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ー一向の章16- 願慈位(がんじい) 悟りに至る

 願慈位(がんじい)は思った。この腐れふざけた高僧たちをどうやって、信長の手によって、殺させるかを。確かに自分がワビを入れれば、全山を焼かれる可能性は低くはない。だが、この高僧たちを生かしておけば、また再び信長に反旗をひるがえし、今度こそ、比叡山の全てを焼かれる可能性がある。


 自分の命と引き換えに、この高僧たちもまた、死ななければならない。そして、真にこの国を憂い、念仏を唱える弟子たちを救わなければならない。そうすることによって、比叡山は産まれ変わるはずだ。


「わかったのでごじゃる。大僧正(だいそうじょう)さまたちよ。我輩が責任を持って、信長との交渉に当たるのごじゃる。だが、その間に大僧正(だいそうじょう)さまたちの身に危険が迫るかもしれないのでごじゃる。各々、薙刀を手に持ち、避難をしてほしいのでごじゃる」


 願慈位(がんじい)にはひとつ案があった。本当かどうかは知らぬが、信長は一向宗と言えども、武器を手にもたない者には一切、危害を加えていないと言う噂をだ。それを耳にしたときは、真実かどうか怪しんだものである。


 だが、これまでの信長からの書状で、再三に渡り、浅井・朝倉の基地提供を止めれば、比叡山へ土地の返上をすると書いてあった。これは信長は約束さえ守れば、比叡山には手を出さなかった可能性が高いことを示唆していた。


 ならば、信長が定める法則さえ守れば、その者たちは命を救われると言う証拠になるのではないか?


 現に信長の領地で信長と共存関係にある寺社は多くある。その寺社のどれもが、武装解除をし、信長の政治に口を出さないことを約束すれば、所領はある程度、保障され信仰の自由も守られている。


 ならば、比叡山とて同じことではないのか?今まさに、護国鎮守の聖域は信長の手により焼かれてはいるが、ここで武器を捨て、信長に許しを乞えば、命は助かるはずだ。逆に言えば、武器を携えて反攻すれば、どんな身分の者であろうが、殺し尽くすはずである。


大僧正(だいそうじょう)さまたち。少し、山を降りましょう。ここに居ては万が一、本堂が焼かれてしまうかもしれないのでごじゃる。ここより降った、第3の堂でお待ちくだされでごじゃる。なあに、ご心配めされるな。周りを屈強なる僧兵で守らせる故、安心してほしいのでごじゃる」


「わかったのじゃ。そなたの言いに従おうなのじゃ。おい、拙僧の薙刀を持ってくるのじゃ。早く、第3の堂へと移るのじゃ。願慈位(がんじい)よ、信長との交渉、任せたのじゃ。しっかりと、その命で、比叡山を守るのじゃ!」


 大僧正(だいそうじょう)たちはそう言い放ち、願慈位(がんじい)を置いて、本堂から出ていく。残された、その高僧たちの弟子どもはどうしたものかと、慌てふためくばかりである。


「おぬしら、何を慌てふためいているのでごじゃる!大僧正(だいそうじょう)たちはいなくなったのでごじゃる。早く、女子供を本堂の方へと連れてくるでおじゃる」


「ど、どういうことですか、願慈位(がんじい)さま。女子供は、大僧正(だいそうじょう)さまたちが向かった第3の堂へ集めたほうが安全なのではございませんか?」


「ならぬ!あそこは、火の海に包まれるでごじゃる。いいか、良く聞けでごじゃる。あの大僧正(だいそうじょう)たちが生き残れば、天台宗は滅びるのでごじゃる。お前たちが天台宗を良き方向に導くのでごじゃる」


 願慈位(がんじい)の言いに、高僧たちの弟子どもは何を言われているのかわからないと言った顔つきである。


「良いか?信じられぬかも知れないでおじゃるが、信長は武器を手に持っていないものには危害を加える気はないのでごじゃる。お前たちは決して、武器を手にとるなでごじゃる。女子供たちにも、それを厳命するのでおじゃる。本堂にて、頭を低くし、信長の軍隊を刺激しないようにするのでおじゃる!」


「さっぱり言っていることがわかりませんのでございます。信長は比叡山の全てを焼き尽くすつもりなのではないのですか?」


「違うのでごじゃる。信長は、武器を手に持ち、政治に口出す比叡山を焼くだけでごじゃる。これは逆に言えば、武器を持たず、政治にも口を出さなければ、殺されないと言うことでごじゃる。これは他言無用でごじゃる。我輩はこの事態を招いた高僧たちと責任を取ってくるのでごじゃる。お前たちは、天台宗の未来を担う者たちでごじゃる。決して、信長に逆らうことがないようにするのでおじゃる!」


 願慈位(がんじい)は力強く、そう説明する。高僧たちの弟子どもはごくりと唾を飲みこむ。願慈位(がんじい)さまは全ての責任を負い、比叡山を浄化するつもりなのだと気づく。


「ふははっ。言うことを聞かぬは賽の目、加茂の川、比叡の僧と言われる時代は、今日、ここで終わりを告げるのでごじゃる。比叡山が政治に介入するのは当たり前と思って生きてきたでごじゃるが、それは間違いでごじゃった。僧と言う者は、この国の民たちのことを思い、熱心に念仏を唱えることでごじゃったなあ」


 願慈位(がんじい)は今更ながらに初心に帰る。この比叡山の門をくぐった時は、理想にあふれる若者であった。どこで間違えたのか、民の暮らしや政治に介入するのが当たり前だと思うようになっていた。


