ー一向の章 5- 火縄銃の事情
「赤母衣衆のほうは、一向宗との戦いで馬をやられた奴らがいくらかいるッス。信長さま、馬商人を呼んでほしいッス」
「馬ですかあ。でも、織田家って、鉄砲を使うから、馬もその音に慣れてもらうために訓練させるじゃないですか?1か月後にまで、準備できますか?」
「うーん、それを言われると、厳しいとこッスね。最悪、間に合わなかったら、そいつらには徒歩で戦ってもらうッスか。機動力が少し落ちるかもしれないッスけど、音に慣れない馬になんて乗れたもんじゃないッスからね」
「では、最初から間に合わないものと思って、調整をお願いします。利家くんと佐々くんには、将来的には鉄砲隊を500ずつ、任せますんで、鉄砲の訓練のほうを重要視してください」
「ん…。鉄砲を500も配備していいの?それなら、戦い方を見直さないといけない」
「ふむ、殿の考えでは、黒母衣衆の中でも、佐々を鉄砲奉行に任命するのであるな?佐々、名誉なことだぞ、もっと、喜べ」
「ん…。河尻さま。自分は専属鉄砲隊になるってことですね。信長さま、自分を抜擢してくれて、ありがとうございます」
佐々の言いに信長がうんうんと頷く。
「さて、もう1000ほど、鉄砲がありますが、その半分は畿内の各城に配備するとしましょうか。光秀くん200、秀吉くん200、そして丹羽くん200と言ったところですね」
「わ、私も鉄砲隊を配備していいん、ですか?城の防御に鉄砲は強力な兵器となり、ます。ありがたく、頂戴いたします!」
「ふひっ。鉄砲200も譲ってもらえるなら、宇佐山城は難攻不落の城に生まれ変わるのでございます。1丁たりとも、無駄にせず、使い潰してみせるのでございます」
「らんらららーん。丹羽ちゃん、鉄砲で新しい戦術をぷろでゅーすするのです。佐和山城の城の塀に穴を開けて、そこから、敵を撃つことができるようにするのです」
丹羽の言いに信長が関心を寄せる。
「おや?それは面白そうな発想ですね?城から撃つのではなく、その塀に穴を開け、そこから撃ちおろすというわけですか」
「その通りなのです。あと櫓を鉄砲・櫓に変えるのです。城の塀と塀をつなぎ目であるところが城壁の弱点なのです。そこに櫓を置く城が多いんですが、そこから鉄砲を撃てるように改造するのです」
信長はふむふむと頷き、丹羽の話を聞く。
「鉄砲・櫓は屋根がついているから、雨の日なども鉄砲を撃ちたい放題なのです。あと、塀の内側にも、簡単な板張りをしても雨を防げていいかもなのです」
「なるほど、なるほど。鉄砲が雨の日に使えないと言う常識を打ち破る、良い案ですね。各城にも同じような設備を整えましょうか。丹羽くん。佐和山城でそれらを設置したら、各城に設計図を送ってもらえますか?そうすれば、織田家の城の防御力が飛躍的に上昇します」
「わかったなのです。佐和山城で試行錯誤してみるのです。うまくいったものを図面に書き起こして、信長さまに送るので、期待してほしいのです」
さすがは丹羽である。鉄砲を効率良く運用するために、彼なりに色々と考えていたようだ。
「利家くん、佐々くん。きみたちは野戦で鉄砲をうまく使う案を考えてみてください」
「野戦で鉄砲をッスか?ううん。あっそうだ。城を囲んだあとに、その周りに物見台を立てたらいいんじゃないッスか?」
「ん?物見台ですか?そんなもの作ってどうするつもりです?」
「その物見台に屋根をつけるッス。そうすれば、野外戦でも雨が降ろうが鉄砲を撃ち込めるようになると思うッスよ」
「なるほど、なるほど。丹羽くんの言っていたことの応用ですね?櫓は城のみのものと思っていたところを野外に設置するわけですか。利家くんにしては良い案を考え付いたものですね」
「へへへっ。たまには俺も頭を使えるところを証明できたッス」
「ん…。鉄砲・櫓の高さを調整すれば、敵の城の塀に邪魔されずに直接、城内に鉄砲の弾を届けられる。でも、櫓は動かせないから、城からの逆襲が怖そう」
佐々が野外における、鉄砲・櫓についての有用性と危険性を言う。
「そこは、鉄砲・櫓を立てるなら、反撃されないように、完全包囲をすることが必須ということろでしょうね。あと櫓では5,6人程度しか上に乗れないでしょうから、設置するなら、10とかそれくらいの数の鉄砲・櫓が必要になるといったところでしょうかね」
「うーん。自分で案を言ってみたものの、なかなか、野外に鉄砲・櫓を配備するのは条件が厳しいッスね」
「でも、案自体は素晴らしいものですよ?鉄砲の射程距離から考えれば、向こうの矢による反撃を受けなくて済む位置から一方的にこちらは撃ち込めますかますからね。条件が整うように戦を運べばいいのです。そこは先生の腕の見せ所となるでしょうね」
鉄砲の運用において、雨は大敵だ。雨が降れば、火縄の火は消え、火薬も湿る。それをどうクリアしていくかが、織田家にとっては課題だったのである。
