちゃんなら、京極高吉きょうごくたかよしくんとなにやら打ち合わせとか言って書斎にこもっているよー?なんだか大切な話があるとか言って、ひと払いをさせているのよねー」


 お竹の言いに信長がふむと息をつく。京極くんは確か、昨年に和田惟政わだこれまさくんに代わり、義昭よしあきが将軍家の軍事担当へと抜擢した人間である。


 その者と相談とは一体、何であろうかと訝しむが、所詮、独自の軍を持たない軍事担当だ。いてもいなくてもあまり意味がない役職である。まあ、形上として仕事をしたいのだろう。


「では、2人の話が終わるまで待たせてもらいますか。お竹さんの子供と遊ぶのも悪くありませんね」


「お茶とかすてーらくらいしか出せないけどいいかなー?うちの娘の相手をしといてくれるー?ちょっと台所に行ってくるからー」


「はい、いいですよ。子供の世話は先生、意外と思われますが、得意なんですよ?よーしよーしって、ちょっと、何で先生に抱かれた瞬間に泣いているのですか。先生は怖くないでちゅよーーー!」


 貞勝さだかつと、光秀がくふふっと口元を抑えて笑い出すのであった。

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