 そうではなかったのだ。正しき教えを民たちに伝え、極楽浄土に導くことこそが、真の僧の姿ではないのかと。自分や高僧たちは年を取り過ぎた。今更、生き延びようものなら、害悪しか、この国には与えない。なら、いっそ、信長に粛清されたほうが良いのだ。そう願慈位(がんじい)は思うようになっていた。


願慈位(がんじい)さまは、これから一体どうされるつもりなのですか?」


「第3の堂に信長の兵を誘導するのでごじゃる。焼かれてしまったほうが良い奴らもこの世には存在するのでごじゃる。先に極楽浄土に行くことを許してくれでごじゃる。あの世から、お前たちが比叡山を再建している姿を見させてもらうのでごじゃる」


 高僧たちの弟子どもが願慈位(がんじい)さまああ、願慈位(がんじい)さまああと泣きながら、願慈位(がんじい)の元へと寄ってくる。だが、それを振り払うかのように、願慈位(がんじい)は本堂から飛び出していく。


「女子供を集めるのでごじゃる。これ以上、血を命を散らせてはならないのでごじゃる。最後の我輩の頼みを聞いてくれなのでごじゃる!」




 利家(としいえ)佐々(さっさ)、光秀、秀吉率いる軍隊は比叡山の山を登っていた。焼かれた森から火だるまになりながらも飛び出してくる僧兵たちを斬り、叩き伏せ、鉄砲で撃つ。武器を持たずに逃げ惑う女子供たちや僧には手を出さず、山道を駆けあがっていくのであった。


 第1の堂、第2の堂を焼き払い、残すはいよいよ、第3の堂、第4の堂、そして本堂となっている。


「ふひっ。勲功1番は僕なのでございます!比叡山の高僧どもを総て殺すのでございます」


 だれよりも早く第2の堂に達していた光秀はさらに戦火を広げていく。武器を手に持つ者たちを容赦なく斬り捨てていく。阿鼻叫喚の渦の中、気がたぎるのを抑えられない光秀である。


 その光秀の前にひとりの高僧が飛び出してくる。


「はあははあははあっ!我輩こそが願慈位(がんじい)でごじゃる。へっぴり腰の織田の者に討ち取られる気はないのでごじゃる。さあ、我輩の命が欲しければ、追ってくるが良いでごじゃる」


 願慈位(がんじい)は勇ましく名乗りを上げた後、くるりと振り返り、境内の階段をひたすら登っていく。後ろからは矢が雨のように降ってくる。その矢を肩や腕に受けながらも、必死に第3の堂へ向けて走っていくのである。


「ふひっ?あの高僧は何がしたいのでございますか?まるで僕をどこかに導いているように思えるのでございます」


 光秀は頭にハテナマークを浮かべながら願慈位(がんじい)の後を追うよう、兵たちに指示を飛ばす。光秀の兵たちは願慈位(がんじい)を殺すべく階段を昇っていく。


 願慈位(がんじい)は、ついに階段を登り切り、第3の堂の前に踊り出る。その身はすでに幾多の矢で貫かれ、身体のあちこちから血を噴き出していた。願慈位(がんじい)は息も絶え絶えになりながらも叫ぶ。


「ここが、我輩たちの死に場所よ!比叡山の高僧たちは1人たりとも、織田家の者たちには屈服せぬぞ。皆、武器を手に取り、織田家の者たちを道連れにしろおおおおおおお」


「き、貴様は何を言っているのじゃ。拙僧らは戦う気はないのじゃ。はっ!まさか、貴様、死ぬのが怖くなって、ここに逃げ帰ってきたというのかじゃ」


 高僧たちのひとりである大僧正(だいそうじょう)が第3の堂から飛び出し、願慈位(がんじい)の首根っこを捕まえ、彼を叱責する。しかし願慈位(がんじい)は、けっと唾を吐き捨て


「我輩たちはここで死なねばならないのでごじゃる。我輩たちこそがこのひのもとの国の癌そのものでごじゃる!」


「くっ、願慈位(がんじい)め、謀りおったのじゃな!そのために、拙僧らを第3の堂に押し込めたのじゃな」


 大僧正(だいそうじょう)が襟首を持ったまま、強引に願慈位(がんじい)を地面に叩きつけ、腹に蹴りを入れる。願慈位(がんじい)はその衝撃でガハッと口から血反吐を出す。


「このまま、ここに居ては織田の軍に殺されてしまうのじゃ!皆、願慈位(がんじい)に謀られたのじゃ。ここから逃げねば、殺されてしまうのじゃ」


 願慈位(がんじい)を地面に叩きつけた大僧正(だいそうじょう)が逃げ出そうとした。だが、足が動かない。何かが絡みついている。大僧正(だいそうじょう)は自分の足の方を見ると、ぎょっとした顔つきになる。願慈位(がんじい)が顔面を血で濡らしながら、大僧正(だいそうじょう)の足にしがみついているからだ。


「は、離せ、離すのじゃ!拙僧が死んだら、誰が、この比叡山を再建すると言うのじゃ」


「あ、あ、あなたたちではごじゃらぬ。りそうにあふれた、わか、ものたちが、ひえいざんをさいけんしてくれるので、ごじゃる」


 願慈位(がんじい)は血を失いすぎており、すでに目の焦点が合わなくなっていた。だが、この大僧正(だいそうじょう)を離すわけにはいかない。比叡山にあるうみは全て取り除かなければならい。自分も含めてだ。

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