ー一向の章 6- 第1次長島攻め
2月に長島攻めを計画していた信長であったが、なんと、顕如から和議の申し出があり、長島攻めの機会を失うことになる。
「え?殿。顕如から和議の申し出が来たって本当?じゃあ、もう、あの頭のおかしな連中とは戦わずに済むんだ、やったぜ!」
「何を浮かれているんですか、のぶもりもりは。まあ、先生としても、無駄に血を流し合うのは嫌ですからね。この和議は受け入れることにしましょうか」
信長は顕如からの和議の申し出にうさん臭さを感じたが、向こうからの申し出である故、これをすんなりと受け入れるとこになる。
「じゃあ、しばらく織田家は安泰ってことか。せっかく戦の準備をしていたのに残念この上ないぜ」
「そう楽観できればいいんですけどね。さて、今の内に、二条の城などの防備を整えておきますか。丹羽くんをこき使ってしまうことになりますが、仕方ありませんね」
そして、念のためではあるが、南近江や京の都、そして大坂は摂津の地の城の防御力を上げることに専念することとなる。この時点で、優勢であるはずの顕如からの和議を信長は完全には信用していなかったからだ。
その信長の予感は的中した。
5月に入り、対信長包囲網の勢力で動いたのは、浅井領である北近江の地に住む、一向宗に扇動された民たちであった。彼らは昨年の姉川の戦いにおいて、織田軍に村々を焼き払われ、家族を失ったものも多い。その恨みを晴らさんとばかりに、秀吉が守る横山城へと攻め上がってきたのである。
なんと、自分から和議を唱えながら、顕如は何食わぬ顔でその和議を自分から破ることになる。
「おい、やべえぞ、秀吉さま。敵の勢いが半端ねえ!」
「これは今回ばかりは僕たちの最後かも知れないぶひいねえ。彦助、嫁さんにはちゃんと別れは伝えてきたぶひいか?」
「オウ。弥助もこんなことになるなら、もっと、肉をお腹いっぱいに食べておけばよかったのデス。彦助さん、弥助の代わりに、一向宗どもに嬲り殺しにされてきてクダサイ」
「そんなこと言ってる場合やおまへんで!もっと、火薬と弾をもってくるでやんす」
「あれ、四さんって、鉄砲を扱うのが上手い、ですね?いつの間に練習していたん、ですか?」
「わいは四十八の寝技と、五十二の隠された得意技を持っていると言ったことがあるやで?鉄砲もそのうちのひとつや!」
横山城は5000の蜂起した民たちに囲まれたが、事前に信長が秀吉に200の鉄砲隊を配備していたことが功を奏したのである。秀吉たちは塀に設置された鉄砲銃眼や、鉄砲・櫓から次々と発砲する。鉄砲の弾は群がる民たちに当たり、その勢いを多少はくじくことに成功するのであった。
横山城からの急報を聞きつけた信長は激怒する。それは当然だ。顕如からの和議であるため、これは完全なる約定破りであり、奇襲であったからだ。
「やっぱりと言えば、やっぱりですね。そこのきみ、急いで丹羽くんを横山城に救援へ行くよう言付けをお願いします!」
信長が伝令を飛ばしてから数日後には、佐和山城からの丹羽の援軍も駆けつけ、からくも、横山城は落城の危機から免れるのであった。
「ふう。横山城はなんとか守りきれたようだぜ、殿。で、これからどうするんだ?一向宗どもに報復をしに行くのか?」
「もちろんです。このまま一向宗を放っておけば、織田家との約定は守らなくていいと宣伝するようなものです。さあ、気張って皆殺しにしましょうか!」
「うへえええ。殿が殺す気まんまんだわ。これは、一向宗どのために念仏でも唱えておくか、なんまんだぶ、なんまんだぶ」
この一向宗の蜂起に怒りと危険を感じた信長は5月12日、久方ぶりの軍事行動を起こす。浅井・朝倉との停戦のほうは未だ効いており、今の内に一向宗どもに奪われた伊勢は長島の地を取り戻し、さらに凄惨に殺しつくし、少しでも一向宗たちに恐怖を植え付けようと画策するのであった。
「へへっ。一番乗りは赤母衣衆が筆頭・前田利家ッス。お前ら、全員、殺せッス!」
「ん…。利家に一番槍を取られた。まあ、いいか。鉄砲隊、味方に当てないよう、利家の隊を援護せよ」
利家と佐々はそれぞれ2000を率いて、長島の周りの支城を攻める。その勢いは怒涛の如しで、他の将たちの出番はないものかと思えたのである。
「ガハハッ!利家と佐々の奴らめ。たぎっておるでもうすな。これでは我輩の取り分が無くなってしまうでもうす」
「まあ、いいじゃねえか、たまには若い衆に任せるって言うのも。俺たちは楽できて、結構けっこう」
利家と佐々の後詰を担当する勝家と信盛である。長島の本城から敵が来ないように牽制もする体勢だ。
