ー大乱の章 6- 徳治政治
「そう、それです。聖人君主というやつですよ。その由来って、一体、どこからなんですか?仕事できっちりしなければならないのはわかるんですが、なんで私生活まできっちりしなければならないって言われるのか、納得がいかないのですよ」
「それは唐の国の考え方なのじゃ。殿は徳治政治というものを知っているかじゃ?」
徳治政治と言う聞きなれない言葉に、信長は頭の上にハテナマークを浮かべる。その信長の表情を見た、貞勝がふむと息をつき
「殿でも知らないようなのじゃな。では、少し、講義をさせてもらうのじゃ」
貞勝は、うっほんと咳払いをし、メガネのレンズをくいっと上げ
「徳治政治と言うのは、為政者、唐の国で言えば、皇帝の徳で政治を行うことなのじゃ」
「徳?正しい行いをするとか、善人とかそう言うことを指すのですか?」
「それはある一面で正しい考え方なのじゃ。でも、実際は違うのじゃ。唐の国での徳と言う基準は、皇帝が天に愛されているかどうかなのじゃ」
「なんか、聞いててよくわからないんだけど?そいつが正しい行いをすることと天に愛されているっていうのがつながらないんだけど?」
信盛がそう、貞勝に尋ねる。
「ああ、言い方が悪かったのじゃ。そもそも、徳というものには基準となる考え方自体がないのじゃ」
信長と信盛はますますわからないと言う顔付きになる。
「順番に話すのじゃ。唐の国では、天に愛される者こそが皇帝になるための必須条件なのじゃ」
「その天に愛されるって言う、基準こそ、不明瞭じゃないですか?そんなの言ったもの勝ちになってしまいますよ?」
信長が怪訝な顔付きで、貞勝に問う。
「基準がないように見えるが、ちゃんとあるのじゃ。その皇帝の治世の時代に、干ばつや凶作、民の反乱が起きるとかそう言うのが基準になるのじゃ」
「干ばつや凶作が起きるのは、どうしようもないことじゃん。それこそお天道さまの気分しだいじゃねえか」
「そう、信盛殿が言う通り、お天道さまの気分が基準なのじゃ。そもそも、天に愛される皇帝なら、そんな干ばつや凶作は起きないと考えているのが徳治政治なのじゃ」
「ああ、なるほど、なんとなくわかってきましたよ、先生。豊作が起きたり、民による反乱が起きないということは、皇帝が天に愛されているゆえだと言うことにもなるのですね?」
「その通りなのじゃ。そういった、皇帝が天に愛されているということ、すなわち、皇帝に徳があるからという結論になるのじゃ、唐の国と言うものは」
「どういうこと?民の反乱が起きないっていうのは、善政を皇帝が敷いているからじゃん。それと天に愛されているなんて、つながるわけがないじゃん」
納得のいかない信盛である。
「うっほん。そう考えるのは、ひのもとの国に住む人間なら当たり前だと思うのじゃ。だが、唐の国では違うのじゃ。皇帝の施策による結果と徳は無関係なのじゃ。大体、干ばつも凶作も皇帝の行いが関係あるわけがないのじゃ。だが、唐の国の民はそう思わないのじゃ。皇帝に徳がないから、そういう、凶事が起きると考えているのじゃ」
「頭のおかしい国ですね。政治と言うものは、為政者が自らの手を傷だらけにし、血をにじませ、豆だらけにして、他者の血で真っ赤に染めるのです。それを評価せずに、ただ、徳という不明確なものを基準に考えるのは狂っているとしか言えません」
「そう言うのはその国の文化と言うものなのじゃ。そう頭ごなしに否定してはダメなのじゃ。実際、ひのもとの国でも、その唐の国の考え方は進んでいると言って、徳治政治を取り入れようとした時代もあったのじゃ」
「昔のひのもとの国の為政者も大概、頭がおかしいですね。歌だけ詠んでれば、世の中、丸く収まるとでも思ってた貴族政治を思いだしますよ。あれも大概ですが、徳治政治もひどいものですね」
「話がとびとびになってしまっているのじゃ。ちょっと、時代を戻すのじゃ。それで、唐の国も時代が進めば、徳って言うのはなんなのじゃ。眼に見えないものを基準にされても困るのじゃという流れに変わっていったのじゃ」
「そりゃあ、当然と言えば、当然だよな。お天道さまの気分次第で良い為政者なのかどうかなんて、決められたらたまったもんじゃないもんな」
信盛がうんうんと頷く。だが、貞勝は対照的に渋面になっていく。
「信盛殿。勘違いをしてはいけないのじゃ。それはあくまでも、皇帝に仕えるものも徳が高くなければならないという考え方ができたからなのじゃ」
「ああ?唐の国って、皇帝だけじゃなくて、直近のやつらまで、頭がおかしいのか?」
「そういう、ひとさまの国の文化を頭ごなしに否定するのはやめるのじゃ。とにかく、皇帝が徳をもっているだけでは飽き足らず、それに仕えるものたち、いわば、官僚たちも徳の高さを求められるようになったわけなのじゃ」
