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ー一向の章17- 古き者 新しき者

「拙僧こそが比叡山の、護国鎮護の象徴であるのじゃ。何が若者たちなのじゃ。あいつらこそ、拙僧のために死ねばいいのじゃ。ええい、離せ、離せと言っているのじゃ!」


 大僧正(だいそうじょう)は手にもった薙刀の刃を願慈位(がんじい)の背中に刺して刺して、刺しまくる。薙刀で刺されるたびに、ぐふっごほっと血を吐く願慈位(がんじい)であったが、それでも大僧正(だいそうじょう)をつかんだ腕は絶対に振りほどこうとはしなかった。


「拙僧はこんなとこで死ぬのは嫌なのじゃ!大僧正(だいそうじょう)にまで上り詰めて、さらには憎き信長を追い詰めたと言うのに、何故、ここで死なねばならぬのじゃ。拙僧の栄華はまさにここからではなかったのではないのかじゃああああ」


 大僧正(だいそうじょう)は泣き喚きちらしながら、願慈位(がんじい)を薙刀でめった刺しにする。願慈位(がんじい)はすでに全く反応を示さない。それでも足に絡みついた腕がほどけない。


 その大僧正(だいそうじょう)の目の前に光秀率いる鉄砲隊が列をなし、今まさに発砲準備を済ませていた。


 大僧正(だいそうじょう)はふひっふひひっと声にならない笑い声を上げる。


「鉄砲隊、一斉発射でございます!」


 光秀が鉄砲隊に発砲許可を出す。ダンダダンダーーーン!と轟音が比叡山全山にこだまする。第3の堂を守る僧兵たちを穿ち、堂の壁を突き抜け、中にいた高僧たちは次々と絶命する。


 大僧正(だいそうじょう)は全身を10以上の弾丸で穿たれ、絶命する。さらに光秀は部下の者たちに火矢を準備させる。誰一人、生かす気は光秀には無かったのである。


「火矢を放つのでございます!全てを灰塵に帰するのでございます」


 願慈位(がんじい)は薄れゆく意識の中で、第3の堂を見つめていた。高僧たちが火の海に溺れていく。これで、比叡山のうみは全て浄化された。ああ、我輩の人生は無駄ではなかったのでごじゃる。これで、比叡山は新しく産まれ変わるのでおじゃる。


 願慈位(がんじい)の眼から光が失われた。彼は極楽浄土の道へと旅立つのであった。




「うッス。光秀、終わったッスか?」


「ふひっ。利家(としいえ)殿。追いついてきたのでございますか。第3の堂に籠る僧どもを根絶やしにしただけでございます。まだ、第4の堂と本堂が残っているのでございます」


「ん…。しかし、派手にやったもんだなあ。これじゃあ、本当にひとっこひとり、生き残っていない」


 燃え盛り、崩れ落ちていく第3の堂を佐々(さっさ)は見つめていた。あの様子では中に籠っていた者たちはひとりも生きていないだろう。


「あのー。その彫像のように絡み合っているふたつの死体は何、ですか?」


 秀吉が3人に合流し、そう皆に尋ねるのである。


「んー?着ている者を見る限りでは高僧のように見えるッスね。光秀、何かわからないんッスか?」


「ふひっ。高僧同士の絡み合いではないのでございませんか?痴情のもつれの果てだと思うのでございます。寺と言えば衆道でございますからねえ」


「確かに、足に腕を絡めつかせて逃さないわよ、あなた!って感じッスねえ。いやはや、自分たちの命の間際におさかんなことッス」


「なんか、違う気がするん、ですが、私の考えすぎなんでしょう、か?」


「ん…。秀吉、利家(としいえ)と光秀の話をまともに聞いてはダメ。これは、痴情のもつれではなくて、涅槃に至るための姿勢を自分たちに見せるため」


「ふひっ、哲学でございますね。なるほど、高僧たちにもなると、このような姿勢で極楽浄土に旅立つのでございますね。僕もひとつ賢くなった気分です」


「あ、あの?何かを根本的に間違っている気がするんですが、気のせい、でしょうか?」


 利家(としいえ)佐々(さっさ)、光秀、秀吉がああでもないこうでもないと、考察を重ねているうちに彼らの兵士が利家(としいえ)に言付けをしにやってくる。


「ん?本堂のとこに、女子供と若い僧たちが立て籠もってるッスか?で、そいつらは武器を持たずに全員、平伏していると。ふむふむッス。逆らうつもりがないなら、放っておけばいいッスよ。そいつらに高僧たちがどこに逃げたか、聞いておいてくれッス」


