ー千客万来の章14- 皆の幸せ
幾度かの口吸いのあと、二人は、着物をお互いに脱がし始めた。佐久間信盛の身体にはいくつもの刀や槍による傷がついている。対して、小春は折檻による青あざがところどころにある。
「あんましきれいな身体じゃなくてごめんよ」
小春は青あざを隠すように手で、自分の身体を撫でる。そんなことはねえよと、信盛は言う。
「俺だって、刀や槍による傷だらけの身体だ。お互いさまじゃねえか」
信盛は小春の手を取り、自分の腕の古傷に指を這わせる。指先がかすかに震えているのを感じる。
「あんたのは名誉の傷さ。誇りに思うべき傷だ」
お互いの顔がまた近づき、お互いの唇をついばむように、口吸いを行う。信盛は、小春の身体の青あざをさわるかさわらないかのタッチでなぞる。小春は痛いようなかゆいような、なんとも言えない感覚にさいなまれる。
「やめておくれよ。傷にさわるのは」
「俺はこの傷が好きだぜ。運命に抗った傷だ」
小春は、うと、んを口にする。小春の吐息が熱のこもったものに変わっていく。もう1度、信盛は小春にキスをした。
明けて、9月21日 今日は合婚の最終日。合同結婚式の日である。最終的には、600人中、250組を超えるカップルが誕生した。初の試みとしては大成功と言って過言はないだろう。
「拙者、やっと彼女ができたでもうす!」
「料理が趣味の彼女ができたでもうす!」
「一人称が僕の彼女ができたでもうす!」
「僕とおしゃべりしてくれる彼女ができたでもうす!」
佐々成政と梅はその一団を遠目で見つつ
「ん…。あいつら、彼女ができたのか、よかったよかった」
「運命のひとは、かならずいるんだよ、わかった?なっちゃん!」
「ん…。俺も梅ちゃんと結ばれた。運命の人だ」
「そうだよ、なっちゃん!時間かかったけど、運命の人にきづけたね、えらいえらい!」
佐々は思う。もしも、この合婚がなければ、梅への想いに気付けたのかどうか。自分は朴念仁だ。無口で愛想がない。でも昔から変わらず、梅ちゃんは接してくれた。信長さま、ありがとうございます。
「もう最終日すか。香っちは、たくさん美味しいものたべたすか?俺っちの給料じゃまだまだ、毎日ご馳走とはいかないすからね」
「香は、そんなに食いしん坊じゃないと言いたいと思います!一益さんといっしょに食べるからおいしいんだと思います!」
こちらは、滝川一益と香の二人組だ。香は、ほっぺたを膨らませ抗議する。まあ、そこがまたかわいいすけどね、と一益は、香の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「香っちと、これからいっしょに、毎日ご飯を食べたいすね」
「腕によりをかけて、おいしいものを作ってあげたいと思います!幸せ太りさせてあげたいと思います!」
一益は、それは楽しみだなあと思う。ずけずけと胸の内を明かせるそんな香に出会えた。立て札を見たとき、最初は突拍子もない企画だなと思っていた。でも、北伊勢を飛び出し、尾張にやってくる気分にさせてくれた。この合婚には感謝するっす。
千代と山内一豊は、2人が出会った記念にと、津島の町の似顔絵屋に執筆依頼を出しに行っていた。似顔絵屋は厚手の紙に、木炭の先を尖らせたもので、紙の上をなぞり、当たりをつけていく。さすがは職人だ。みるみると二人の輪郭が出来上がっていく。
「本当なら、午後からの合同結婚式は、白無垢姿で出席したかったのでーす」
「そこは、後日、正式な挙式を行うんで我慢してください。千代殿」
千代は思う。まさか、こんな強引ぐマイウェイの私に、彼氏ができるなんておもっていなかった。そのため、花嫁衣裳なんて準備しているわけがない。少し頼りないところがあるけど、そこは私が引っ張っていけばいいかと思うのでーす。
「どうかしました?千代殿」
「ん、なんでもないのでーす。ただ、幸せだなーと思っていたのでーす」
正午になり、会場に信盛と小春がやってきた。二人は手を結んで歩いている。
「やれやれ、なんとか間に合ったか。つい寝坊しちまったからなあ」
「あ、あんたが、がっつくからでしょ!」
「そうは言ってもよ。小春がきれいだったからよお」
「ば、馬鹿。こんなところで何言ってんだい!」
小春は耳まで赤くする。信盛は信盛でいつも以上にだらしない顔をしている。まさか、憎まれ口から始まった仲が1週間もたたずにこんなことになろうかとは、小春には想像もつかなかった。
