ー一向の章14- 大花火大会の準備
1571年7月も半ばにさしかかろうとしていた。信長は岐阜に駐在する信盛と勝家に2万の軍を率いさせ、岐阜から北近江の国境沿いに陣を構築させる。
それに呼応するかのように浅井長政は小谷に兵を集めることになる。信長と長政は一触即発の雰囲気を醸し出すのである。長政は西から攻め込まれぬよう、朝倉義景に比叡山で陣を敷くよう、要請をかける。
それに呼応した朝倉義景は、7月の終わりには比叡山に入るのであった。
「案の定、比叡山は浅井・朝倉の肩を持つ気ですか。予想通りと言えば、予想通りですね。そろそろ光秀くんたちにも動いてもらいましょうかねえ」
「殿。俺たちはどうしたらいいんだ?このまま、浅井と一戦、構える気か?」
信盛が本陣にいる信長にそう問いただす。
「そうですね。小谷を攻めれば、朝倉はこちらのほうに動いてくれますし、そのほうがこちらとしても事が運びやすくなります」
「ガハハッ!久々の小谷攻めでもうすな。傷も完治したゆえ、存分に槍を馳走してやろうでもうす」
勝家が信長の言いに呼応するかのように吼える。
「勝家くん。今回はあくまでも、比叡山から朝倉を引きはがすのが目的です。適度に小谷の城をつついて、朝倉をこちらに誘導してくださいね?」
「約束はできぬでもうす。我輩、暴れたりぬゆえ、やりすぎて、小谷の城を落としてしまうかもしれないでもうす」
勝家は、全身の筋肉を膨張させながら、気勢を吐くのである。信長はやれやれと思いながら
「まあ、多少のやりすぎはいいですが、兵に無理をさせないようにお願いしますね?決戦を行うには、少し、時期尚早と言ったところですし」
「じゃあ、今回の戦は小谷の城を落とすのが目的じゃないってことか?」
「のぶもりもり、まずは、北近江の支城や砦を落としていきましょう。今回の戦は外堀を埋めることが肝要です。昨年、やってみた感じ、小谷の城は稲葉山城に匹敵するほどの堅城です。力攻めではなかなか落ちないでしょうからね」
「うーん。じゃあ、俺たちは、小谷の城を囲みながら、他の奴らが西の方の砦や支城を落としていく感じになるわけ?」
「そうですね。びわこ西岸の田中城を取り返すのが最善と見ています。あそこさえ取り返せば、浅井・朝倉は比叡山を根城にするための経路を防がれることになりますから」
「それで、秀吉、丹羽までも、西の宇佐山城のほうに向かわせたわけかあ。あれ?じゃあ、今回、俺のやることと言ったら、小谷の城を包囲するだけ?」
「織田家の二枚看板である、のぶもりもりと、勝家くんをここに配備することは、おおいに意味があるのです」
「ふむ。殿の言いから考えれば、とうとう、アレをするつもりでもうすか?」
「ええ?ついにアレをやっちゃうわけ?できるなら、俺もあっちのほうに参加したかったなあ」
勝家と信盛は何か含みのある言い方で信長に問うのである。
「そうです。きみたちの考えているように、そろそろ、夏から秋にかけての風物詩である花火を上げたいのですよ。丹羽くんが大花火大会のぷろでゅーすをしていてくれていますからねえ」
「小谷のほうからも、その花火って見えるのかなあ?俺たちだけ見れないって、なんか嫌だなあ」
「ガハハッ。きっと見えるでもうすよ。空前絶後の大花火大会でもうすからな。香奈のやつを京の都に呼んでおけば良かったでもうすな。あとで愚痴を言われるかも知れぬでもうす」
「ああ、それなら、先生が皆さんの奥方を京の都に集めておきましょうか?料理に舌鼓でも打ちながら、花火を見るのもおつってもんですからね」
「お、殿、気が利くじゃねえか。じゃあ、小春とエレナも呼んでおいてくれよ。度肝を抜かれると思うぜ?」
「では、そのように事を運んでおきましょう。のぶもりもり、勝家くん。悪いですが、小谷の城のことは任せましたからね?」
「おう。頼まれたぜ。じゃあ、勝家殿。ちょっくら、小谷の城へ散歩でも行こうか」
「ガハハッ!散歩でもうすか。我輩らが歩いた後には、屍累々となるかもしれぬが、それもまた夏の風情と言ったところでもうすな」
信盛と勝家は笑いながら本陣の陣幕から出ていくのである。そして、それぞれ1万ずつ率いて、小谷の城へ攻め込んでいくのであった。
信長は9月に入ると、京の都へ移動する。信盛と勝家に小谷の城を包囲させ、朝倉義景を比叡山から引きはがすことに成功したからだ。
信長は次に、丹羽を呼び寄せ、大花火大会についての進捗を聞くことにする。
「はいはいー。丹羽ちゃん、信長さまに久しぶりに会えて、嬉しいのです。信長さま、元気にしていました?」
「はい。元気にしていましたよ?丹羽くんも元気そうで、先生は嬉しい限りです。さて、大花火大会の進捗を聞かせてもらいたいのですが、どうなっています?」
