表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
243/415

ー猛虎の章13- 信忠と松姫

 月日は進み、1571年11月も半ばを過ぎ、そろそろ12月に入ろうとしていた。信長たちは散発的に動く浅井家、朝倉家、六角義賢(ろっかくよしたか)のゲリラ、そして、一向宗たちとの戦闘に明け暮れていたのである。


 そんな彼らを尻目に岐阜に珍客がやってくるのである。


「まあ、ここが噂に聞く岐阜でございますか。冬も間近と言うのに、町に屋台があふれているのでございますわ。わたくし、天麩羅てんぷらと言うものを一度、味わってみたかったのでございますわ!」


 姫、はしたないですぞとお供の者が注意を促す。


「ええ?だって、あんなに美味しそうなものを売っている店が並んでいるのでございますわ。ひとつくらい、いいのでございませんかですわ?」


 姫のお供がやれやれと言った顔つきで屋台の店主に天麩羅てんぷらをいくつか注文するのである。


「おう、毎度!って、あんたら、見た感じ、どこかからの旅行客かい?」


 店主がそう、買い物客である一行に声をかけるのである。


「はい。甲斐の国からやってきまのでございますわ。ゆっくり物見ものみ遊山をしていたら、すっかり季節がうつろいでしまいましたのでございますわ。紅葉がきれいだと思い、信濃を抜けてきたのは失敗だったのでございますわ」


「ああ、東海道を通らずに信濃を通ってきたのかい。そりゃあ、女性の足だと大変だろうよ。しっかし、もの好きもいたもんだ。好んで山道を通ってくるたあな」


「各地の温泉を巡ってきましたのでございますわ。おかげで路銀が尽きそうになりましたので、お兄様のお城でお金をもらいましたのでございますわ」


 お供に姫と呼ばれた女性は、うふふと笑いながら、天麩羅てんぷらをはむはむと味わうのである。


「あららー。本当、初めて天麩羅てんぷらを食べましたけど、噂どうりに美味しいのでございますわ。中はこれ、海老なのかでございますわ?」


「おう、そうだぜ。魚やエビ、それに野菜の天麩羅てんぷらなど色々、取り揃えてあるから、もっと買ってくれていいんだぜ?」


 店主が笑いながら、その女性に話しかける。


「では、貝の天麩羅てんぷらが欲しいのでございますわ。山生まれのために海の生き物を食べたことがありませんのでございますわ」


「残念だなあ、お嬢さん。貝はさすがに天麩羅てんぷらにはしないなあ。海の魚で我慢してくれないか?」


「海魚の天麩羅てんぷらでございますか。それはさぞかし美味しそうでございますわ。お勧めはどれでございますか?」


 天麩羅てんぷら屋の店主が3本ほど海魚を天麩羅てんぷらにして、女性に渡す。女性はその天麩羅てんぷらを渡され、もぐもぐと食べ、非常に満足そうな顔をするのである。


「ごほん。姫、そろそろ、城の方に行きましょう。ここで買い食いをしているわけにはいきませぬぞ」


 姫のお供がそう進言するのである。


「あらあら、そうでございましたわ。わたくしったら、つい、天麩羅てんぷらの美味しさに酔いしれてしまって、大事なことを忘れてしまいましたわ。店主さん、美味しい天麩羅てんぷらをありがとうございましたわ」


「いやいや、そこまで美味しそうに食べてくれるなら、作ってるこっちとしても嬉しい限りだ。お嬢さん、名前は何て言うんだい?」


「わたくしでございますか?松と皆からは呼ばれていますのでございますわ」




 信忠のぶただは朝起きてから、ずっとそわそわしていた。武田家からの書状で松姫が岐阜に向かっているので、そろそろ着くころだと連絡を受けていたからだ。


 書状を受け取ったのは1週間ほど前であったが、予定日であるはずの日からすでに3日も経っていたからである。


「ううむ。松姫がこちらに向かっているという情報を手にいれたはいいが、物見ものみからの報せでは、とっくに岐阜には入っているというのに、姿を見ることができないのでござる」


 信忠のぶただは落ち着かないのか、屋敷の部屋の中をぐるぐると歩きまわったいたのである。


「はっ!まさか、道中で賊に襲われたのでござるか。ええい、物見ものみの人数を10倍に増やしておけばよかったのでござる」


「何を言っているのですか。いくら愛しい者のためとは言え、そんなに心配するのはどうなのです?」


 信忠のぶただの側に控える帰蝶がそう信忠のぶただに言う。まわりの信長の女房連中も、おかしいのかくすくすと笑いだすのである。信忠のぶただは笑われたことにより、顔を真っ赤に染め上げるのである。


「し、しかし、自分は心配なのでござる。まさか、道中で知らぬ若い男に声をかけられる事案が発生しているのかもしれないでござる。ええい。岐阜の警護の兵を10倍に増やしておけば良かったのでござる!」


「岐阜でいくさでも起こすつもりですか。まったく、少しは父のようにじっくり待つことはできないのですか?」


 帰蝶は、はあああと深いため息をつく。信忠のぶただの普段のふるまいは父・信長と同じであるのに、どうしてこう心配性に育ってしまったのかと不思議でならないのである。自分は信忠のぶただの産みの母ではないが、我が子のように育ててきたつもりだ。


