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ー一向の章 7- 勝家、氏家の危機

 勝家(かついえ)の提言に信長が考え込むことになる。


「うーん、そうですねえ。出来るなら、長島の本城回りの支城くらいは全て落としきりたいところなのですが。しかし、支城を落としたところで、維持のために、兵力を割けるわけでもありませんからねえ。困った話ですよ」


「攻めるにしろ、退くにしろ、決めるのなら即決即断が重要でもうす。殿(との)らしくないのでもうす」


「そうですね。勝家(かついえ)くんの言う通りですね。では、今日は一旦、野営をして、明朝には兵を下げます。勝家(かついえ)くん。のぶもりもりの隊は新人が多いので、殿(しんがり)を任せていいですか?」


「ガハハッ!承知つかまつったのでもうす。では、皆の者に休憩を言い渡してくるのでもうす。殿(との)。英断、お見事でもうす」


 勝家(かついえ)はそう言うと、本陣の陣幕から出ていく。信長はふむと息をつき、南蛮兜を頭からすぽっと抜き、机の上に置く。そして、腰に帯びた太刀も取り外そうとしたときに、異変が起きる。


 太刀を固定していた腰ひもがぶちっと言う音とともに、切れたのである。何事かと信長は驚くことになったのだ。


「なんだか、嫌なひもの切れ方ですね。なにか、悪いことが起きる予兆でしょうか?」


 信長はそう思う。だが、気にしすぎだとばかりに小姓に新しい腰ひもを準備させるのであった。


 陣幕から外に出て、野営地の設営を命じた勝家(かついえ)は平野に向かって歩き出し、(いくさ)場を見渡していた。そこは一向宗どもの亡骸と織田軍で傷を負ったものたちで溢れかえっていた。一向宗どもは死の間際まで抵抗を止めない。その者たちと戦えば、必然的にこちらも死傷兵が出る。


「ここは地獄でもうすな。一向宗どもは極楽往生を御旗にしながら、地獄を作り出しているでもうす。奴らには、この矛盾がわからないのでもうすか」


 勝家(かついえ)は心の奥に怒りが芽生える思いである。


勝家(かついえ)殿、こちらにおられたでござるか。夏が近いとは言え、夕暮れは冷えるでござる。こんなに風通しの良い場所は身体を冷やしてしまうでござるよ」


 勝家(かついえ)隊の副将である氏家卜全うじいえぼくぜんがやってきて、そう勝家かついえに告げる。


「ガハハッ。心配無用でもうす。生まれてこの方、風邪などひいたことがないでもうすよ。それより、氏家殿こそ、どうしたのでもうすか?」


「何、野営の準備も始まり、やることがなくてでござる。うちの主将殿はどこに行かれたものかと探していたのでござる」


 氏家の言いにふむと息をつく勝家かついえである。


「そう言えば、氏家殿は昨年の朝倉との戦いの時から、我輩の副将であったでもうすな。どうかな?我が隊にはもう慣れてきたでもうすか?」


「はははっ。勝家かついえ殿の隊は休む暇がないでござったな。越前から逃げ帰って、その後すぐに浅井との決戦、そして、宇佐山うさやま城での戦いと、働きづめでござる。嫌がおうにも慣れてしまったでござるよ」


 勝家かついえの隊は最前線を任されることが多い。それだけ、信長に信頼されている証だと言っても良い。


「しかし、老体には少々、きつくなってきたのも本音でござる。そろそろ息子に家督を譲るのも悪くはないでござるなあ」


「ガハハッ!何を弱気になっているでもうす。氏家殿には、もっともっと、我輩の副将として頑張ってもらわねば困るでもうすよ?織田家うちの将の中で、我輩の隊で副将を務められるものは中々にいないでもうす」


「そうは言うても、安藤守就あんどうもりなりも、稲葉一鉄いなばいってつも居るのでござる。我が引退したからと言っても勝家かついえ殿が困ることはないでござるよ?」


 此度の長島の戦いには、勝家かついえの補佐として、安藤も、一鉄も配属されているのは確かだ。だが、勝家かついえは氏家のことを3人衆の中で一番、気にいっていた。それは相性と言っても良いのかも知れない。


「引退はまだまださせぬゆえ、使い倒してくれるのでもうす」


 氏家はやれやれと言った顔つきになる。これから先も信長さまに、この勝家かついえ殿にこき使われるのかと思うと、嫌な気持ちと言うよりは、頼られているのだと言う思いが強く、気分が良いものとなる。


「さて、夕飯にでもありつこうでもうす。なにやら、良い匂いが漂ってくるのでもうす。これは、ご馳走の予感がするのでもうす」


「ふむ。味噌の匂いが漂ってくるでござるな。できれば、魚を食べたい気分でござるが、果たして、献立は何でござるかなあ」


 2人は他愛の無い話を続けていた。夕飯の匂いに誘われて、2人は野営地の方へ向かって歩き出すのであった。


 しかし、勝家かついえの左大胸筋がビクンッと反応する。勝家かついえは、うん?と思い、左胸に右手を当てる。その仕草に氏家が不思議がる。


「どうしたのでござるか、勝家かついえ殿。急に、左胸を抑えて。気分が悪いのでござるか?」


 氏家が心配そうに勝家かついえの方に振り向く。だが、勝家かついえは右手で氏家を静止させ


「我輩の左大胸筋の花子がうずいているのでもうす。ちなみに、右大胸筋は太郎でござる。両者はとても仲良しなのでもうす」


 氏家がはあ?と言った顔つきになる。この目の前の男は、自分の筋肉に名前をつけているのかと、あきれ顔になってしまう。


 勝家(かついえ)は思う。花子がびくつく時は何か嫌な報せを伝えようとしていることが多い。勝家(かついえ)は風の流れに違和感を感じ、風下の方をじっと見やる。


「敵襲でもうす!しかも相当数の数でもうす。氏家殿、何か武器は無いかでもうす」


 敵?敵だと?一体、どこに敵がいるのかと思う氏家である。だが、勝家(かついえ)殿が言うことだ。あながち間違いないのかもしれない。勝家(かついえ)は刀を帯びていたが、それだけではこと足りぬ量の敵が来るのかと、急に額に冷や汗が浮かび上がる氏家である。


