ー大乱の章 7- 勝家 参戦
「俺や勝家殿やその他のやつらも、引っ越しばっかりさせられてるもんなあ。今じゃ慣れっこになったとは言え、いきなりの異動命令には、びっくりだもんなあ」
「うっほん。他家では、織田家のことを鉢植え武将と揶揄しておるのじゃ。先祖代々の土地を守らせぬとは非情な奴だな、信長はと、裏では笑っておるのじゃ」
「ひどい言いぐさですね。大体、土地に縛られていては、せっかくの名将たちが泣くってもんです。使える人物は、がんがん最前線に出てもらわないと、困るのですよ」
「かと言って、異動を嫌がる将の屋敷に火をつけるのもどうかなあっと思うんだけど。殿は、やることが過激すぎるんだよ」
「ええ?せっかくの栄転なんですよ?それをつまらぬことに囚われていては、先生が困るんです。屋敷を焼いてでも、引っ越しさせるのは当然です」
当然ってなんだっけかなあって思う信盛である。
「まあ、これで、ひのもとの国では競争自体が疎まれることがわかってもらえたと思うのじゃ。こんな戦国時代の大名や将たちですら嫌がるのじゃ。大昔の朝廷の貴族たちが嫌うのは当然と言ったところなのじゃ」
3人が談義を繰り返すところに、陣幕にある男がやってくる。
「ガハハッ!困ったものでもうす。浅井・朝倉はまったくもって、比叡山から動こうとはしないでもうす。これでは一体、いつになったら、この戦は終わるでもうすか?」
「あ、勝家くん。お疲れ様です。お茶でも飲みます?」
「ガハハッ!ありがたく頂戴いたすでもうす。いやあ、今年の冬は冷えるでもうすな。まだ11月だと言うのに、すでに空から雪が舞いはじめてきたでもうす」
勝家が空を見上げる。その空からはちらちらと、雪が舞い降りてきていたのだ。勝家は信長の小姓から差し出された、熱いお茶をずずいと飲み、身体の冷えを抑えるのであった。
「寒いと言えば、利家くんが陣中に持ち込んだ、白菜の唐辛子和えがあります。お昼には、皆さんで頂くことにしましょうか」
「お。地獄に仏とは、このことだな。寒い時期には、アレがぴったりだぜ」
「唐辛子は、風邪に効くものなのかじゃ?身体が温まれば、風邪の治りも早くなると言うのじゃ」
「おや?貞勝殿。こんなところにどうしたのでもうす。京の都の方は大丈夫なのかでもうす」
「くしゅんくしゅん。風邪を引いてしまったので、前田玄以にあとのことを任せて、屋敷で養生しておったのじゃが、仕事をしてないと、どうも落ち着かなくてじゃ。それで、殿に言付けの仕事をもらって、ここまでやってきたのじゃ」
「それはいけないでもうす。風邪を引いたときくらい、ちゃんと屋敷で休まなくてはいけないでもうすよ?今年はまだまだ寒くなるでもうす」
「言って聞くような貞勝くんなら、とっくに屋敷に引きこもっていますよ。この人、仕事中毒者ですからね。ああ、曲直瀬くんには、病人が無理やり仕事ができないような新薬を作ってもらわないといけませんね」
「そんな薬、飲ませたら、一生、床から出られなくなるような気がするのは、俺だけ?」
信長、信盛、勝家、貞勝がううんと、頭を捻る。まあ、曲直瀬の薬だから、多分、きっと、まあ一生、床から出れないと言う事態にはならないだろうと、納得する。
「うっほん。さっきの話の続きをするのじゃ。途中で終わらせるのは、風邪の身を押してまで説明している、わしが損をするのじゃ」
「ん?貞勝殿は、何をまた、ご高説しているのでもうす?」
勝家が疑問を呈する。それはそうだ。勝家は今までの経緯を知らないからだ。信長、信盛、貞勝は今までの経緯を説明する。
「ガハハッ!鉢植え武将でもうすか。それは良い例えでもうすな。殿以外にも意外と冗談が言える者もいるでもうすな」
「先生としては、言われ損なんですけどね。で、貞勝くん、続きをお願いします」
貞勝はふむと息をつく。
「要は、ひのもとの国は競争が嫌いで、貴族も大名も身分と言うものは、親の身分を引き継ぐとのが当たり前だと思っているのじゃ。これは唐の国とは全然、違うのじゃ」
「近しい国と文化の形容が似そうなものなんですが、そうならないのが面白いですね。国と国の文化と言うものは否定しあわずに尊重しあって、互いの良いところを、自分の国にあった形に直すのが最上なのでしょうね」
「まさにその通りなのじゃ。国にはその国の風土と言うものがあるのじゃ。相手の国を見下して、すべてを悪いものと断じるのは間違っているのじゃ」
信長と信盛、勝家はうんうんと頷く。
「じゃが、国と国が交流すると言うことは、良いものだけではなく、どうしても悪いものも輸入されるのじゃ。それが殿が最初に疑問を呈した聖人君主と言う考え方じゃ」
「ああ、為政者は仕事だけでなく、私生活でもしっかりとしないといけないと言うやつですね。なんで、私生活にまで口出しされるのか、たまったもんじゃありませんよ」
「うっほん。殿は私生活がはじけすぎなのじゃ。別に私生活に口出しする気はないのじゃが、身の安全も考えて、町中にひとりでほっつき歩くのは、勘弁してほしいのじゃ」
「殿は警護の奴らをまこうとしているらしいな。俺もそれだけは止めておけと言いたい」
