ー猛虎の章15- 今どきの若い衆ときたら
「ええっ?信忠くん、全身やけどでこっちに来れないってどういうことですか?一体、岐阜であの子は何をしているのですか?」
「うっほん。どうやら、屋根の上から、燃え盛る布団へと飛び込んだと聞いておるのじゃ。奇行をするのは殿だけで充分なのじゃ。いらぬところを殿と似て、どうする気なのじゃ。織田家の将来が心配になってくるのじゃ」
村井貞勝がそう信長に告げる。
「本当、何をしているんでしょうね、あの子は。信雄くんの馬鹿でもうつったんでしょうか?こんな大事な時期に火の中へ五体投地してるんでしょうか?」
「俺の聞いた話だと、武田家から松姫が岐阜の城にやってきたときに、信忠さまが屋根の上で盛大に愛の告白をしていたみたいだぞ?でも、それがなんで、全身やけどにつながるのか、さっぱりわからん」
信盛がそう信長に自分が知っている情報を告げるのである。
「まあ、幸い、鎧を着込んでたおかげで、全身やけどとは言え、軽傷ですんだって話らしいけど。最近の若者は告白の仕方がなかなかに大胆だよなあ。俺が若くても、さすがにそこまではできん」
信盛はうんうんと頷く。だが、信長は対照的に、はあああと深いため息をつく。
「信忠くんに1軍を率いてもらって、摂津に陣を敷いてもらいたかったのに、これでは予定が狂ってしまったじゃないですか。まったく、これからは若い衆たちには女性への告白を控えてもらうしかありませんね」
「ええ?若い衆から結婚の機会を奪っちゃダメだろ。せめて、火だるまになるような事態にまで発展しないように注意を促すくらいで済ませておいたら良いんじゃないの?」
「まあ、心配しなくても、女性への告白で全身やけどになるような者は殿のご子息くらいなのじゃ。曲直瀬殿に頼んで、火傷に効く塗り薬でも、岐阜に送っておくのじゃ」
「すいませんね、貞勝くん。いらぬ仕事を増やしてしまって。信忠は正月の時にでも説教を喰らわせます。本当、将来は織田家の全軍を率いる総大将になる身のですから、女性への告白でいちいち全身やけどになられては困ります」
「そうだよなあ。信忠さまは殿の息子なんだもんなあ。殿と同じく、正妻と妾あわせて10人くらいは嫁にするもんなあ。その度に全身やけどをされたらたまったもんじゃないもんなあ」
「ガハハッ。我輩がつかんだ情報だと、何やら、松姫が布団の火に油を注いだそうでもうす。信忠さまのちょっといいとこ見てみたい、それ、投地、投地!と喜んでいたらしいでもうす」
勝家が部屋にやってきて、そう信長に告げるのである。
「こわっ!今時の若い衆は怖いですね。しっかし、さすが信玄くんの娘ですね。頭のネジが2、3本、はずれているんじゃないですか?信忠くん、自分の嫁くらい、しっかりと選んでほしいものですよ」
「あれ?松姫を信忠さまの嫁に欲しいって言いだしたのって、そもそも殿じゃなかったっけ?」
信盛の言いに、うっと息を詰まらせる信長である。
「ガハハッ。これは殿、1本、取られたでもうすな。確かに、信忠さまと松姫との婚約は殿が進めた話でもうす。これは殿の見立てが間違っていたということでもうす」
勝家がさぞおかしそうに腹を抱えて笑うのである。
「そんなこと言われても先生が困りますよ。松姫さんを良く知っているのは、他ならぬ信忠くんなのです。彼、松姫と頻繁に手紙のやりとりをしていたみたいですけど、その一切を先生に見せてくれないんですから」
「そんなの当たり前なのじゃ。どこに親に彼女との手紙の内容を見せる息子がいるのじゃ。殿だって、嫁との手紙の内容を息子には見せるわけがないのじゃ」
「ああ、確かにそうですね。そんなの恥ずかしくて出来るわけがないですね。これは先生が悪いです。もし、手紙を読んでしまって、とんでもないことが書いてあったら、信忠くん、腹を切っちゃいかねませんもんね」
「そうだぞ、そうだぞ。てか、読むこっちとしても精神的に耐えられなくなるんじゃね?金平糖を3瓶、一気に食べるくらいあまあああああいことが書かれてそうだしな?」
「うっわ。確かにそれは胸やけしそうですね。のぶもりもりは彼女がいた期間がないくせに、例えが上手いですね?」
「うっせえええええええ!それを言ったら、殿も同じじゃねえか。殿だって合婚ですぐにお持ち帰りしていたくせに、どこに手紙をやりとりをするような期間があったって言うんだよ」
「一応、帰蝶とは手紙のやりとりはしていましたよ?でも、甘ったるい内容は一切、なかった記憶があります。身長、体重、容姿、財産、将来の展望を根掘り葉掘り質問される内容だったような記憶があります」
「うっわ。帰蝶さまって若い時から現実主義者なんだな。もっと、子供が何人ほしいとか、尾張の町で逢瀬を重ねたいとかそんなのは無かったのかよ」