 野営地より北にある少し林の部分から、いきなり、竹やりを手にした民衆が現れる。勝家(かついえ)は思う。今は野営地で夕飯の準備中だ。味方は油断しきっていると言ってよい。今、ここであの民衆から襲われれば甚大な損害を被ることは誰が見ても明らかだ。


 勝家(かついえ)は氏家を置いて、走り出す。そこらにうち捨てられていた槍を数本、拾い集め、1人、その民衆の集団の前へと踊り出る。


「やあやあやあ!そこの民衆ども。どこに行くつもりでもうすか。断りもなく、わが隊の元へは行かせぬでもうす。柴田勝家(しばたかついえ)がお相手するでもうす」


 勝家(かついえ)は、民衆たちに向かって、大声で吼える。


勝家(かついえ)?どこかで聞いたことがある名前だべ」


「もしかして、信長の奴の武将・鬼柴田でないべか?」


「そうだべ、そうだべ。あのいでたちといい、あの鬼のような形相といい、間違いなく鬼柴田だべ!」


 民衆は勝家(かついえ)を見ると、きひっきひっと不気味な笑い声を上げ始める。


「こんなところに1人で織田の武将がいるんだべか。これは顕如(けんにょ)さまの導きに違いないべさ」


「鬼柴田を討ち取れば、おいらたちの勝利は目の前だべ。八つ裂きにして、首級(くび)を信長に送りつけてやるだべ!」


 民衆たちは急に殺気立ち始める。その数、およそ1000。勝家(かついえ)と言えども、苦戦は免れぬ数である。


勝家(かついえ)殿おおおおお。何をひとりで敵の群れの前につっこんでいこうとしているでござるか。死ぬつもりでござるか!」


 氏家がやっと、勝家(かついえ)に追いつき、息をぜえぜえはあはあと吐く。そして、乱れる呼吸を整えながら、目の前の民衆のほうを見やる。


「こ、これほどの数の民衆が、なぜ、こんな(いくさ)場に来ているのでござるか。死体漁りにしては数が多すぎるのでござる!」


 氏家はごくりと生唾を飲みこむ。こいつらは死体漁りを目的とした民衆ではない。一向宗どもであると直観がそう氏家に告げる。


「逃げるのでござる。この数を相手にするのは無理なのでござる。勝家(かついえ)殿、ここは逃げの一手でござる!」


 氏家が勝家(かついえ)にそう呼びかける。だが、勝家(かついえ)は氏家の方を振り向かずに、ぎらぎらとした目つきで一向宗どものほうを見ている。


「氏家殿。ここで我輩らが逃げれば、野営地にいる兵たちは皆、こいつらの奇襲で殺されてしまうのでもうす。殿(との)より預かりし、5000の兵が死に絶えるのでもうす」


「しかし、兵など、また集めればいいのでござる。勝家(かついえ)殿を失うことこそ、織田家にとって多大なる損失でござる!」


 氏家は必死に勝家(かついえ)に退くよう忠告する。だが、勝家(かついえ)にはそんな気はさらさらなかった。今、自分が退けば、目の前の1000は、自分の隊5000を食い破り、必ず、本陣にいる殿(との)の下へと殺到することが目に見えていたからだ。


 勝家(かついえ)は、眼を閉じ、すーすーはー、すーすーはーと呼吸を整える。そして、数秒後、両眼をカッと見開き、手に持った槍を目の前の一向宗どもに、目にもとまらぬ速さで、投げつけるのであった。


 驚いたのは一向宗どもである。投げられた槍の威力はすさまじく、3人を串刺しにする。


「ひ、ひいっ!なんだ、あの化け物は。槍の投てきで3人もの人間が串刺しになるなんて聞いたことが無いんだべ!」


「ええい、敵はたった2人なんだべさ。何を怖気づいてるんだば。囲んでしまえば終わりがば!」


 一向宗どもはじりじりと勝家(かついえ)、氏家を囲むように扇状に展開していく。その広がりを牽制するかのように、勝家(かついえ)が槍を左右にぶん投げる。またしても、勝家(かついえ)の投げた槍に2,3人が串刺しとなり、さすがの一向宗どもにも狼狽の色が顔に出るのであった。


「ほおれ。お前たちは織田家の将の首級(くび)がほしくないでもうすか?まあ、無料(ただ)でゆずる気はないでもうすが、ざっと500人の命とは引き換えにしてもらうでもうす!」


勝家(かついえ)殿、何を言っているでござるか。あなたはここで500と引き換えに命を落としていい将ではござらぬぞ!」


 氏家の言いに勝家(かついえ)がふむと息をつく。


「そうであったでもうす。昨年は森殿は約2万5千の兵を相手に1週間耐えたでもうすな。ガハハッ、我輩がたった1000ごときの雑兵に討ち取られては森殿にあの世で叱られてしまうでもうす」


 勝家(かついえ)の言いに、うむむと唸る氏家である。こうなっては、てこでも動かないのは勝家(かついえ)の副将を務めていたからこそわかる。ならば、自分にできることはただ一つ。


「わかったでござる。自分も勝家(かついえ)殿に付き合うでござる。共に森殿にあの世で叱られようではないか」


「うん?氏家殿は死ぬつもりでもうすか?おぬしだけでも逃げてくれて構わぬでもうすよ?」

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