表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
206/415

ー大乱の章10- 信長と貞勝(さだかつ)の勝負

「おっほん。将軍さま。仲が良いのは結構ですけど、今はそのいちもつを起たせる前にやってほしいことがあるのですよ」


 義昭よしあきは慌てて、自分のいきり立つ愚息を両手で隠そうとする。


「ちょ、ちょっと、待ってくれでおじゃる?おさまりがつかなくなってしまったのでおじゃる。もう1戦。もう1戦、終わるまで仕事の話は勘弁してほしいのでおじゃる?」


 義昭よしあきがバツの悪いといった顔で信長に懇願する。信長は、はあああと長いため息をつき


「わかりました。待ちましょう。1時間ですか30分ですか?あ、3分でいけますよね?」


「3分はさすがに無理なのでおじゃる!30分。30分ほしいのでおじゃる。それですっきりさわやか仕事をするのでおじゃる。な、な?」


「ええ?30分だけなのお?私は義昭よしあきちゃんと1時間でも2時間でも楽しみたいのにい」


 お竹の言いに信長がギロリと視線を飛ばす。その威圧にお竹は、びくりと心臓が飛び出そうになる気がするのであった。


「す、すいません、信長さま。30分で我慢します」


 消え入りそうな声で返す、お竹である。


御父おんちち・信長殿!お竹ちゃんを睨みつけるのは、やめるのでおじゃる。ああ、お竹ちゃん、怖くなかったかのでおじゃる?」


「ふえええん。信長さまが怒ってるう。義昭よしあきちゃん、慰めて?」


「よしよし、お竹ちゃん、怖いの怖いの、飛んでいけ!なのでおじゃる。さあ、笑顔になるでおじゃるよ?」


 お竹は義昭よしあきに慰められたのが嬉しいのか、泣きそうな顔から、再び、笑みを顔中に浮かべるのであった。


「えへへ。義昭よしあきちゃんが優しいから、元気でてきた!さあ、時間もないことだし、続きしよ?」


 お竹はねだるような顔つきで、義昭よしあきの瞳を見つめ、義昭よしあきもまた、お竹の瞳を見つめ返すのであった。


「うっほん。ああ、では、先生は30分後にまた来ますので、ちゃっちゃと済ませてくださいね?時間延長は認めませんので、30分以内に出すだけ出しておいてください?」


 そう言うと、信長は一旦、義昭よしあきの寝室から退出することになる。その後ろ姿を確認した義昭よしあきとお竹は、何事もなかったかのように、また、布団の中に潜り込み、互いの身体の隅々の感触を確かめあうのである。


「やれやれ、馬鹿将軍には困ったものですよ。誰ですか?あんなふうに育てたのは?」


「うっほん。それは殿とのの教育のおかげというか、そのようにしろと、わしらに命じたからなのじゃ。しかし、殿とのが大変だと言うのに、あの馬鹿ときたら、全くもって理解してないようで、逆に器のでかさに感心してしまうのじゃ」


「まあ、おかげで少し頭が冷えました。怒り心頭のまま、義昭よしあきに頼み事をしていたら、もしもの場合、斬り捨てていた可能性もありますからね」


 やはり、もしもの場合であれば、そう考えていたのかじゃと思う貞勝さだかつである。義昭よしあきが心底、腑抜けに成り代わっていたことに、今では感謝の念を感じずにはいられないとさえ思えてしまう。


「さて、事は急いては仕損じると言いますし、30分ほど時間を潰しましょうか?貞勝さだかつくん、久しぶりに、将棋か囲碁を楽しみませんか?」


「ほう。殿とのから言い出すとは珍しいこともあったものなのじゃ。どうせなら、何かを賭けたほうがいいのではないのかじゃ?」


「そうですね。では、負けたほうは獅子屋の羊かんを店先にまで並んで買ってくるって言うのは、どうでしょう?この寒空の中、行列に並ぶのは身に応えるでしょうからね?」


 信長が、ふふっふふっと悪い笑顔を浮かべて、貞勝さだかつに言う。


殿との独自の特殊ルールは一切、禁じさせてもらうのじゃ」


「ほう、言いますね?貞勝さだかつくんはどうやら、本気で先生に勝つつもりなんですね?」


「もちろんじゃ。さて、将棋か囲碁か、好きなほうを殿とのが選んでくれなのじゃ。なんなら、飛車・角抜きでもかまわんのじゃ?」


「ほっほおおお!言ってくれますねえ。では、将棋といきましょうか?もちろん、飛車・角抜きなんてしなくていいですよ?その代り、貞勝さだかつくんの玉以外の駒全て、奪わせてもらいますからね?」


「無理はしないほうが禁物なのじゃ?特殊ルールのない殿とのなど、殿とのでは無いのじゃ。逆にこちらが殿とのの王以外の駒全てを奪ってみせるのじゃ?」


 信長と貞勝さだかつは、火花が飛び散るのかと錯覚させるほどに視線を交差させる。


 信長は義昭よしあきの側付きのものに、将棋盤と駒を持ってくるよう、指示し、2人は義昭よしあきの寝室の襖の前でどかっと座り込む。慌てた側付きは、すぐさま、将棋盤と駒を用意し、座る2人の間に、おそるおそる置く。


「さあ、真剣勝負の始まりです。厠に行くなら、今のうちに済ませてくださいね?」


「うっほん。それなら先ほど、済ませておいたのじゃ。さあ、時間もないことなのじゃ。さっさと勝負を始めるのじゃ!」


 信長と貞勝(さだかつ)がそれぞれ、将棋盤に自分の手駒を並べていく。信長が王将を並べれば、対するよに貞勝(さだかつ)が玉を並べる。そして、全ての手駒を並べ終えたあと


