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ー大乱の章 8- 血と不浄

 信長、信盛(のぶもり)貞勝(さだかつ)勝家(かついえ)が長々としゃべっていると、いつの間にやら時刻は、お昼のご飯時期になっていた。


 昼になっても、寒さは一層、厳しさを増してくる。


「うう、寒いですねえ。今日のお昼ご飯は、なんでしょう?」


「白菜の唐辛子和えに、かぼちゃと鹿肉の煮込み鍋ッス。米も一緒に煮込んだ雑炊風になっているッス」


「お、それは身体が芯から温まりそうだぜ。しっかし、今年の冬は大雪になりそうだな。これ、関ヶ原から岐阜に辿り着くことができるのか?」


「そうなったら、雪をかき分けて行けばいいのだ。ついでに除雪もできて、交通の便が良くなるだろう」


 利家(としいえ)信盛(のぶもり)河尻(かわじり)が談笑している。


「くしゅんくしゅん。ああ、身体が温まるのじゃ。ここは極楽かと思ってしまうのじゃ」


「ん…。貞勝(さだかつ)殿。無理は禁物。風邪ならさっさと屋敷に戻ったほうが良い」


 貞勝(さだかつ)の身を心配する佐々(さっさ)である。


「もぐもぐ、ごっくん、ああ、美味しい。さて、皆さん、戦況はいかがなものです?先生としてはさっさと浅井・朝倉とケリをつけたいのですが」


 信長が鍋からカボチャと鹿肉を取り出し、椀の中にいれ、お玉を使い、さらに汁を注ぐ。それをガツガツと食しながら、しゃべるのであった。


殿(との)、食べるかしゃべるかどっちかにしておけよ。もぐもぐ、ごっくん」


「ガハハッ!そう言う信盛(のぶもり)殿こそ、食べながらしゃべっているでもうすよ。もぐもぐ、ごっくん」


「皆、ひとのことは言えないッスね。あ、信長さま、肉を取りすぎッス。皆が食べる分がなくなるッス」


「そんなにお肉が好きならば、自分が食べる分には名前を書いておいてください。ずるずるずるう」


 信長は、椀に盛った米を汁と共に吸い込む。


「食べるときに音を立てるのはやめるのじゃ。汚らしいっと言ったら、ありゃしないのじゃ」


「ええ?じゃあ、貞勝(さだかつ)くんは、たくわんを食べるときも、音を立てずに食べると言うんですか?教養の高いひとは違いますねえ?」


 信長の言いにぐぬぬと唸る貞勝(さだかつ)である。


「ん…。たくあんはぼりぼりと豪快に音を立てるのがマナー。もそもそと食べても美味しくない」


 佐々(さっさ)が信長に同調する。


「白菜の唐辛子和えもそうッスけど、漬物はぼりぼり音を立てて食べるほうが、おいしいッスよね。なんでなんッスかね?」


咀嚼そしゃく音でも、好まれる音と好まれない音ってのがありますよね。味噌汁とかはずずずずうと音を立てても、許されるじゃないですか?でも、お肉をくっちゃくっちゃと食べられると、イラっとしますよね」


 信長と利家(としいえ)が、ううんと頭を捻る。


「たぶん、音の性質?か何かじゃね?漬物のばりぼりとか、味噌汁のずずずずうは聞いてても、耳障りにならないじゃん?でも、くっちゃくっちゃは、不快な音なんだよ。お琴でも玄人の奏でるのは心地よく感じるが、素人のはただの雑音だからな」


「なるほど。のぶもりもりにしてはまともなことを言いますね。何か悪いものでも食べたのですか?」


「うるせえ。殿(との)だって、今、同じ鍋のもの食べてるじゃねえか!殿(との)がおかしな言動するのは、この鍋のせいじゃねえのか?」


「ガハハッ!それでは、ここにいる皆が皆、おかしい連中だと言うことになるでもうすよ。利家(としいえ)、おぬし、信盛(のぶもり)殿の椀に曲直瀬(まなせ)殿の薬でも盛ったのではないのか?」