「ちゃんと、大花火大会の会場には書状を送って、返事をもらっているのです。基地提供をやめなければ花火を打ち上げるって。そしたら、絶対に基地提供は止めない、花火大会をやれるものならやってみろ!って」
「ほほう。それは、良い返事ですね。向こうとも意思疎通は取れているみたいですね。その書状の内容は、全国に発布してくれましたか?」
「もちろんなのです。京の都はもちろん、各大名にも送っているのです。浅井・朝倉にも送って良かったんですよね?」
「そうですよ。問題ありません。さて、会場の確保もできましたし、あとは花火を持ち込むだけですね」
信長はニヤリとした顔つきになる。続けて丹羽が話をする。
「火薬、薪、油、それに鉄砲も持っていく準備は済ませているのです。だれも会場から出さないように1万の兵で囲む予定なのです」
「ふむふむ。準備のほうは万全と言ったところですね。さて、他から介入される可能性はどうでしょうか?」
「信長さまから話を聞いている限りでは、猿と光秀殿が田中城を落とせば、浅井・朝倉からの妨害はないと思うのです。あとは麓の志賀にある砦を抑えるだけなのです」
「あそこですか。思えば、あの砦の存在が、先生たちにとって邪魔でしょうがありませんでした。いいでしょう。大花火大会の前座に燃やすにはうってつけの場所ですね」
信長は、ふっふっふと笑みを浮かべながら、東北の方角を見る。
「さあ、盛大に燃やし尽くしてやりましょう!丹羽くん。大花火大会の日にちはきっちり守ってください。9月12日。これを過ぎることは絶対に許されません」
「はーい。あと1週間ほどなのですが、準備に問題はないのです。信長さま、そろそろ宇佐山城に皆で、移動を開始します?」
「そうだ。将軍さまとお竹さんにも、大花火大会を見学してもらいましょうか。将軍さまも二条の城に閉じ込められっぱなしでは気が滅入ってしまうと思うのですよ。丹羽くん。将軍さまに特等席を準備しておいてください」
「宇佐山城の天守で宴でも催します?なのです。古今東西の料理とお酒を準備しておくのです」
「じゃあ、そのようにお願いします。くれぐれも、義昭を脱走させないようにしておいてくださいね?まあ、腰を抜かして、そんなこともできないでしょうが、万が一のためです」
信長と丹羽は、近々、執り行われる大花火大会に向けて、詳細を詰めていくのであった。その間、光秀と秀吉の隊は田中城を奪取することに成功する。あとは残すは志賀の砦だけとなる。
1571年9月11日。運命の日まであと1日とさしかかっていた。
志賀の砦の前面に信長は2万の兵を配置させる。昼前には、光秀、秀吉、利家、佐々に砦を落とすように命令を下す。
「信長さまも急ッスよね。前もって、こんな砦なんて落としておけば、楽だと思うんッスけどねえ」
「ん…。山から誰も逃がさないつもりなんだと思う。奇襲作戦で一気に大花火大会を決行するつもりなのかな?」
「大体、なんで9月12日にこだわる必要があるッスか?そこが俺にはわからないッス。光秀や秀吉たちは理由がわかるッスか?」
「ふひっ。昨年、9月12日に何が起きたのか、利家殿はお忘れになったのでございますか?とても大きなことが起きたのでございます」
「去年?去年はいろいろのことがありすぎて、逆に覚えてないッス。大花火大会を決行する12日に、そんなに意味があることが起きたんッスか?」
「は、はい。織田家にとって、浅井・朝倉のことなんかより、大変なことが起きた日、です。ただの民が全て敵に回った日、です」
ひでよしの言いに利家はうん?と言った表情だ。だが、佐々は気付く。
「ん…。わかった。その日は、本願寺顕如が織田家に反旗をひるがえして、奇襲を行った日だ。でも、よく信長さまは覚えていた。自分も利家同様、すっかり失念していた」
「本当、信長さまは記憶力がすごいッスね。なんでも信長さまは、奥方たちの誕生日をすべて覚えているみたいッス。10人以上ッスよ?どうやったら覚えてられるッスか」
利家はほとほと、自分の主君の記憶力の良さに感心する。しかし、意地が悪い。9月12日に合わせて、わざわざ、大花火大会を決行するからだ。
「これでもし、俺らが今日中に砦を落とせなかったら、どうなるんッスかね?」
「ふひっ。下手をしなくても、腹を切れくらいは言われると思うのでございます。信長さまは明日に備えて、充分に準備を整えていたようなのでございます」
「ふええええ。これはシャレにならないッスね。そろそろ、本格的に、砦を攻めるッス」
利家、佐々、光秀、ひでよしはコクリと頷きあう。そして、陣幕を飛び出し、各々の兵隊に号令をかけ、一気に砦を落としにかかっていたのであった。
4人の奮闘もあり、夕暮れ前までには、志賀の砦は陥落することになる。4人は面目躍如とばかりに、ほっと胸をなでおろすことこになるのであった。