 はっとその兵士たちが言うと、また本堂の方に駆け登っていく。


「どうやら決着は着いたみたいッスね。後は高僧たちを捕らえて、信長さまの前に持っていくだけッス。いやあ、仕事をしたあとは濁り酒で一杯ひっかけたいとこッスねえ」


「ん…。では、秘蔵の濁り酒で一杯やろう。宇佐山(うさやま)城に光秀が隠し持っている濁り酒がある。それを皆で飲もう」


「ふひっ!?なんで、それを知っているのでございますか。それは、妻のひろ子と一緒に飲もうと約束していた濁り酒でございます」


「ん…。信長さまが酒蔵を探っていた。美味そうな匂いがするって言って、見つけ出していた」


「信長さまって、嫌なところで鼻が利きます、よね。もしかしたら、私が横山城に隠し持っている清酒も嗅ぎつけたりするんで、しょうか?」


「ああ、秀吉、それはさっさと飲んでおいたほうが身のためッスよ。信長さまの鼻をなめたらダメッス。俺なんか、屋敷に隠しもっていたカステーラを総て、探り当てられたッスからね」


 秀吉は信長さまの才能の無駄使いなような気がするが、口にしないでおいた。


 4人が談笑をしているところに本堂から再び戻ってきた兵士たちが彼らに言付けをする。


「えっ?その話、まじッスか。ここ第3の堂に主だった高僧たちが居たって情報は!」


「は、はい。若い僧たちに聞いた話、願慈位がんじいと呼ばれる高僧が、ここ第3の堂に大僧正だいそうじょうを始め、高僧たちを誘導したのだとか」


「ん…。じゃあ、本当に自分たちの仕事はこれでおしまい?高僧たちを信長さまの目の前に連れていけなくなった」


「ふひっ。まあ、いいじゃないでございますか。わざわざ、信長さまの手を煩わせることにならなくて、よかったのでございます」


「光秀、そうは言うッスけど、高僧たちが皆、死んでしまったら誰が比叡山を再建するッスか。信長さまは武力解除が目的であって、比叡山自体を潰すのが目的じゃないッスよ!」


「若い僧たちが残っているのでございます。その者たちが努力すれば再建は可能なのでございます。まあ、多少、秘伝奥伝が失われたかもしれないでございますが、それほど気に病むことでもございません」


 光秀の悪びれない態度に、利家としいえがやれやれと言った顔つきになる。


「まあ、やってしまったものはしょうがないんじゃない、ですか?古き者が新しき者に道を譲ることになったの、です。少々、強引な運びになってしまいましたが、これはこれで良かったのかも、知れません」


「秀吉もそう言うのなら、高僧たちが全滅したのは不問にするッス。おい、お前たち、若い僧たちのまとめ役が生き残ってるはずッス。そいつを高僧たちの代わりに信長さまのとこに連れていくッス。命は取られないと思うッスから安心しろと伝えておくッス」


 利家としいえに命じられた兵士たちは、はっ!と短く返事をし、またもや本堂のほうに駆け登っていく。その兵士たちの後ろ姿を見ながら利家としいえ


「古き者が新しき者に道を譲るッスか。秀吉、なかなか言うようになったッスね。まるで信長さまみたいな言いっぷりッス」


「い、いえ。ただ、信長さまのことを思ったら、自然と口から出てきたの、です。しかし、自分で言っておいて何ですけど、比叡山は本当に産まれ変わることができるの、でしょうか?」


「ん…。心配無用じゃないかな?1番、反抗しそうな高僧たちが全滅したのは不幸中の幸いだったかも。願慈位がんじいって言う奴は、ここの第3の堂に高僧たちを誘導したって言ってたし。もしかしたら、その願慈位がんじいって奴が、比叡山の未来を思ってわざと、ここに高僧たちを集めたんじゃないかな?」


「ふひっ。と言うことは、僕はハメられたと言うことなのでございましょうか?比叡山を新しき姿にするために、僕は使わされたと言うことになるのでございますかね?」


「まあ、憶測の域を出る話じゃないッスけど、もしかしたらもしかッスね。せめて、願慈位がんじいって奴は生かしておいたほうが良かったのかも知れないッス」


 利家としいえ佐々(さっさ)、光秀、秀吉は知らない。足元に転がる二つの高僧の死体のうち、ひとつが願慈位がんじいであることを。願慈位がんじいは、彼らの憶測通り、高僧たちを道連れに、ここで死んだのだ。若い僧たちに比叡山の再建を任せ、極楽浄土に旅立ったのである。


