ー一向の章10- 墓参りの作法
長島一向衆の撃退に失敗した信長は、からくも那古野城に帰還する。重症を負った勝家もまた、那古野城の医務室に運ばれ、緊急手術の運びとなる。
信長の今回の長島攻めの成果はまったくないと言ってよく、それどころか、織田家の最大戦力である勝家が重症の傷を負ったことと、元・美濃3人衆のひとり、氏家卜全を失うと言った、手痛いものであった。
信長は大垣城の仮の城代として、前田利家を任命する。長島から北上すれば、大垣城が近い。そのために赤母衣衆をそこに縛り付ける結果となる。
そして、長島にほど近い津島の町は、河尻秀隆率いる黒母衣衆により防御を固めることになる。
1571年5月中旬に起きた信長と長島一向宗の戦いは、こうして幕を閉じることになったのであった。
明けて6月。那古野の屋敷で養生する勝家に信長たちが見舞いにやってくる。
「ふう。勝家くん。見舞いに来ましたよ。なんだか、お医者さんの言うことによれば、よくもまあ、あれだけ矢傷と槍での傷を受けながら、内臓に傷が達していなかったのは奇跡と言うほかないと。勝家くん、もしかして、筋肉で全てを受け止めたのですか?」
「ガハハッ!ただ単に運が良かっただけでもうすよ。さすがに、矢傷と槍の傷、合せて30を数えたと言うのに、それで致命傷にならなかったのは、日頃の行いのおかげでもうすよ。我輩、神仏に拝みっぱなしでもうす」
「そうだよなあ。運ばれて行った勝家殿を見た感じ、ああ、こりゃ死ぬかもなあって不謹慎にも思ったくらいだったぜ。なんで、勝家殿、生きてるの?」
信盛がそう、勝家に尋ねる。
「我輩にもわからないでもうすよ。きっと、氏家殿が死んだ身となっても、我輩を守ってくれていたとしか言いようがないでもうす。我輩、氏家殿の墓には足を向けて眠れないでもうすなあ」
「勝家くんは先生のほうにも足を向けないように寝ていると言うのに、今度は氏家くんの墓の分まで含めたら、寝る体勢がすごいことになりそうですね。今度、勝家くんが寝ているときに寝室にお邪魔してみましょうかね?」
「やめておくのだ、殿。もし、覗きに行って、奥方の香奈殿とイチャイチャしている場面に出くわしたらどうする気だ。男女のまぐわいを覗くのはさすがに注意させてもらうぞ」
河尻が信長に対して諫言をする。
「別にイチャイチャしているところを覗きに行く趣味なんてありませんよ。そもそも、覗きに行く行かないって話が冗談ですよ?河尻くんは真面目すぎますよ」
「信長さまは信用ならないッス。俺が松とイチャイチャしてたら、利家くん、あーそーぼー!とか言って、俺の屋敷に夜中に来るじゃないッスか。そんなことされたら、俺、びっくりしちゃって萎えちゃうんッスからね!」
「利家くんの屋敷に夜中行くのは、イタズラ心からです。勝家くんの場合とは全然違います」
何が違うッスかとツッコミたいのはやまやまだが、これ以上、言えば、また信長さまが自分のところの屋敷にイタズラ心でやってくるのは明白であるので止めておくことにする。
「で、勝家殿、傷の治りのほうはどうなんだ?」
信盛がそう勝家に尋ねる。
「うーむ。医者からは完治するには6月いっぱいかかると言われているでもうす。この殿が大変な時期に重症を負わされたのは不覚なのでもうす」
「しかし、勝家くんがあそこで一向宗たちの奇襲を防いでいなければ、勝家くんの隊の全員が無事であったという保証はありませんでしたからね。言い方は悪いですが、氏家くんの命と勝家くんの負傷で5000の兵が救われたと思えば、儲けものだと考えていますよ?」
「殿がそう言ってくれるのであれば、氏家殿は救われるのでもうす。我輩がもう少し、氏家殿のことを気遣ってやれれば、結果は違っていたのかも知れぬでもうす」
勝家はうつむき加減にそう言うのである。
「まあ、そうは言っても、一向宗の1000を相手に周りを気にしろって言うほうが無理があると思うぜ?俺なら、一向宗の奴ら10人に囲まれただけで、死ぬ自信があるぜ」
「なんだか慰めにもなってないような、のぶもりもりの言い分ですが、勝家くん、余り気にやむ必要はないと思います。戦に出れば、誰だって死ぬことがあるんです。それこそ、安全地帯にいたとしても、鉄砲の流れ弾に当たれば、運が悪ければ死んでしまうんですし」
「殿こそ、それ、慰めのつもりなのか?俺の言ってることのほうが、幾分かマシだと思うぜ?」
「うるさいですね、のぶもりもり。先生だって、気を回そうとしているのですが、上手い言葉が出てこないだけですよ」
信盛と殿の言い合いを見てて、勝家が、ぷっと噴き出す。