「でも、皇帝の徳は凶作や豊作という基準がありますけど、官僚たちの徳なんて、どうやって基準を作るんですか?」
「唐の国でも、官僚たちの徳を計るための基準について、いろいろと議論が交わされたようなのじゃ。そこで、【科挙】と言う筆記試験を行うことになったのじゃ」
「【科挙】?筆記試験?どういうこった?なんで、徳なんて不明瞭なものを推し量るために筆記試験なんだよ」
信盛がまったく話がわからないと言った表情をする。
「そんなの、わしだって知らんのじゃ。とにかく、筆記試験で徳を推し量ろうと言うことに唐の国で決まったのじゃ。しかし、この筆記試験の勉強範囲がすごいのじゃ。唐の国の古今東西すべての書物が対象なのじゃ。老子とか孟子とか孔子とかと言う名前は聞いたことがあるのかじゃ?」
「全然、わからん。殿、知ってる?」
「うーん。孔子くらいしかわかりませんね。たしか、儒教なるものの生みの親だったはずですよね?」
「孔子はそうなのじゃ。老子とか孟子なども、それぞれ、いろんな考えの生みの親なのじゃ。唐の国の素晴らしいことと言えば、そういった、人間の根本的なことに関しての考え方が論議されているところじゃ」
「そういった点では、ひのもとの国では劣っていると言っても過言ではないですね。歌を通じての教育水準が高いわりには、そういう考え方については議論されていること自体がマレと言っていいですし」
「そして、さらに面白いことに、【科挙】による官僚の選抜を唐の国ではやっていたのだじゃが、大昔のひのもとの国では、その考え方が輸入されなかったことじゃ」
「ん?確か、大昔はひのもとの国は唐の国や、朝鮮の国からはいろいろと、漢字とか建築関係の技術者や銅銭が輸入されたけど、【科挙】は、違ったのか?」
「【科挙】によって選抜された官僚たちによる政治は【律令制】と呼ばれるのじゃ。じゃが、【律令制】自体は、ひのもとの朝廷たちは取り入れたのじゃ。位階決めとか役人決めとかにじゃ。だが、【科挙】だけは取り入れなかったのじゃ」
「おかしな話ですね。孔子や老子、孟子のような人物はいませんでしたが、それでも筆記試験に使えるよな書物が、この国にはありますよね?万葉集しかり、古今和歌集しかり、日本書紀しかりです」
「そうだよな。それだけじゃなく、吾妻鏡、源平物語、源氏物語、太平記とかいろいろあるもんな。それを使えば筆記試験くらいできるもんだろ」
信長と信盛が貞勝に疑問を呈する。貞勝は眼鏡のレンズをくいっと上げる。そして眼鏡のレンズはきらりと光る。
「うっほん。そこには、ひのもとの国の根深い問題があるのじゃ。そもそも、ひのもとの国の民は、競争を嫌うのじゃ」
「え?何を言っているんですか?競争が嫌いなら、経済の発展も、大名同士のいざこざも起きないじゃないですか。そんな人間の根本的な部分を否定をしてどうするのですか?」
「うっほん。意外にも、ひのもとの国が競争原理に目覚めたのは、実はここ100年の話なのじゃ。その前にに競争しあうといことは有ったことに有ったが、期間がものすごく短いのじゃ」
「へー。それは知らなかったぜ。俺なんて、いっつも勝家殿や、他のやつらと競争しあっているから、当たり前のことだと思ってたぜ」
「あれ?それを言うのなら、ひのもとの国で競争を義務付けてるような大名家って、織田家だけなんですか?先生も当たり前だと思って、やってきましけど、言われて見て気付きましたよ」
「そうなのじゃ。戦国大名のお家と言えども、競争を強いるのは、多分、殿だけなのじゃ。殿は身分に問わられず、個々の能力に応じて、出世させてくれるからなのじゃ。他家では、戦で1番槍と言った、足軽たちの競争はさせるが、武将同士でそうなのかと言われれば、否と言えるのじゃ」
貞勝の言いに、信長はふむふむと首を上下させ、頷く。
「確かに、他家では出世自体、できないですしね。信玄くんのところでさえ、名将と呼ばれるような者でも、300人の足軽隊長止まりだと聞いていますし。せっかくの人材が泣いてしまいますよ。織田家に何人かくれませんかね?」
「たしか、真田なんとかだっけ?信玄が信濃を手にいれるのに、砥石城を攻めたけど、力攻めじゃ落とせないから、策を使って謀反を起こさせたんだっけか。その立役者が真田なんとかだったような?」
「真田幸隆くんですね。本当、彼を300人の足軽隊長で留めるのは惜しいことです。織田家にきたら、秀吉くん同様にその10倍の3000人の兵を任せると言うのに。本当に残念なことです」
「そもそも、他家では、既存の土地の支配者たちがいるから、新参者に分け与える土地すら、ないものなのじゃ。殿のようにとっかえひっかえ、将を異動させること自体がマレと言って、過言ではないのじゃ」