表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
234/415

ー猛虎の章 4- 信長の対宗教戦略

 比叡山の焼き討ちから早くも1か月が経とうとしていた。比叡山側は高僧たちがほぼ全員、死ぬこととなり、比較的に若い僧侶たちが新体制を築きあげている最中であった。


 比叡山の若い僧侶たちは、高僧たちの犯した愚を真似することは無いよう、浅井・朝倉側に比叡山を基地として提供することを止めることを通達する。


「比叡山め。焼き討ちを喰らったからと言って、義兄・信長に尻尾を振るつもりなのかだぞ!織田家を潰す前に、比叡山を先に潰してやるのだぞ」


 そう息巻く浅井長政を抑えるように朝倉義景あさくらよしかげが言う。


「比叡山の僧侶たちは、こちら側にも、織田側にも基地として提供することはないと言っているのでそうろう。ただでさえ、比叡山は存続の危機と言うのに、自分たちが攻め寄せれば、天台宗がこのひのものとの国から潰える可能性があるのでそうろう。その汚名を自分はかぶるつもりはないのでそうろう


「しかし、中立を謳っているかもしれぬが、そんなもの、誰が保障するのだぞ!まさか、義兄・信長殿が、比叡山の中立を認めるとでも言うのかだぞ。わざわざ焼いておいて、自分の勢力側に接収する気が無いなんて、それこそ、おかしな話なのだぞ」


 しかし、長政の心配をよそに、織田家と比叡山は軍事的につながる様子もなく、復興の手助けのみを織田家が買って出ているように思えた。信じられないことに、織田家側がせっかく、比叡山を攻め落としておきながら、軍事利用する様子が全くと言って見られなかったのである。


 しかもだ。比叡山を丸ごと焼いておきながら、天台宗を信仰するなといった禁止令を発布することもなく、比叡山に守らせたことと言えば、政治に武力介入するなと、どの勢力に対しても中立であれ。この2点だけなのである。


 比叡山側から言わせれば、政治に武力介入できないことは、比叡山自体の存在意義に関わるほどの重要な案件ではあった。だが、高僧たちのほとんどが死んだことが幸いし、これからは、政治への武力介入の一切を止めることを公言するようになるのである。


「こんな馬鹿げた話があってたまるのかだぞ。比叡山は腰抜けが支配する土地となってしまったのだぞ。これならいっそ、俺が比叡山を制圧して、眼を覚まさせてやるのだぞ!」


 長政は1軍を率いて、比叡山に入山しようとする。だが、比叡山側は今までの浅井・朝倉に協力的だった態度を改め、残った僧兵をかき集め、頑強に長政の比叡山入山に抵抗をするのであった。


 長政が比叡山入りに手間取っている内に、南の宇佐山うさやま城から光秀・秀吉が1軍ずつを率いて、北上する。長政はこの織田の動きに大いに慌てることになる。


「比叡山は中立を謳っているのではなかったのかだぞ!その比叡山が援軍を呼ぶとは何事なのだぞ。ええい、ここは一旦、退くのだぞ。あとで比叡山に厳重に抗議させてもらうのだぞ」


 長政が兵を退いた後、比叡山に対して抗議の書状を送りつける。だが、比叡山からの返事はつれないものであった。


「何が、勝手に織田家が動いただけだだぞ!明らかに呼吸を合わせているようにしか見えなかったのだぞ」


 長政は怒りの余りに、比叡山に対して、次々と抗議文を送る。果てには、もう一度、浅井・朝倉のために働かなければ、比叡山を天台宗を潰すとまで宣言する始末である。


 ついに業を煮やした比叡山が浅井長政への返事で、浅井・朝倉との絶交を宣言することとなる。


「あらあら?これは面白いことになってきましたね?あれほどまでに蜜月を送ってきた、比叡山と浅井・朝倉が一触即発のところまで来てしまいましたよ。てか、長政くんも中々にしつこいですよね。放っておけば、織田家にも、浅井・朝倉にも害が及ぼさないように、中立であれと比叡山に要請しただけですのに」


「ふひっ。兵力を持った第3勢力の存在自体を許さないと言いたいのではないのでございませんか?浅井と朝倉は」


「あ、あの。いっそ、比叡山を織田家の庇護下に置くことは出来なかったの、ですか?そうすれば、こんないざこざ自体が起きなかったのでは、ない、でしょうか?」


 光秀と秀吉がそれぞれの感想を言う。だが、信長は一言


「いいえ。宗教と言うものは、国政から独立してもらうことこそが、先生が望むところなのです。たしかに、いまはまだ戦国乱世の真っただ中です。宗教家が兵力を持っていると言うのは、自分の財産を守る上でも欠かせません。ですが、その兵力を持ってして、どこかの勢力に加担することは、許してはならないことです」


「ふひっ。信長さまは、最終的には宗教は独自の兵力もすら捨てて、ただただ、人々のために念仏を唱えていろと言いたいのでございますね?」


「はい、そうです。ただ、そこまで行くのには長い年月がかかるでしょう。そもそも、この戦国乱世を終わらせなければなりません。政治が宗教を利用してはいけません。そして、その逆で、宗教が政治を利用してはダメなのです。政治は現実の面から人々の救済を行い、宗教は精神の面から人々の救済を行う姿こそが、正しいのだと、先生は思っています」