「よろしくおねがいします」


「こちらこそおねがいしますのじゃ」


 2人は礼をする。真剣勝負が今、始まったのだ。信長はまず、角の斜め前の歩を1つ前に出す。対して、貞勝(さだかつ)は銀を動かす。信長はふむと息をつき、自分の銀を動かす。


 お互い、10手ほど差し、貞勝(さだかつ)がほうと息を飲む。自分は守りを固めきったあとに攻めるのが常套手段なのであるが、対して、信長は攻守のバランスを整えていくような配置である。


殿(との)。本気と言う言葉はどうやら、本当のようであるのじゃな。これほどまでに正道な将棋を打つこと自体、珍しい話なのじゃ」


「ふふっふふっ。貞勝(さだかつ)くんは守り一辺倒で玉を固めるつもりですか?所詮、(いくさ)を知らぬものの打ち筋ですね?そんなことでは、先生の王将を取ることはできませんよ?」


 信長の言いに貞勝(さだかつ)はふむと息をつく。そして、右手で持つ扇子の先で頭をぽりぽりとかく。これは殿(との)の誘いであると言うのはわかっている。守りをガチガチに固めるのではなく、正面からぶつかり合おうという、信長のメッセージであった。


 貞勝(さだかつ)は、にやりと笑う。そして、うっほんとひとつ咳払いをし


「その誘い、乗ってやるのじゃ!守りだけがわしの将棋ではないところを見せてやるのじゃ」


 対して、信長は、くくっと笑い


「さあ、楽しい奪い合いの始まりです!互いに盤上で踊ろうではありませんか。今日は勝負がつくまで、寝かせませんからね」


 信長と貞勝(さだかつ)が力強く、バチッバチッと駒を盤上に叩いていく。互いに互いの手を読みつつ、将棋盤の上では多様な配置へと駒を進めていくのであった。


御父(おんちち)・信長殿。お待たせしたのでおじゃる。まろはすっきりさわやかな気分なのでおじゃる。仕事の話をしてくれなのでおじゃる」


 義昭(よしあき)はお竹との情事を済ませ、襖を開き、将棋を指している信長たちに声をかける。だが、信長と貞勝(さだかつ)はぶつぶつと小声で何かを言いながら、自分の駒を進めていた。


御父(おんちち)・信長殿?情事は終わったのでおじゃる。将棋など止めて、仕事の話をしてくれでおじゃる」


 だが、信長は聞き耳持たぬとばかりに、歩を手にもち、バチッと進める。義昭(よしあき)は、うん?と思いながら、さらに信長に声をかける。だが、それでも信長は義昭(よしあき)のほうを見ずに、将棋を止めることはない。


 お竹はそんな信長と貞勝(さだかつ)の真剣な打ち合いを見ながら、これはもしやとばかりに小声で義昭(よしあき)に耳打ちする。


義昭(よしあき)ちゃん。多分、2人は真剣勝負をしているんだよ!ここは邪魔をしちゃダメだよ」


 義昭(よしあき)は返すようにお竹の耳元でささやく。


「そうでおじゃるな。これは邪魔をしてはいけない雰囲気なのでおじゃる」


「勝負が決まるまで、そっとしておこうよ、義昭(よしあき)ちゃん!」


 お竹がそう義昭(よしあき)に耳打ちする。しかし、お竹の言いに義昭(よしあき)はええ?と言う顔付きになる。


「しかしでおじゃる。御父(おんちち)・信長殿は、まろに大事な話をしにきたのでおじゃるよ?約束していた30分はとうに過ぎているのでおじゃる」


 義昭(よしあき)は意外やまじめに時間を守っていたのであった。しかし、お竹は義昭(よしあき)の右手を両手でにぎる。義昭(よしあき)はお竹に手を握られ、ぎょっとした顔になる。


「ちょっと、お竹ちゃん!手が濡れておるのじゃ。どうしたのでおじゃる」


「えへへ。また濡れてきちゃった。だって、考えてみて?2人のお邪魔をしないってことは、また義昭(よしあき)ちゃんに可愛がってもらう時間ができたってことじゃない」


 お竹の手が濡れているのは、自分の身体から流れる女汁を手ですくったからだ。その濡れた手を義昭(よしあき)の右手をつかむことによって、塗りたくっていたのである。


 お竹の眼の光は恍惚の色に代わっていく。そして、吐息もまた熱を帯び、それを義昭(よしあき)の右耳にふうっと吹きかけ、かぷりとその右耳を上唇と下唇で挟み込む。そして、はむはむと力を込めたり、抜いたりする。


 義昭(よしあき)の顔は、とろんとしていく。だが、ここで情念に負けてはいけぬとばかりに、顔をきりりっとさせる。


「お竹ちゃん、やめるのでおじゃる。さきほどの御父(おんちち)・信長殿の様子を見るに、すごく大事な話だとおもうのでおじゃる。ここは情念に押し流されてはいけないのでおじゃる」


「まあ、義昭(よしあき)ちゃんは真面目なのね。そんなの義昭(よしあき)ちゃんらしくないよー?」


 そういうと、お竹はいたずらをしたくなり、右手を自分のふとももとふとももの間に持っていき、ごそごそとまさぐりだす。義昭(よしあき)は、お竹が一体、何をしているのでおじゃる?と不思議そうな顔になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