「そんなことしないッスよ。曲直瀬(まなせ)殿の薬は副作用がとんでもないことになるッスからね。寒さ対策の薬を兵たちに処方してもらったんすけど、それを飲んだ兵士たちが、いきなり素っ裸になって、とってもなんでもすとりっぷうううう!って叫んで踊りだしたんッスからね」


「うわ、こわ。利家(としいえ)、お前、兵士になんてもの飲ませてんだよ。(いくさ)の最中に素っ裸になっちゃダメだろ」


信盛(のぶもり)さま。曲直瀬(まなせ)殿の説明では、顔が紅潮する程度のはずだと聞かされていたッス。でも、薬を飲んだ兵士たちは全身真っ赤に染め上がっていたッス」


利家(としいえ)くん。副作用はわかりましたけど、効果はどうでした?詳細をちゃんと紙に書き写しておいてくださいね?曲直瀬(まなせ)くんの医療技術が上がれば、得する民たちも増えますからね」


 信長は利家(としいえ)に、今回の寒さ対策の薬の効果のほどを、ふむふむと頷きながら聞き及んでいた。


「なあ、貞勝(さだかつ)殿。さっきの話なんだけど、女性が不浄って考えってのは、どこから来てるわけ?あんなやわらかいおっぱいや、お尻を持って生まれてきたって言うのに、不浄と決めつけるのはどうかと思うんだけど」


 信盛(のぶもり)がさきほどの話を蒸し返す。貞勝(さだかつ)はふむと息をつき


「それは、女性には月のものがあるからと言う説があるのじゃ。血とは穢れに属するものなのじゃ。だから、血を流す女性は不浄だと言う考えみたいなのじゃ」


「うーん?じゃあ、俺たち兵士も敵を討って、血を流しまくってるぜ?俺たちも不浄な存在になるんじゃねえの?」


「そうなのじゃ。だから、血が月のもので流れ出る女性も、血で血を洗う兵士も、動物の肉を取ってくる猟師たちも、いっしょくたに穢れと忌避されるのじゃ。まあ、その風習が根強いのは、ひのもとの国では、朝廷や(みかど)くらいのものじゃがな、今となっては」


「相撲の神さまは男神ですが男好きなので、女人禁制と言われていますし、鍛冶場の神さまは女神なので男好きのため、女性を鍛冶職人にしてはいけないと言われてますね」


「へー、そうなんだ。まあ、でも不浄だからと言って、忌避されるよりかはよっぽどマシな理由だなあ」


「あと九鬼嘉隆(くきよしたか)くんに聞いたのですが、船の神さまも女神らしいんですが、こちらも男好きらしく、女性を乗せると海がシケるだオニって言ってましたね。九鬼くきくんの奥さんが結婚祝いに船旅をしたいと言っても、泣く泣く断っているそうですよ?」


九鬼(くき)も災難だなあ。でも、女性でも船には乗るじゃん?そのときはどうするわけ?」


「そういう時は男装させるんですよ。でも、九鬼(くき)くんには男装娘は、いちもつが反応しないみたいなんで、それも原因らしいですね」


「ふーん。下世話な話、九鬼くきの奴は、この際だから、性癖の守備範囲を広げりゃいいんじゃねえの?せっかくの結婚旅行なんだし、嫁さんの要望くらい、聞いてやりゃあいいものを」


「ガハハッ!性格がなかなか変わらないように、性癖もまたなかなか変わらないものでもうす。例えるなら法華経が一向宗に宗派替えするようなものでもうすよ」


 勝家かついえの言いに信盛のぶもりがそんなもんかねえと言う顔をする。


「うっほん。ちなみに禁中に上がる際は帯刀は禁じられておるのじゃ。血を連想させるものは持ち込んではいけないと言う、習わしなのじゃ」


「言われてみれば、確かに貴族が帯刀してるイメージってないなあ。そんなんで、どうやって自分の身を守るんだよ」


「刃物はだめじゃが、その代り、木刀は許されておるのじゃ。生意気な同僚を私刑リンチにする時に使うみたいじゃがな」


「先生、知ってますよ、その話。平清盛たいらのきよもりが武士から貴族に格上げされたときに、彼が禁中に上がろうとしたら、他の貴族たちが木刀でフルボッコにしようと企んでいたのに、平清盛たいらのきよもりが帯刀していたため、ビビッて皆、逃げ出したって奴でしょ?」