「そんなこと言われても、勝家くんの率いる、強面の警護の人たちですもん。町のひとたちが怖がって、先生と交流してくれないじゃないですか」
「ガハハッ!うちの部隊の奴らは誰に似たのか、血気盛んな奴らばかりでもうす。でも、何かあれば、殿の代わりに死ぬのもいとわぬ者たちばかり。殿の身は安全でもうすよ」
「それはありがたいことなのですが、先生は民たちと気がねなく交流を結びたいのですよ。やはり、同じ飲み屋で酒を飲み、歌を唄ってこその交流でしょう?」
「殿の言わんとしてることはわかる。だが、どこに殿の命を狙う一向宗どもがいるかわからない時代になったんだ。殿にはこれまで以上に警護をつけないとな」
信盛たちの言いに、信長はやれやれと言った表情だ。
「うっほん。では、話の続きといくのじゃ。聖人君主という考えは唐の国ではいろいろな者たちが議論してきたのじゃ。もちろん、その中には徳と言う、不明瞭なものまで交えてじゃ。要は、為政者と言うものは、仕事も私生活においても潔癖じゃなければならないという考えかたなのじゃ」
「ふむふむ。先生がいちいち私生活のことで文句を言われるのは、その所為だったのですね。そんなことを議論していたひとたちはさぞかし、大づちで殴ってもひびが入らないような頭が固い連中だったようですね」
「これが早寝早起きとか、衣服をきっちりしたものを着れとか、そんなことだけならまだしも、女性関係についても、こと細やかに注文をつけているのじゃ」
「ん?女性関係?浮気をするなとかそんなこと?」
「まあ、それも含めてなのじゃが、人前で女性といちゃいちゃするなとか、他人の妻を強引に奪うなとか、多岐に渡るのじゃ。まあ、唐の国の皇帝や領主は、とにかく、女性関係に関してだらしなすぎるのじゃ」
「まあ、人前で女性といちゃいちゃするのは、普通だとしても、さすがに他人の妻に手を出すのはダメだよな」
信盛がうんうんと頷く。
「うっほん。唐の国の皇帝の中には、人妻好きがいたらしく、大層、家臣の連中が困ったこともあったらしいのじゃ。だから、聖人君主と呼ばれる者は、女関係もしっかりしていなければならないと言われているのじゃ」
「ガハハッ!信盛殿は最近は控えておるが、遊女とイチャイチャするのが好きであったな。信盛殿は聖人君主とは呼べないでござる」
勝家が信盛の顔を見ながら、豪快に笑う。対して信盛はうるせえ!と返す。
「うっほん。しかしなのじゃ。唐の国では、この考え方が少々、行き過ぎておるのじゃ。そもそもとして、女性は不浄なものとして、扱われているのじゃ。かの国では」
「うん?女性を不浄というのは、如何なものですか?男性にとって、女性は欠かせないものでしょ?男女がそろっているからこそ、子が産まれ、育まれ、村が出来、町が出来、そして国が出来上がるのです。女性を差別するのはいけないことだと思いますよ?」
「ひのもとの国の地方でも、似たような考えはあるようじゃな。特に仏教では、女性は悟りを開くことは出来ぬと豪語する者すらいるのじゃ。まあ、少数派であることは変わらないのじゃがな」
「あれ?先生、何かそう言った事例を聞いたことがありますよ?確か、謙信くんって妻帯してませんでしたよね?彼も何かの宗派に没頭するあまりに、女性との夜の交わりを一切、禁じていたような?」
「そうなのかじゃ?謙信さまは、てっきり妻帯しているものとばかり思っておったのじゃ」
「え?謙信さまって、そんなにもてないほどのブサイクな面なのか?」
「ガハハッ、ちゃんとひとの話を聞くのでもうす、信盛殿。大体、男はブサイクな面よりも、性格のほうが重要なのでもうす。秀吉を見てみろ。あんな猿面でも、ちゃんと嫁がいるではないか」
「ああ、そうか。じゃあ、謙信は性格がダメなのか。で、モテないくらいならいっそ、仏門にはいっちまえとそんな感じ?」
「いや、のぶもりもり、それは違うと思いますよ?モテるモテない関係なく、その前に女人禁制のお寺に入っちゃったんじゃないですか?謙信くんと文通してますが、なんでも幼少期は嫡男だったわけではなく、寺で修業を積んでいたと書いてありましたし」
「殿は、誰とでも文通してるんだなあ。この前も信玄に書状を送ってなかったっけ?」
「信玄くんは良き文通相手ですよ。なんでも愚痴を聞いてくれます。朝倉義景を絞め殺してやりたいと書いて送ったら、わしもそのときは呼んでくれだわい。武田最強騎馬軍団で朝倉を木っ端みじんにしてくれるだわいって、返してくれましたし」
「ガハハッ!信玄さまは頼もしい盟友でもうすな。東は信玄さま、家康殿で万全でもうす」
「うっほん。謙信さまはもしかすると、幼少期の寺での生活が影響して、女性は不浄なものと叩きこまれたかもしれんないのじゃ。しかし、そうなると、跡取りはどうするつもりなのじゃ?」
「確か、叔父の息子を養子に迎えたり、北条氏康の息子も養子に迎えたりしてたような?でも、そんなことしてたら、跡目争いが起きますよね?謙信くん、そこのところ、どう考えているんでしょ?」
「さあ、わからねえ。そもそも、義、義、義!とか叫びながら、川中島で5回も戦ってたくらいだろ?思考回路が俺らとは違い過ぎる」