ー大乱の章 9- それぞれの事情
11月も10日を過ぎ、半ばにさしかかろうとしていた。秀吉と丹羽は岐阜と南近江の国境沿いに展開する一向宗どもの反乱を磯野員昌と共に駆逐することに成功する。
その報は比叡山に籠る浅井・朝倉と睨み合う、宇佐山城の信長たちを勇気づけるには充分な成果であった。
「さすが、秀吉くんと丹羽くんですね。これで、岐阜から京の都までの経路の安全は確保されました。尾張・岐阜からの兵糧や兵などの輸送もできますね」
立て続けに起きる戦に、信長率いる兵たちも、さすがに疲労の色を濃くしていたのである。しかも、寒さは一段と厳しさを増しており、関ヶ原のほうでは雪も積もり始めていた。
その降雪に困っていた者がもう1人いる。それは、朝倉義景であった。
「長政殿。今年は大雪になりそうで候。このまま、比叡山に籠っていては、我らは越前に帰れなくなってしまうで候」
「義景殿。ここで退かば、京の都を攻め落とすことは不可能になるのだぞ!それだけは断じて、許されないのだぞ」
長政は義景に対して、激怒する。せっかく、比叡山が基地の提供をしてくれているのだ。それに、本願寺顕如からの伝言では、また、三好三人衆を焚き付け、大坂から京の都に攻め入れさせるとの話も聞いている。
ここで、義景に撤退されては、包囲網の一角が崩壊してしまうのだ。なんとしても、義景に残ってもらわねば、長政にとっては困るのである。
「充分、信長を苦しめたので候。ここで、こちらから和議の申し出を出せば、多大なる恩を信長に売れるので候。我らに刃向かうことの恐ろしさは、信長は骨に染みているので候」
「和議など、何を言っているのだぞ!そんなもの出せば、喜ぶのは義兄・信長なのだぞ。気持ちを強くもってくれなのだぞ」
長政は再三、義景に越前に退かぬよう要請をする。それを受けて、渋々であるが、義景は承諾する。
「わかったので候。だが、春になるまでには帰らせていただくので候。さすがに田植えの時期まで戦えとは言わぬで候?」
「それまでには義兄・信長との戦いには決着をつけるのだぞ。義景殿には、このご恩、俺が天下の主になったときには必ず報いさせてもらうのだぞ!」
長政はとりあえず、義景との約束を取り付けることにより、包囲網が崩れぬことに安堵する。
それから3日後、顕如がまたしても、三好三人衆を使い、大坂から京の都へと侵入をはからせる。信長本隊は比叡山の浅井・朝倉の前に釘づけであり、信長は三好三人衆の再起にほとほと困りはてることになる。
「ああ、もう!三好三人衆はいい加減、しつこいですね。だれか、あいつらの首級を取ってきてくださいよ」
「くっそ、どうすんだ、殿?織田家の本隊はここから動けねえぞ。動けば、浅井・朝倉が背後から攻め寄せてくるのは必然だ!」
「京の都の防御は、今、藤孝くんだけでしたよね?」
「そうでもうす。その数5000と言ったところでもうす。しかし、二条の城を包囲するのに2000を使っているゆえ、実際に動かせるのは3000と言ったところでもうす」
勝家がそう、信長に進言する。信長は右手の親指の爪をぎりぎりと噛み、爪の先端部分をぶちっと噛みぬくのであった。
「こと、ここに至っては覚悟を決めねばなりませんね。信盛くん、勝家くん。宇佐山城の防御は任せました。先生は京の都へ行ってきます」
「殿。どうする気だ?まさか、3000の兵を直接、率いて、三好三人衆と相対するつもりか?」
信盛が信長にそう疑問を呈す。
「織田家にはとっておきの切り札があります。しかし、それは諸刃の剣ですがね」
「切り札?そんなもん、織田家のどこに隠しもっていたんだよ?そんな便利なものがあるなら、なんで今まで使ってこなかったんだよ」
「正直、切り札なんて呼べた代物ではありません。博打も博打。失敗すれば、織田家は永遠に京の都から追放されるでしょう」
信長の言いに、信盛がごくりと唾を飲む。それほどまでに、やばい切り札なのかと、冬空の中、額から一筋、汗が流れ出る。
「のぶもりもり。勝家くん。策が成るまで、浅井・朝倉のことは頼みます。先生は必ず、この博打に勝ってみせます」
信長の目には、炎が宿っていた。ここが織田家にとってのターニングポイントであることを承知していたからである。
信長は馬廻り衆を付き従え、宇佐山城から京の都へ雪舞う空の下、馬に乗り駆け抜けていく。
信長が京の都へ着いた後、まずは政務を行う屋敷に飛び込んだ。そこで、貞勝を呼び出すことにする。呼ばれた貞勝は何事かと、信長のいる屋敷に急いで帰ってきたのである。
「殿。どうしたのじゃ?宇佐山城のほうはケリがついたのかじゃ?」