「その話を知っているとは、さすが殿とのなのじゃ。平清盛たいらのきよもりは帯刀の禁を破るほどの権力を所有していたことの表れじゃな。先に行っておくが、殿とのは真似をしたらいけないのじゃ」


 貞勝さだかつはキッと信長のほうを見る。信長はふうと息をつき、残念そうに


平清盛たいらのきよもりくんが刀だったのですから、先生は鉄砲を持ち込んでやろうと思っていたのに、貞勝さだかつくんは鋭いですねえ。ついでに禁中で試し撃ちの演目でも披露してやろうかと計画を練っていたと言うのに、先に注意されたのでは、やりにくいではないですか」


「絶対にやめてほしいのじゃ!せっかく、わしが貴族たちの屋敷を修繕したりと殿とのの権威づけに精力を注いでいるのに、そんなことしたら全部、水の泡と帰すのじゃ。絶対にやめるのじゃ」


「絶対にやるなって、逆に、やれよ!絶対だからなって聞こえるのは、先生だけなんでしょうか?」


「ん…。それは信長さまだけ」


 佐々(さっさ)が素早くツッコミを信長に入れる。信長は、やれやれと言う顔つきになる。


「話を戻して、女性って、なんか損な目に会い過ぎじゃないですか?不浄とか言われたり、職業選択の幅を狭められたり、土俵に上がれなかったり。そんなに目の仇にするほど、男性って言う者は偉いのですかねえ?」


「女性が男性と比べたら、そりゃ、筋肉とか体力に差はあるけど、肉体的なこと以外で、文句を言われる筋合いはないよなあ」


「一向宗の反乱者なんて、ふっつうに女性が槍を持って襲ってきますからね?ほんと、彼らには驚きを隠せませんね。別に、女性だからといって武器を手にとるなとは言いませんが、あの人たちは本当に、最後のひとりになるまで、戦い続けるつもりなんですかね?」


「しまいにゃ、ガキにまで槍を持たせて、玉砕してくるんじゃねえかと、内心、冷や冷やなんだよなあ。武器を手に持って向かってくるなら、こちらも相手しなきゃならんが、さすがに心が痛むってもんだぜ」


「ガキであろうが、女性であろうが、武器を手に信長さまに刃向かうって言うなら、俺は全然、心が痛まないッスよ?信盛のぶもりさまは少し甘いんじゃないッスか?」


 ええ!と信盛のぶもりが驚きの表情を顔に浮かべながら、利家としいえの方を向く。


「だって、年端の行かないガキだぜ?なんでそんなにあっさり割り切れるんだよ?」


信盛のぶもりさまこそ、何を言っているんッスか。俺なんて、13の頃から槍を振るっていくさ場を駆け巡っていたッス。一旦、いくさ場に出れば、ガキとか関係あるわけないッスよ」


 信盛のぶもりは、すげえなあと思いながら、利家としいえの顔を見るのであった。


「ガハハッ!信盛のぶもり殿は子供と油断して、そのうち、槍で横っ腹を突かれそうでもうすな。いくら、せがれと似たような歳の者たちと言えども、いくさ場では同情を止めるでもうすよ?」


 勝家かついえの言いに、信盛のぶもりがふむと息をつく。


「仕方ないかあ。あっちもこっちの命を取ろうとなりふり構ってないもんなあ。俺がこんな弱気じゃ、下の者たちに示しがつかないってもんだわな」


「のぶもりもり。平時に女性や子供にやさしく接するのは構いませんが、いくさ場では恩情を捨てなさい。きみが迷えば、きみが率いる兵士全てが迷い、命の危険に晒されるのですからね?」


 信長は少し口調を強めて、信盛のぶもりに言う。信盛のぶもりは頭を右手でぽりぽりとかくのであった。

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