「さて、宇佐山うさやま城に戻って信長さまに報告ッス。俺たちもご馳走にありつこうッス」


 利家としいえたちは、鎮火作業に当たるためと、まだ刃向かう者がいないかの探索のための兵士たちを比叡山に残し、撤退をする。比叡山は山頂部分や本堂の周りを残し、煌々と燃え盛っていた。その炎が鎮火するには2、3日かかったと言われている。


「いやあ、利家としいえくん、佐々(さっさ)くん、光秀くん、秀吉くん。よくやってくれましたね。山ひとつが燃えるのは何とも言い難い絶景と言うところです。あれ?光秀くん、少し焼けました?顔がススで真っ黒ですよ?」


 信長が比叡山攻略に従事した4人にねぎらいの言葉を送る。4人からの報告で、比叡山の高僧たちが全滅したことを知った信長であったが、さほど気にする様子もなく


「まあ、若い僧たちは残っているんでしょ?じゃあ、比叡山の再建には充分でしょう。古き者が新しき者に道を譲る手伝いをしたと思えばいいんじゃないですか?」


 信長の言いに利家としいえがぷっと噴き出す。


「どうしたんですか?利家としいえくん。何か、先生、おかしなことを言いました?」


 利家としいえが噴き出したことに、信長は怪訝な顔つきになる。利家としいえはおかしそうな顔で信長に言う。


「いや、その台詞、秀吉がさっき言ってたッス。信長さま、ダメッスよ。ネタ被りは芸人として、恥ずかしいことッス」


「ええ?先生、秀吉くんに台詞を取られてしまっていたのですか?ううん、これは言い方を変えたほうが良いですね。うっほん。古き者たちはこの世から去り、新しい時代は新しい者たちが切り開くものです。どうです?これなら、台詞も被らないでしょ?」


「まあ、言っていることは同じような気もするッスけど、信長さまの言い方のほうがかっこいいッスね。さすが、愛しの信長さまッス!」


「あ、あの。そんなことで競いあわなくても良い気がするの、ですが?」


 秀吉は困り顔で信長と利家としいえにツッコミを入れる。


「芸人として、ネタ被りは存在意義に関わる重要なことです。秀吉くんだって、もし、誰かと口調や身体が行う無意識な仕草が一緒だったら、嫌でしょう?」


「ま、まあ。確かにそれはいや、ですね。でも、信長さまは芸人じゃないから、そこまで気にする必要はないと思うの、ですが?」


「いやですよおおおう。いつでも独創的な感じじゃないと、信長って感じがしないじゃないですか?」


「ん…。比叡山を焼いたのって、歴史上、殿とのだけじゃなかったような?」


 佐々(さっさ)のふとした疑問に信長がぎらりとした目つきになり、佐々(さっさ)の両肩をがしっと両手でつかむ。


「いいですか?佐々(さっさ)くん。確かに、先生の前に比叡山と事を構えた人物はいます。でも、ほんのちょびっと、戦火が広がって、比叡山の森を本当にわずかですが焼いてしまっただけです。先生は違います。自ら進んで、比叡山を丸焼きにしたんですよおおお!」


「ん…。信長さまは他のひととは違って、自分から焼いたのか。それなら、信長さまは独創的で間違いない」


 佐々(さっさ)の言いに信長はうんうんと嬉しそうな顔つきで頷く。


「さて、これで悪の総本山である比叡山はひとっこひとり残さず灰塵と化しました」


「信長さま、待つッス。それじゃ、ひと聞きが悪いッス。あくまでも逆らった者だけ焼いて殺しただけッス」


「ああ、そうでした。先生、興奮してつい、とんでもないことを言ってしまいました。んっん!護国鎮護の総本山・比叡山に巣くった悪人たちは潰えました。これで、ひのもとの国は住みよい国へとまた一歩前進しました。さあ、今夜は飲みましょう。皆さん、湯飲みは手に持ちましたか?」


 うーッスや、はーいなどの返事が信長に返ってくる。


「では、このめでたい日を祝いまして、かんぱーーーーーーーい!」

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