「あ、あんたはさ。い、いつから、わたしのことを気にいってたんだい?」
「気にいる、気にいらないって話なら、出会った最初から、気にはいってたさ」
「へっへ?そ、そうなの?でも、あたし、あんたにひどいことばっかり言ってたよ?」
「お前のこと、好きだって気付いたのはもうちょっとあとだったけどなあ」
「ふ、ふーん、そうなんだ。そうなんだ、えへへっ」
信盛のだらしない顔につられてか、小春もつい、だらしない顔になっていく。未だに自分が幸せになれたのが不思議でたまらない。昔、親に聞いた、灰被り姫に出てくる王子さまとは似ても似つかぬ、だらしないやつだ。だいたい、馬じゃなくて、おんぶだったしな。
でも、幸せを運んできてくれた、運命の王子さまには変わらない。わたしは彼の側で精一杯、幸せになっていこう、そう小春は心に誓ったのだった。
舞台の壇上には、司会の木下秀吉、総括の村井貞勝、企画提案の織田信長、そして吉乃が立っていた。
「あ、あの。では、これから、こ、今、合婚の最後の企画になります、ご、合同結婚式を執り行いたいと思います」
秀吉が一歩さがり、貞勝が代わりに、一歩前へ出る。
「うっほん!このたび、めでたく良縁を組まれた方々、まずは、おめでとうなのじゃ!この式のあとには、清州の家族用長屋に移り住んでもらうのじゃ。もちろん、続けて婚姻活動をしたいもの、移住をしたいものも、清州の方に来てもらい、独身用長屋に移ってもらうのじゃ」
貞勝は、2拍ほどおいて、息を吸い
「では、式を始めるのじゃ!まずは、織田信長さまより、お言葉を頂戴するのじゃ」
貞勝は、一歩下がる。そして、壇上の前方に、信長は隣に吉乃を連れて出る。信長は開口し、会場の皆に告げる
「みんな、楽しめたかな?素敵な彼氏や彼女はできたかい?」
会場の皆は、おおおの叫び声や、ありがとう信長さまーや、俺にも彼女ができたと言った声を上げる
「今回、できなかった人もあきらめずに婚姻活動を続けてほしいと思います」
絶対、いいひと見つけてやるんさねぇ!と女性のたくましい声があがる
「男子諸君。きみたちは兵士だ。いつ命の危険に会うかはわからない。でもね、それと同時に、いつ素敵な出会いに会うかもわからなかったはずだよ。しっかり、女性たちを守るんだ」
おうよ、まかせとけーーー!と会場から声が飛ぶ。
「女子諸君。出会えた素敵な彼らをぜひ、支えてあげてほしい。時には尻を蹴飛ばし、戦う勇気を与えてやってほしい」
信長さま、まかせてけんろー!と聞こえてくる
「ワシも素敵な彼女に出会えました。彼女のためにも、もっとこの尾張を住みよい土地に変えていくことを皆に誓いましょう」
信じてるぜ、信長さまー!だれかがそう叫ぶ
吉乃が信長よりさらに前に出て、叫ぶ
「織田家のみなさまあ!そして会場の女性の方がたあ!信長さまはあ!」
めいいっぱい叫ぶ
「すっごいことを実現しようとなさってます!この乱世を終わらせようとしています!」
はりさけんばかりに叫ぶ
「命を懸ける兵士の皆様がたあ!これから戦いはもっと激しくなっていくでしょう!それでも信長さまは平和のために戦います!」
声に想いを乗せて叫ぶ
「兵士の彼女さま方あ。あなた方の彼氏たちを信長さまが借り出すことをどうかご容赦ください!」
声に魂を乗せて叫ぶ
「でも、信長さまは決して後悔はさせません!乱世を終わらせるために、みなさん、力を貸してください!」
吉乃は皆に深々と頭を下げる。会場は、静けさから段々、騒々しいものに変わっていく。
男や女は、おおおと雄たけびを上げる。ずんずんと足を踏み鳴らす。その音はやがてリズムを作り出し、声は歌を奏でだす。
「我ら、織田家を支える一兵士なり」
「わたしたちは、一兵士を支える、おんななり」
「我ら一丸となりて、信長さまを支えるものなり」
「我ら一丸となりて、天下をおさめるものなり」
「我ら一丸となりて、ひのもとの国を平和に導くものなり」
おおおと、叫び声は続く。その声は大きく響き渡り、各国へ伝わっていく。各国から下級兵士や、それを支える女たちは、信長の合婚の施策を聞きつけ、ここ尾張に集結するだろう。
織田の戦が、まつりごとが、兵士たちが、女たちがそれぞれの役割を果たそうと、ある一点に集中していく。そのエネルギーは、うねりと化し収束し一本の楔となっていく。乱世を穿つため、天下を穿つため、信長たちの挑戦は続いていく。