「よ、よくわかりませんが、政治と宗教がごちゃまぜの今の状況はよくないと、信長さまは言いたいわけなの、ですね?」


「朝廷と幕府の関係を連想してみれば、話は分かりやすくなります。貴族と言うものは平和だ、安寧だと言祝ぎの歌を唄っていればいいのです。ですが、幕府はそう言うわけにはいきません。幕府は現実に住む民たちの暮らしを良くするために、あれやこれやと汗と血と涙を流すのです。この朝廷と幕府の関係が、宗教と政治に置き換わっただけの話です。そもそもが相容れることがない世界なのです。だからこそ、分離して考えなければならないのです」


「いっそ、人間は宗教など捨ててしまえばいいのではと思ってしまうのでございます」


 光秀の言いに、思わず信長が吹き出してしまう。


「ぷっはははっ!光秀くん、一体、何を言っているんですか?人間と言うものは、心と身体で出来ているんですよ。身体が【現実】とか【政治】とか【生活】とかに置き換えれば、心は言わば、【宗教】となります。宗教を捨てるということは【心】を捨てろと言っているのと同義です。そんなの人間ではなくなってしまうじゃないですか?」


「ふひっ。言われてみればそうなのでございます。心が壊れている人間を何人も見てきましたが、あれは人間と呼ぶことは、はばかれるのでございます」


「話を戻しまして、比叡山がもし浅井・朝倉と1戦、構えることになった場合は、信長さまはどうされる、つもりですか?まさか、見捨てるつもりなの、ですか?」


「それは良い質問ですね、秀吉くん。先生は、比叡山の独立性を保つために、比叡山の庇護を行いますよ。ですが、それは必要不可欠分以上の兵力を持たぬ者なら誰にでもそうであるように、比叡山に対しても同じことをすると言う意味です」


「要は、私たちは比叡山の警護をすると言ったほうが正しいの、ですか?民を守るのと比叡山を守るのは同義であると、信長さまは言いたいの、ですね?」


「そうです。秀吉くんの言う通りです。先ほども言いましたが、今は戦国乱世の時代です。ですから、比叡山には必要最低限の兵力の保持は認めます。これは比叡山に限らず、織田領内の寺社なら、どこも同じ扱いをしてきていますよね?平和な世の中になったときには、その必要最低限の兵力も排除してもらい、完全に、織田家が寺社の警護を買って出ることになります」


「なるほど。夜盗や侍崩れの盗賊たちから身を守る程度には兵力を保持しても良いと言うわけ、ですね。ですが、織田家以外の大名家が力づくで従えようと言うのなら、織田家が庇護すると言うことになるわけ、ですか。納得がいき、ました」


 秀吉が理解したとばかりに、腕を組み、うんうんと頷く。信長さまはよくよく考えられて、戦後の統治のことまで気にしているのだなと。


「でも、これ、まだ、青写真も良いところなんですよね。どのくらいまで庇護すべきなのか、迷うところなのですよ。他の大名家から言わせれば、いちゃもんのつけ放題ですからね。他の大名家にも先生の考えを広めないと、結局のところ、ダメなのです」


「ふひっ。現に、浅井長政さまが理解せずに、比叡山との一触即発な雰囲気を醸し出しているのでございます。どこにも組しない第3勢力の存在など、普通は気味が悪いのでございます」


「まあ、今の世の中の常識から言わせれば、長政くんの心情は理解できます。自分の領地の隣にそんなわけのわからないものが存在するんですからね。しかも、さっきのさっきまで、蜜月を過ごした仲だったのです。混乱するのは当たり前と言ったところでしょうね」


「あ、あの。信長さま。もしかして、宗教勢力は中立たれと言う考え方は、本願寺にも同じように当てはめる気、なのですか?あそこは比叡山とは違い、戦国大大名と言っても過言ではないほどの兵力を持っているの、ですが?」


 秀吉はふとした疑問を信長に向けて問いかける。


「はい、秀吉くんの言う通りですよ。先生の眼から見れば、本願寺も宗教勢力のひとつにしか映っていません。武力を解体し、中立を宣言すれば、先生は本願寺に対して、取り潰しと言ったことはしない予定です。まあ、それを理解してもらうには長い年月をかける必要はあるかもしれませんけどね」


「果たして、本願寺は信長さまの考えを理解してくれるの、でしょうか?彼らの兵力は畿内をはじめとして、東は三河にまで影響力を持っています。その潤沢な兵力を武力を果たして、手放そうとすることがあるの、でしょうか?」


 秀吉の問いかけに、信長は、ふふふっと笑い始める。


「ですから、理解していただくためにも、本願寺に組する者たちは徹底的に殺します。そして、焼きます。本願寺が武力を行使すると言うのであれば、それを信じる者たちは地獄に落ちるとおおいに宣伝するのです。でも、勘違いしないでくださいね?殺すのも焼くのも、先生たちに刃向かった【武力】に対してです」


「ふひっ。武力を用いない一向宗どもは放置しておけと言うのでございますか?それは甘い考えだと思うのでございます。いっそ、全てを灰塵に帰したほうが良いものかと思うところでございます」


「光秀くん?先生は宗教弾圧をしたいわけではありません。あくまでも宗教勢力の武力解体が目的なのです。そこのところを勘違いしないようにしてくださいね?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