ー一向の章 8- 勝家の慟哭 氏家の死
勝家は両手に槍を構え、1000の一向宗のど真ん中へと突っ込んでいく。勝家の考えとしては、この1000をまっすぐ突っ切り、一向宗の隊を混乱状態に陥りさせるつもりであった。
目の前の1人を槍の柄の部分を頭に振り落としかち割る。そして、衝撃で折れて半分になった槍の前方部分を掴み、2人目の相手の顔面へと穂先をぶち抜いて行く。
いくら、死ぬまで戦う一向宗の兵であろうが、頭か心臓を破壊すれば行動は不可能だと、勝家は考えていた。その考えは当たっており、勝家の攻撃により1撃で一向宗どもは絶命していく。
勝家が倒す数、10人を超えた辺りで、両手に持っていた2本の槍は跡形もなく砕け散っていた。
「勝家殿、武器でござる!」
「おう、氏家殿、かたじけないでござる。さあ、そのまま、我輩の後ろをついてくるでもうす」
氏家はそこらに打ち捨てられていた槍を拾い集め、10本は両手で抱えこむようにして、勝家の後ろを走ってついてきていた。
勝家は氏家から次々と手渡される槍で目の前の一向宗どもを屠って屠りまくっていく。その勢いに押されて、一向宗どもの包囲は遠巻きになって行く。
「あれは一体、何だべ。噂以上の化け物ぶりだべ。あんなの相手にしてられないべ」
「何を言っとるだ。あれも人間だば。10人で一斉に襲えば、なんと言うこともないだば!」
一向宗たちは横一列に10人ならび、一斉に向かってくる勝家に槍を突きだす。だが、勝家は手に持った槍を横一閃に薙ぎ払い、その自分の身に迫ってくる10本の槍を一瞬にして砕く。
信じられないものを見たと言う顔付きになる一向宗どもである。勝家は手に持っていた槍が砕けちってしまったため、左手で左に位置する男の顔をつかみ、右手で右に位置する男の顔をつかみ、両手を打ち合わせるかのように、その2人の男たちの頭をぶつけさせる。
ごきっぃぃぃぐしゃあああとと言う音ともに、2人の男の頭がスイカを地面に落としたかのようにぐしゃぐしゃになる。
勝家は昂っていた。ぐふっぐふっと言う獣にも似た呼吸をしながら、さらに駆けていく。氏家はぞくっと身体に怖気を感じながらも、必死に勝家が開いていく活路を駆けていくのである。
ついに、氏家が持っていた槍のストックも尽き、勝家は素手で戦っていた。敵から槍を奪い取り、頭を砕き、首の骨をへし折っていく。
勝家の身体を覆っていた鎧も、一向宗どもの必死の抵抗により、ところどころが破損し、右腕の籠手から肩の部分はすでにはじけとんでいた。
さらに一向宗どもは弓を構える。味方を巻き込んでの矢の一斉射撃をおこなったのである。さすがに勝家と言っても、雨あられのように降り注ぐ矢には抵抗のしようもないように思えた。
だが、勝家は目の前の敵をむんずと抱え上げ、それを盾にして、矢の雨を防ぐ。しかし、その敵兵を抱え上げていた左腕に2,3本、矢が突き刺さることになる。
勝家はついに、苦痛に顔を歪ませることになる。抱えていた敵兵はとっくに絶命しており、それを地面へと投げ捨てる。勝家は、はあはあと荒い息を上げ、右手で無理やり、左腕に刺さっていた矢を引き抜く。
矢を引き抜くことにより、肉の身を幾分か引きちぎることになったが、勝家は構わぬとばかりに、さらに歩のスピードを上げていく。
「ガハハッ。氏家殿。楽しくなってきたでもうすな!目の前の敵をあと50ほど殺せば、織田家の野営地に到着するのでもうすよ」
勝家が笑いながら、自分の後ろに居る氏家に声をかける。だが、勝家の後ろからは何も声は返ってこなかった。不可思議に思った勝家は、後ろを振り向く。
そこに居るはずの氏家殿の姿はなく、目をぎらつかせた一向宗どもだけであった。勝家は思う。ふむ?自分の進む速度が速すぎて、氏家殿は、はぐれてしまったのかと。仕方ない、少し戻って、氏家殿を連れ戻しに行くかと。
そう思い、勝家は踵を返し、今、来た道を戻ろうとした。すると、一向宗どもはあるものを勝家の目の前に放り投げてくる。
なんだ、この肉の塊は?そう思った矢先に、勝家はそれがかつて氏家殿であったことに気付く。鈍器のようなもので殴られて潰れていたが、わずかに原型をとどめていた顔つきから、氏家殿であることをはっきりと感知する。
「おおおおおおおお!氏家殿。何をやっているでもうすか。あれほど、我輩の後ろを遅れずについて来いと言っていたのにでもうす。お主が亡くなってしまっては、誰が我輩の隊の副将をやると言うのでもうすか」
勝家の慟哭にかつて氏家であったものは何も答えない。ただ、その身の全体から血を流し、臓腑を腹からはみ出し、無残な姿をさらしていたのであった。
勝家は氏家の亡骸を両手で抱きかかえ、嗚咽を漏らす。
「くひっくひっ。お仲間さんの命はもらったんだべ。さあ、てめえも屍となるんだべさ!」