「あっ、もしかして、父と母が豪胆すぎて、逆に子が心配性に育ってしまったのかしら?ううん、子育てと言うものは難しいのですわ」


 そうこうしていると、信忠のぶただの側付きの者が部屋に入ってきて、信忠のぶただに松姫が到着したことを告げるのである。それを聞いた信忠のぶただは飛んでいくかのような勢いで、部屋から飛び出していくのである。


殿とのもあれくらい、帰蝶が尋ねた時には飛んできてほしいものですが、本当、いらぬところは似て、似てほしいところは似ないものですわ」


 帰蝶はやれやれと言った表情を作るのであった。




 信忠(のぶただ)は屋敷の入り口にくると、きょろきょろと周りを見渡す。男どもが数人、そして、それにまじって女が3人いるのである。信忠(のぶただ)は松姫とは頻繁に文をやりとりしていたが、実際には顔を見たことがあるわけではない。なので、どの女性が松姫なのかわからずにいた。


「い、いや、だから拙者は信忠(のぶただ)さまではありませぬ。松姫殿、おちついてくだされ」


「何を言っているのでございますわ!わたくしの想像通り、3枚目の殿方なのでございますわ。まったく、嘘を言われるのはやめてほしいのでございますわ」


 信忠(のぶただ)の側付きの男が、ある女性に抱き着かれている。あ、あれ?もしかして、あの女性が松姫なのか?なんで、自分ではなく、他の男に抱き着いているのでござるか?と疑問に思う、信忠(のぶただ)である。


「や、やめてくだされ。こんなところを信忠(のぶただ)さまに見られたら、拙者、切腹を命じられてしまいます。とにかく落ち着いてくだされ!」


「まあまあまあ、あなたが信忠(のぶただ)さまなのに何を慌てていらっしゃるのでございますわ。男はどっしりと構えているのがいいのでございますわ!」


 そう、松姫が言うと信忠(のぶただ)の側付きをもっと強く抱きしめている。


「あ、あの?もしかして、松姫でござるか?」


 おそるおそる信忠(のぶただ)が松姫に声をかける。信忠(のぶただ)の側付きは信忠(のぶただ)さまの登場におおいに驚き、必死に松姫を引きはがそうとする。だが、強く抱きしめられているため、なかなか、身を離すことができない。


「そうですわ。今、信忠(のぶただ)さまと仲を深めているのでございますわ。申し訳ありませんが、少し、気を利かせてほしいのでございますわ!」


「い、いや、そいつは自分の側付きの者でござる。松姫、落ち着いて、自分の顔を見るでござる。自分が織田信長の息子、信忠(のぶただ)でござる」


 信忠(のぶただ)の言いにきょとんとした顔をする松姫である。そして、今、抱き着いている男と信忠(のぶただ)とのたまう男の顔を見比べて言う。


「あらあらでございますわ?でも、わたくし、信忠(のぶただ)さまの顔を知らないのでございますわ。まさか、あなた、嘘をついて、わたくしに抱き着いてほしいのでございますかわ?」


「い、いや、だから、自分が信忠(のぶただ)でござる。松姫は勘違いをしているのでござる。信じてほしいでござる!」


「そうは言われましても、わたくしはこちらの方が信忠(のぶただ)さまだと思っていますのでございますわ。あなたが信忠(のぶただ)さまと言う証拠を見せてほしいのですわ」


 松姫の主張に、ううんと唸る信忠(のぶただ)である。


「あなたが信忠(のぶただ)さまなら、わたくしとの文のやりとりの内容が言えるはずですわ。信忠(のぶただ)さまが書いておられたのですわ。もし、わたくしが信忠(のぶただ)さまの元に来たときとは、信忠(のぶただ)さまはアレで迎えいれてくれると言っていたのでございますわ!」


「え?アレでござるか?確かに文で書いたでござるが、まさか、アレをしろと言うのでござるか?」


「ええ、そうですわ。それをしてもらわなければ、わたくしはあなたが信忠(のぶただ)さまだと信じられないのでございますわ!」


 アレか。確かにかっこつけて、アレをすると文には書いたがまさか本当にやらされるのかと、信忠(のぶただ)は思う。あんなこと、ここでやれば岐阜の城の皆にのちのち語り草になるのは間違いない。


 うーん?と考えこんでいると、松姫が信忠(のぶただ)の側付きの腕をぐいぐちと引っ張り、どこかに連れていこうとする。


「さあ、信忠(のぶただ)さま?さっそく、子をつくりましょうなのでございますわ!わたくし、3人、子供がほしいのでございますわ」


「ちょ、ちょっとまつでござる!やるから、少し時間をくれなのでござる。おい、自分の兜と甲冑、それに槍を持ってくるでござる。こうなれば仕方ないのでござる」


 信忠(のぶただ)は意を決し、松姫との約束のアレをすることにする。はああああ、なんでこんなことになってしまったのでござるかと、ため息をつくことになる。


 屋敷の入り口が騒がしいので、何事かと、帰蝶を始め、信長の女房連中がぞろぞろと奥から現れる。そこで見たのは、(いくさ)時でもないのに、鎧姿の信忠(のぶただ)であり、さらには背中につけた旗印には【ラブ松姫】と墨で書かれている。


「ちょっと、信忠(のぶただ)さん?あなた、何をやっているんですわ?」


「とめないでくださいなのでござる。これをやらねば、松姫が他の男と子供を作ってしまうのでござる。自分、それは絶対に阻止をしなければならないのでござる!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