「まあ、帰蝶の場合は政略結婚のほうが意味合いが強かったですからね。最初に顔合わせをしたときなんか、帰蝶さんから殺気すら感じていましたし。まあ、あちらは成り上がりと言えども大名の出ですし、こちらは1領地の領主ですからね。それも関係してたかも知れませんねえ」
「うっほん。あの頃の帰蝶さまから考えれば、今はだいぶ変わられたのじゃ。ひとえに殿の愛の勝利と言っても良いのではないのかじゃ?」
貞勝が昔を想いだすかのようにそう信長に言うのである。
「ふだんはツンツンしていますが、ふたりっきりの時はデレデレなんですよ?まあ、正妻としてしっかりしなければならないと言う立場ってものがありますからね、帰蝶さんには。致し方ない部分があるんですよ。彼女には」
「それでも、だいぶ印象が柔らかくなったと思うぜ?生駒ちゃんが妾になった時なんて、殿が刺されるんじゃないかって冷や冷やしたもんだぜ」
「まあ、帰蝶さんは女の子しか産んでなかったからですしね。でも、信忠が産まれたときは、生駒より喜んでいましたよ。女性と言うのは変わるものですね。男の場合はそうはいきませんよ。ちょっと、他の男を抱いただけで先生を殺すみたいな空気を漂わせますからね」
「それ、もしかして、利家のことを言ってるのか、殿?」
「利家くんだけじゃないですよ?うちのとこは帰蝶さんやほかの妾のひとたちは結構、仲良く付き合っているようですが、小姓たちと言えば、険悪な仲ですしね。殴り合いの喧嘩に発展するなんてしょっちゅうですよ」
信盛は信長の言いに、ふーん、そんなもんかね?と返すのである。
「で、仕事の話に戻るのじゃ。ついに北条氏康が亡くなったようなのじゃ。まあ、元々、その息子の氏政がとうに家督を譲られていたので、それほど混乱は起きるとは思わないのじゃ」
「そうですかねえ?軍の指揮は氏康くんが執っていたはずです。引き継ぎ関連を含めて、軍の指揮系統を刷新する必要はあります。それこそ、今まで重要な位置にいた人物が左遷されることだって起きるかもしれません。まあ、しばらくは大規模な軍事行動はとれないとおもいますよ?」
「信玄さまにとっては関東へ攻め込むための絶好の機会になるわけだよなあ。殿のところには何か信玄さまから書状は届いてないのか?」
「うーん?松姫をそちらに送ったのは、これからも仲良くしたいと言うことだわい、察しろってのは来てますけど、北条家とどうこうするってのは、何も情報はもらっていませんね?今のところ、決めかねている部分があるんじゃないですか?」
「ガハハッ。こればっかりは考えても仕方がないことでもうす。それよりも家康殿と信玄さまの仲を取り持つほうが先決だと思うのでもうす。そちらのほうはどうなっているのでもうす?」
勝家が信長にそう尋ねるのである。だが、信長は、返答に困った感じで、うーんと唸り
「家康くんの怒りは相当なものなんですよねえ。俺を取るか信玄の野郎を取るか、どっちかにするでござると言われているんですよねえ。もちろん、家康くんのほうが信玄くんより大事なのは当たり前です。信玄くんがもし、何か織田家に対して起こした場合は、家康くんとこが織田家の防波堤になるわけですし」
「そうは言っても、殿は今のところ、武田家と事をかまえるわけにはいかないでもうす。ただでさえ畿内が安定しない中、武田家と不仲になれば、いろいろと不都合が起きるのでもうす」
「例え、武田家と不仲になったところで、織田家と武田家は息子同士で婚姻を結んでいるわけですからって、信忠くんと松姫はまだ正式に結婚してるわけではないですが、まあ、似たようなものです。いきなり、攻めてくるような事態にはならないと思うんですよね」
「まあ、殿としては家康殿の肩を持っても、多少、武田家とぎくしゃくとはなるかもしれないが、丸く収まるんじゃないのかって予想なわけ?」
信盛が勝家と信長の話合いを聞いて、そう思うのである。
「そんなところですね。でも、信玄くんが徳川家を攻めると言うのであれば、こちらは全力で徳川家を援護するのは心には決めています。要は取捨選択を先生が間違わなければ良いだけです」
「家康殿と殿は10年来の同盟関係でもうすしな。それに殿の娘である五徳姫も家康殿のご子息、信康殿と婚姻を結んでいるでもうすな。やはり、徳川と武田、どちらかを選べと言われれば、徳川家でもうすなあ」
「でも、仮に信玄さまが俺らと敵対する道を選んだりしたら、殿はどう武田家のあの騎馬軍団を抑えるつもりなんだ?戦国最強と謳われてるくらいだ。実際、北条氏康だって、野戦を放棄するくらいだしな」
「うーん、武田の騎馬軍団ですかあ。一応、おぼろげながら戦い方を考えてはいるのですが、いかんせん。準備に時間がかかりそうなんですよね。できるなら3年は欲しいところです。それまでは氏康くんが執った行動と同じく、城に籠るしか手がないんじゃないかと」
「ふーん。殿でも打つ手なしかあ。こりゃ、家康殿と信玄さまには仲直りしてほしいとこだなあ」