勝家を囲む一向宗どものひとりが勝家に槍を向けながら、近づいていく。そして、充分に距離を詰めた後、手に持った槍を勝家の背中に向けて突き刺す。
殺った!その一向宗の男はそう思った。だが、槍の穂先は鎧を貫通し、勝家の肉を3センチメートル貫いた辺りで激しい抵抗を受け、それ以上、深くは槍を押し入りさせることはできなかったのである。
勝家は背中に槍が突き刺さったままに、うおおおおおおおお!と慟哭を上げる。その声は野営地から飛び出してきた織田の兵たちにも聞こえるのである。そればかりか、勝家の声は信長が控える本陣の陣幕にも届くのであった。
「この声はなんですか?まさか、勝家くんはあの敵襲の中で一人で戦っているのですか!?」
勝家と氏家が一向宗ども1000による奇襲を防いでいる間に、信長たちは夕食を取りやめ、各々の兵士たちが武器を手に取り、迎撃の準備を済ませていたのだ。
しかし、勝家の隊は動けずにいた。勝家と副将である氏家卜全が不在だったからである。動こうにも動けなかったのだ。
だが、戦場に鳴り響く、うおおおおおお!との声が勝家存命を知らせる合図となった。安藤守就と稲葉一鉄は1軍ずつを引き連れ、勝家の救出に向かう。
勝家の背中に槍が次々と突き刺さる。だが、どの槍も切っ先だけ埋まるだけで、中の臓腑にまで一切届かない。勝家は抱きかかえていた氏家の亡骸を左肩によいしょと担ぎ上げる。そして、背中に刺さった槍を筋肉の弾力により、弾け飛ばす。
弾け飛んだ槍は、勝家の背中側に回り込んでいた一向宗どもにまともにぶち当たる。それと同時に、勝家の筋肉の膨張に耐えきれなくなった胴部分の鎧がはじけ飛ぶことになる。
勝家の鎧の下の服は、背中側が真っ赤に染まっており、勝家が無傷ではないあらわれとなっていた。
「ひひっひひっ。脅かせやがって。おい、あいつの背中を見ろ。ずたぼろじゃねえべか。皆、一斉に襲い掛かれば、あいつを討ち取れるべ!」
勝家は痛む背中の傷も気にせず、ずしん、ずしんと、前へと歩き出す。勝家の右斜め前方から、一向宗の兵が槍を突き刺してくる。だが、勝家は無造作にその突きこまれてくる槍を右手で掴む。
一向宗の兵は勝家に槍を止められてしまい、力いっぱい、その槍を引こうとする。だが、その槍はびくともしない。
勝家は右手で敵の槍をつかんだまま、斜め上へと角度を変えていく。一向宗の兵は槍を取られてはたまるものかと必死に槍を自分のの右脇で絞る。だが、勝家は構わぬとばかりに、ますます、槍を上へとあげていく。
ついには一向宗の兵は槍を右脇に抱えたまま、宙に浮きあがることになる。
「うへえええ。なんだべ、こいつ。おい、お前ら、おらを助けてくんろ!」
助けを頼まれた他の一向宗の兵は、一斉に槍を構えて、勝家に突進していく。だが、勝家は槍の石突き部分にぶら下がる兵をそのままに、豪快に左右に振り回す。
人間1人の重りが、そのまま破壊力へと生まれ変わり、つっこんできた他の兵どもたちをなぎ倒すのである。槍の石突き部分に必死に捕まっていた兵も、勝家のあらんばかりの怪力により、ついには絶命し、槍からその身を離すことになったのだ。
「さあ、こいでもうす、一向宗どもよ!貴様らを生かしておく理由はなくなったでもうす。地獄で氏家殿に詫びるが良いでもうす」
勝家は吼える。左肩に氏家の亡骸を抱えたまま、右手と足を使い、目の前の敵を屠っていく。勝家に腕をつかまれ、そのままねじ切られる者、頭をつかまれ、首級をへし折られる者、蹴りを入れられ、10メートルも吹き飛ばされ、肋骨を粉々にされる者が続出する。
しかし、それでも一向宗どもは勝家に向かって行く。なむあみだぶつ、なむあみだぶつと唱えながら、勝家に向かって槍を叩きつけていく。
勝家も、その槍をかわすのは面倒とばかりに打ち据えられる。頭に肩に腕にと、一向宗どもの槍での叩きを受ける。だが、それでも勝家の勢いは止まらない。ついには、氏家の亡骸を両手で掴み、振り回す行為に及ぶのである。
「勝家殿、無事でござるか!稲葉一鉄が救いにきたのでござるぞ」
ようやく稲葉一鉄が一向宗どもの塊を突き抜け、勝家のもとに辿りついたときには、勝家は片膝を地面につき、動かぬ身となっていたのだ。
しかし、その周りは原型をとどめていない死体が散乱しいてる。これは一体、どういうことだと一鉄はごくりと唾を飲みこむ。勝家が血の海と肉の残骸の山を作り上げていたからだ。
「勝家殿、生きているでござるか!」
必死に一鉄が勝家に声をかける。勝家は、片膝を地面につけたまま、うん?と言った感じで頭だけをあげて、声のする方向を見る。
「ああ、一鉄殿でもうすか。どうやら、我輩はまだ生きているようでもうすな。氏家殿の加護が効いたのかもしれないでもうす」