「すまないでもうす、殿、信盛殿。我輩の気負い過ぎでもうすよ。傷が治ったら、氏家殿の墓参りでも行って、感謝の言葉を言っておくでもうす」
「そうですね。では、お盆も近いですし、皆さんで戦で亡くなった兵士たちや、森くん、氏家くんの墓参りとでもしておきましょうか」
「そうだなあ。今は長島の一向宗たちとも小康状態だし、畿内のほうも割と落ち着いてるほうだし、近いうちにお盆の墓参りを済ませておいたほうがよさそうだなあ」
「ん…。そういえば、信長さまは先祖のお墓に抹香をぶちかましていると聞いたことがあるんだけど、本当?」
佐々が信長にそう尋ねる。
「うん?何で知ってるんですか?父上の墓には特にたっぷりと抹香をぶちかましていますが、何かおかしいですか?」
信長が不思議そうな顔で佐々に逆に質問を投げかける。
「ん…。信長さま。言ってはなんだけど、お墓に抹香を投げてはいけない。掃除が大変」
「いや待て、佐々。そう言う問題じゃないだろ。殿、不作法にもほどがあるぜ」
「え?のぶもりもりの家では、やらないんですか?おかしいですね?先生の供養は、墓に抹香をぶちまけることだと思っていたのですが?」
「待て待て待て。そんな風習やってんの、殿だけだ。墓が抹香で茶色に染まってしまうだろが!」
「ちゃんと抹香をぶちまけたあとは、手桶の水を墓にぶちまけるので、きれいさっぱりですよ?」
「そのなんでもかんでもぶちまけるのを常識だと思わないでくれ。聞いてて、頭が痛くなるわ!」
信盛の言いに信長がふむと息をつく。
「では、普通はどんなことをして供養するんです?先生、そっちのほうが気になりますよ」
「ガハハッ。花を添えて、まんじゅうを2,3個置いて、線香を立てるだけでもうすよ。殿のように抹香をぶちまけたり、手桶の水をぶちまけたりはしないでもうすよ」
「あれれええ?勝家くんが何だか普通のことを言っている気がしますよ?もしかして、先日の合戦で頭を打たれすぎました?」
「待て待て待て。勝家殿の言っていることが普通だ。大体、手桶の水もひしゃくですくって、ちょろちょろと墓に垂らす程度だわ!」
「そうなんですか?のぶもりもり。うーん、それじゃあ、派手さが足りない気がするんですけどねえ。ババッと抹香をぶちまけて、ババッと手桶の水をぶちまけたほうが、すっきりさっぱりじゃないですか?」
信長の言いに、信盛が、はあやれやれと言った表情だ。これ以上、殿に何を言っても無駄な気がする。
「殿のご先祖様の墓はそれでいいとしよう。でも、他のやつらの墓にはやめろよ?絶対だからな」
「絶対やめろって言われたら、絶対やれよ、絶対だからな!に聞こえるのは、気のせいでしょうか?」
「俺も絶対やめろって言われたら、やってしまうッスね。あれは、何なんッスかね?つい、やりたくなってしまうッスよね」
利家が信長に同調する。信盛が、はああああと長いため息をつく。大体、この手のつっこみ役は貞勝の役目なんだ。つっこみ役不在は、大変だぜ。
「ああ。貞勝殿はいつ頃、京の都から戻ってこれるんだろうなあ。つっこみ役が俺ひとりなんて、重労働すぎるぜ」
「そう言えば官僚組の貞勝くんと玄以くんって、正月も岐阜に帰れずに京の都で仕事しぱなでしたね。影と頭の毛が薄いから、存在自体を忘れかけていましたよ」
「ガハハッ。頭の毛が薄いのは、半分は殿が原因だと思うでもうすよ?曲直瀬殿に毛生え薬の作成を頼んでいると噂で聞いたことがあるでもうす」
「曲直瀬殿の薬に頼るって、また、貞勝さまは思い切ったことを考えるッスね。髪の毛がふさふさになる代わりに、何かひととして大切なものを失いそうな副作用がありそうッス」
「ん…。利家、自分は、頭の毛はふさふさになるけど、下の毛がつるつるになる副作用だと思う」
「利家くんも、佐々くんもひどい言いぐさですねえ。先生は、頭の毛がつるつるになって、下の毛がふさふさになる薬を作っちゃうと思いますよ?曲直瀬くんなら」
3者3様、ひどい言いぐさだなあと、信盛は思う。まあ、でも、もし曲直瀬殿が毛生え薬の開発に成功したら、俺も薬をわけてもらおう。まあ、完成するまで、貞勝殿には治験体になってもらえばいいかな。
「今頃、京の都組は、何をしてるんだろうな?俺たちの知らぬ間に大事件が起こってたりしてたりな?」
「どうなんでしょうね?浅井・朝倉も大人しいですし、一向宗くらいじゃないんですか?何か起こすとしても」
「まあ、何事も起きないほうが、俺としては嬉しいッス。特に、勝家さまが完治するまでは、大人しくしてもらいたいとこッス」