「そういえば、鉄砲で思い出しましたけど、国友の村の鍛冶衆たちは無事ですか?彼らには鉄砲量産を頼んでいたのですが、一向宗どもに村を襲われましたよね?秀吉くん、丹羽くん、その辺りの事情については知りませんか?」
「鍛冶衆たちは無事なのですが、鍛冶場を破壊されてしまったよう、です。再建には半年か1年ほどかかると言って、ました」
信長の問いに秀吉がそう答える。
「鍛冶場の再建ですか、うーん、丹羽ちゃんが佐和山城を守るついでに、もっと大きな鍛冶場を作るのです」
「それがいいかも知れませんね。では、丹羽くん。国友の鍛冶屋だけでなく、生活基盤の再建をお願いしますねって、あっ!義昭の屋敷も壊れていましたね。うーん、曲直瀬くんの薬も用法をちゃんと守らないといけません」
「わんちゃんが住める程度の小屋でいいんじゃないです?丹羽ちゃん、京の都まで行くのがめんどくさいのです」
「そうは言いますけど、先生たちの神輿ですからね。御輿を収める社は立派なものでなければいけません。そうですね、設計図だけでも作成してくれますか?それを京の都の前田玄以くんに託しましょう。彼なら、設計図さえあれば、十二分にやりとげてくれるでしょう」
信長の言いに丹羽が、仕事が増えて、面倒くさいと言った表情を作る。
「わかりましたのです。信長さまの命なら仕方ないのです。前のものよりは立派な御殿の設計図を作るのです」
まあ、面倒とは思っていても、城や屋敷の設計をするのは、丹羽にとっては趣味に近いものがあり、彼は快諾するのであった。
「ガハハッ。我輩が自由の身であれば、義昭の屋敷も、国友の村の再建も手伝ってやれるのに、残念でもうす。戦働きはもちろん好きであるが、普請も存外、楽しいでもうすからなあ」
勝家が屋敷の再建に携われずに少々、残念な心向きである。勝家には夢がある。このひのもとの国が平和になったときに、全国各地で大工仕事をして、民たちが喜ぶことをしたいと言うものであった。
「まだまだ、このひのもとの国に平和が訪れるのは先でもうすなあ。楽には隠居生活をさせてもらえぬでもうすか」
「勝家くんには残念な話ですが、昨年、起きた包囲網は周辺国を巻き込み、拡大する危険性もはらんでいますからね。東は家康くんに信玄くんが居ますから、完全包囲と言うわけではないですが、畿内より西は、はてさてどうなることやら」
信長はそう言い、手にもつ湯飲みに注がれた酒をごくごくと飲み干す。
「ぷはあ。久方ぶりの濁り酒は美味しいですねえ。昨年はずっと、戦続きでお酒を飲む機会すら、ほとんどありませんでしたし。そろそろ勝利の美酒を浴びたい気持ちですよ」
「そうッスね。俺ものんびり酒席を楽しみたいッス。ああ、この正月の宴会が終わったら、またしばらく、楽しみもなく、戦続きになるんッスねえ」
「なあ、殿。味方をもっと増やせないものなのか?例えば、丹波の波多野とか、播磨の別所、赤松とかさ。あいつら、殿の上洛命令に従って、将軍には謁見してきたじゃん?あそこと組めば、包囲網を崩せるんじゃねえの?」
信盛が信長にそう問いかける。
「うーん?どうでしょうねえ。波多野くんとこは言うことを聞いてくれそうですけど、地理的に京の北西を守ってもらう以外には役には立たないでしょうし。あと、播磨の地は、豪族たちも合せると、その数10くらいで土地を奪い合っている現状なのですよね。だから、播磨からの援軍は見込めないと思っています」
「ふーん。じゃあ、結局は京の都を守るのは、織田家でやらなきゃならないわけか。結局、楽はできないってところかあ」
「天下取りを目指してきたのです。楽なことなんて一度もなかったじゃないですか、のぶもりもり。まあ、長政くんの裏切りはさすがに想定外でしたけどね。今までの構想がすべてパアになりかけですよ。まったく、やってくれたものです」
「長政さまのことはどうする気でございますか?早急に手を打たねば、織田家の威信は地に堕ちてしまうのでございます」
光秀が信長に聞く。信長は、ふむと息をつき、手酌で自分の湯飲みに酒を注ぎながら
「まあ、降ると言うのなら、北近江の地を取り上げて、一兵士として、織田家で飼うのも悪くはない手ですかね。長政くんがどう思おうが、彼の器量は人並み以上ですから、命を取るのは惜しい気がします」
「長政さまは、果たして、降る気はあるのでございますか?殿より天下を奪おうとの心意気での挙兵だと思うのでございます。あまり甘い対応はいけないのかと思うのでございます」
光秀がめずらしく信長に対して諫言をする。彼の眼はするどく光り、裏切り者には制裁をと言わんばかりである。
「降らぬと言うのならば、その時はその時です。彼の命で裏切りの代価を支払ってもらいましょう」
「ふひっ。言質を取ったのでございます。信長さまはお優しい方でございます。もし、長政さまの命を取れぬとあらば、僕が、長政さまを打ち首にするのでございます」
光秀の言葉は真剣そのものであった。天下を狙いながらも、優しさを心に抱いたままである殿に危険さを感じるからであったからだ。