「そんなわけがないでしょう。そんなことより、藤孝くんはどうなっていますか?三好三人衆のここへの侵入は抑えきれていますか?」
「藤孝殿なら、3000の兵を率いて、摂津のほうへと向かわれたのじゃ。だが、数が少ないゆえ、二条の城を包囲している兵2000のうち半分を和田惟政殿に任せて、同じく摂津へと向かってもらったのじゃ」
「惟政くんを使うほど、事態は切迫しているわけですね?わかりました。その英断、うれしく思います。少なくとも2週間は持ちこたえてくれるでしょう。その時間を使って、先生は博打に出ます」
「博打?殿は何をするつもりなのじゃ?この危機を脱する秘策があるのかじゃ?」
貞勝の言いに、信長がひとつ、こくりと首を縦に振る。
「この包囲網を崩す鍵となるのは義昭です。今こそ、その将軍の名が飾りではないことを証明してもらいましょうか」
信長は、ふふっふふっと歪んだ笑みを顔に浮かべる。その姿を見た貞勝の額には猛烈に嫌な汗が噴き出るのを止めることはできないのでいたのであった。
信長は、貞勝を連れ、屋敷から飛び出し、まっすぐ二条の城へと歩いていく。貞勝の脳裏には、もしも、義昭がごねれば、その首級を殿が切り落としてしまうのでないかと内心、冷や冷やものである。
信長は二条の城を包囲する兵たちに挨拶をする。信長のいきなりの来場に兵たちも何事かと思うが、不気味な笑みを浮かべる信長にお勤めご苦労様ですとしか返せずにいたのであった。そして信長は城の門をくぐり、ずかずかと中へと入っていく。
そうとも知らぬ義昭は、合婚で知り合った町娘とイチャイチャしている最中であったりもする。
「お竹ちゃんの山登りは楽しいのでおじゃる。ほおれほおれ、こっちのほうにもぷりんとした小高い山があるのでおじゃる」
「いやん、義昭ちゃん。そこは山じゃなくてお尻でしょお?まったく義昭ちゃんはすけべなんだからあ!」
「おっほっほ。胸の方の山にもお尻のほうの山にも谷間があるでおじゃるなあ。どれ、谷間に向かって冒険しに行こうかなのじゃ」
「もう、義昭ちゃんのえっちいいいい。うふふ。でも、そういうところが可愛いから、つい許しちゃう」
義昭とお竹は広い部屋の真ん中に敷かれた1組の布団の中で、お互い産まれたままの姿で身体を重ね合っていた。外は雪が振り、身体の芯まで冷えそうなほどであったが、2人は身体を打ち付け合うごとに、汗や汁を垂れ流し、2人の隙間を埋めるかのごとく、互いに求め合うのであった。
「お竹ちゃんは、まろが出会った中で一番の女性なのでおじゃる。まろはお竹ちゃんに全てを捧げたくなってしまうのでおじゃる」
「私、義昭ちゃんの子供が欲しい。義昭ちゃん。もっと、私を求めて」
義昭は、お竹の唇をまるでむさぼるかのように、自分の唇を重ねて、あぐあぐと舌を絡ませる。
「ああ、お竹ちゃん、お竹ちゃん、お竹ちゃあああん!」
「お楽しみのようですね?義昭さま」
義昭は今まさに絶頂寸前と言ったところに、突然、声をかけられ、びくうっとなってしまう。そのはずみで義昭の愚息は抜けてしまい、そこで果ててしまう。
「いやん、義昭ちゃん」
お竹は抜けて果ててしまった義昭の愚息を残念そうに見つめる。だが、当の義昭は、すでに自分のほうに顔を向けてはおらず、声がした方を呆けた顔で見つめていた。
「な、な、な、なんなのでおじゃる!御父・信長殿。男女の秘め事を覗くのは、さすがに無礼でおじゃる」
「いやあ、火急の件なので、思わず、寝所に飛び込んでしまいましたよ。しかし、日はまだまだ高いと言うのに将軍さまときたら、お盛んで困りますね?」
「だ、だいたい、二条の城から一歩も出れぬようにしているのは、御父・信長殿ではないかでおじゃる!あんなに兵で囲まれては、猿回しの者も、噺方衆も入ってこれないのでおじゃる!」
義昭は未だに動揺が隠せないのか、しどろもどろな口調で、信長に向かって怒鳴る。だが、信長は気にした体もなく、ずかずかと義昭の近くに寄っていくのである。
お竹は2人のまぐわいを見られていたことに急に恥ずかしさを感じ、掛布団で裸体を隠そうとする。そのため、義昭にも被っていた掛布団がはがされ、まさに、彼は信長に産まれたままの姿をさらすことになるのであった。
「ちょ、ちょっと、お竹ちゃん。その布団まで持っていかれては、まろの身体を隠せるものがなくなってしまうのでおじゃる!」
「いやよ。いくら信長さまと言えども、私の身体を見ていいのは、義昭ちゃんだけだもん!」
お竹は、ぷうとほっぺたを膨らませて、義昭に抗議する。義昭は、その膨れたほっぺたもかわいいでおじゃるなあと、つい、顔がデレデレと崩れてしまう。