「のぶもりもり、少しは緊張感を持ってくださいよ。一向宗どもは油断できる相手ではありませんよ?ああ、こんなことなら、信盛くんを先鋒にすれば良かったですねえ」
信盛の戦に対する態度に文句を言う信長である。
「だってよお。俺の隊は新人を抱えてんだ。あんな化け物のような戦い方をする一向宗どもを相手にしてたら、たった1戦で使い物にならなくなっちまうぜ」
信盛の文句に信長がはあやれやれと言った表情を作る。
「まあ、仕方ありませんね。新人くんたちには、この異様な戦いぶりをしっかり見せておくほうが先決ですか。のぶもりもりのところは、もう少し、陣を前に構えてもらえますか?利家くんと佐々くんの戦いぶりをじっくり見れる位置に移動してください」
「あいよ。おい、お前ら、陣を移動させるぞ。ああん?前に出るのは怖いだと?心配するな。あくまで中詰めとして、利家と佐々隊の援護に行くんだ。お前ら、戦の空気にまず慣れろ」
信盛は自分の隊の新人たちにはっぱをかける。よく見れば、身震いしている奴らもいる。さもありなん。こいつらは去年の戦いで損害を被った織田家の兵たちの補充に雇われた者たちも多いからだ。
信盛は一考する。こいつらにはまず、勝利の味を覚えさせねばならないと。勝利の味は極上の酒の味に似ている。まずはこいつらを酔わせようと。
信盛の隊は前進を開始する。先鋒に利家、佐々。中詰めに信盛、そして後詰に勝家、信長本隊と言う形だ。
「ん?信盛さまの隊が前進してきたッスね?俺らと交代するつもりッスか?」
「ん…。違うと思う。きっと、信盛さまの隊にこの戦を見せるためだと思う。あのひとの隊は新人が多いから」
「そうッスか。今頃、手柄を分けてくれってことで来たわけじゃないッスね。それなら安心ッス。おい、赤母衣衆の戦いぶりを新人たちに見せつけてやるッス。休憩は、そろそろ終わりにして、一気に城を落とすッスよ!」
「ん…。利家、もう行くの?どうせ、もう日が落ちる。明日の朝からにした方がいい」
「くああああ。忘れていたッス。こんな時間から城攻めをしても、落とせなかったら、ただの骨折り損のくたびれ儲けッス。しょうがないッス。野営の準備に入るッス。くれぐれも、奇襲をされないように気をつけるッスよ!」
利家、佐々は日暮れも近づくこともあり、一気に城を落とすことは止め、一旦、兵たちに野営の設営に入らせる。長島は木曽川支流に囲まれた土地であり、難なく落とせるわけでもない。
明けて明朝、利家と佐々は支城攻めを再開する。
「ちっ、なかなかに抵抗が厳しいッスね。こりゃ、夕暮れぐらいまで時間がかかりそうッス。あんまりもたもたしていたいわけでもないッスけど」
「ん…。城を落とすのは時間との勝負。昼過ぎまでには決着をつけよう」
利家と佐々は目の前の支城にかかり切りとなる。一向宗どもは矢の雨を降らせ、中々に織田軍の取りつきをさせてはくれない。
「うーん、利家と佐々でも、苦戦しているみたいだなあ。よっし、虎の子、衝車隊を出すか。おい、お前ら、衝車をつぶされないようにきっちり護衛しろ!」
信盛は中々に落とせぬ支城に向けて、衝車隊を利家と佐々に貸与することを決める。衝車とは、お寺の鐘をつくためのあの長くて太い棒を思い浮かべてもらえば良い。その巨大化したものがいわゆる衝車である。
衝車の歴史は古い。ヨーロッパではローマ帝国の時代から使われていたものである。固い城門を破るには必須と言って過言ではなく、屋根付きの物など、色々なものがる。
ひのもとの国では、屋根をつけたものはほとんどなく、矢盾隊が周囲を固めて使うのであった。
衝車の導入により、支城の城門は破壊され、利家と佐々隊は一気に城内へと攻め込むのであった。
「おらおら、よくも粘ってくれたッスね。褒美は極楽往生ッス。好きなだけ、念仏を唱えて逝くが良いッス!」
「ん…。抜刀許可を与える。城の者たちを皆殺しにしろ!」
利家も佐々も、自ら手に槍や刀を持ち、城内に残る一向宗どもを殺戮していく。彼らの進んだ後に残るのは、一向宗どもの亡骸のみであった。
「ふう。3日で支城がやっと1つ落ちたってわけかあ。こりゃあ、たまったもんじゃねえな。何せ、敵さん、包囲をしたところで、降る気はまったく無いみたいだなあ。ひとつひとつ、殲滅していくしかねえのか、こりゃあ?」
「うーん、困りましたねえ。少し一向宗どもの戦力を軽く見積もりすぎました。今、出している倍の人数は割かないと、これは長島の本城は落とせそうにありませんね」
「ガハハッ。殿、ならば、一旦、兵を退かせるでもうすか?このまま、攻めても、いたずらにこちらが損害を被るだけでもうす」