ー千客万来の章 9- 等身大の恋
祭りは5日目に突入していた。合婚の日程は折り返し地点をすぎていた。着物の胸に花柄わっぺんを付けているものたちは、すでに会場全体の半数に到達していた。日程も余りの人数も残り半分以下となり、いまだ良縁定まらぬものたちは、大いに焦りはじめている。
とある机の男たちなどは
「くっ、俺のなにがいけないんだ」
「胸がでかくて、きれいでかわいくて、それで家事全般ができる女性と、お付き合いしたいだけなのに!」
「俺も年下の女の娘で、胸はひかえめ、メガネをかけていて、一人称は僕。そんな娘とお付き合いしたいだけなのに!」
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そんな春画のような女性とお付き合いしたいだけなのに!」
こいつら、だめそうだなー。そんなやつらを横目に、佐久間信盛は、煮物と白い飯をいただきつつ、冷で喉を潤す。
初日にいっしょの机にいた、殿、山内一豊、佐々成政は、相手となる女性を見つけ、席にはいない。残っているのは、滝川一益と、俺のふたりだ。
「信盛っち、よさげな相手はいた?」
「んー、ぼんっ、きゅっ、ぷりっがなかなかねえ。そっちこそは?」
「おれっちのほうは、浪人って言うと、女性がそそくさと逃げ出していっちゃって」
あれ、でもと信盛は言う
「合婚開催前に、殿にお会いして、仕官の話はきまったじゃん?」
「そうなんすけど、正式仕官は、合婚終わったあとなんで、今は内定もらったとこまでなんすよ」
「内定もらってんだし、浪人、言わなくていいじゃん?」
「素の姿の俺っちを見て、女性には判断してもらいたいんすよ。織田家に幹部候補で内定もらってるなんて言ったら、目の色変わって、つきまとわれちゃいますもん」
「あー、わかる。俺もその点、大変。2日目、うっかり、俺は偉いんだぞーって言ったら、女性陣10人に囲まれて、えらい目みた」
信盛は2日目、熱燗と冷でちゃんぽんしたため、えらく酔ってしまい、つい、俺はのき佐久間さまだぞー、桶狭間の戦いでは、兵500を率いて、信長のやつの護衛まかされてたんだ、どうだ、すごいだろ、うやまえーっとやってしまった。
女性陣は、軍事についてはよくわからないけど、なんだか偉い人にはまちがいない。隣の机からも女性が集まり、信盛を囲んで、どんちゃん騒ぎがおこってしまった。
しかし、信盛が、調子にのり、ぼんっきゅっぷりっ、ぼんっきゅっぷりっと呪文を唱え、腰を前後に振り出すと、途端に女性陣は引きはじめ
「このひと、ただのセクハラ親父じゃねえさの?」
「ほんとうに偉いかも疑わしいだ」
「んだんだ。織田家の武将の方がたといえば、知的でかっこよくて、戦では勇ましいお方って聞いてるだ」
「不思議な呪文を唱えて、踊り出すようなやつが、偉いわけねえべさ!」
さっと信盛の前から女性たちはいなくなり、ひとりぽつんと残される信盛だった。そのあとは手酌で飲みながら、山内一豊に愚痴っていた。
その一豊も今じゃ、胸に花柄わっぺんをつけて、この机から旅だってしまった。1日目に知り合った千代殿の積極さに押し負けて、見事、良縁成立となった。いまごろ、2人で、津島の町を回っているのかもしれない。
「あー、俺っちを等身大で見てくれる女性はいないすかねー」
「いたら今頃、この席に座り続けてねえよ」
それもそうすか、と一益は、はははと笑う。信盛も釣られて笑う。
「ん…。一益と信盛さま、まだ、相手決まってないんだ」
「なっちゃん、そんなこと言っちゃだめよお」
佐々とその相手、梅ちゃんだ。2人は胸元におそろいの花柄のわっぺんをつけ、手をつないで、机にやってきた。幼馴染の間柄から、恋人にステップアップってやつか、これが。うらやましい、俺にも幼馴染がほしかった。
佐々は、信盛にじっと見られて、ちょっと照れくさそうに
「ん…。今日は、梅ちゃんとここで、いっしょにご飯食べることにした」
「ねー、なっちゃん。みんなと食べるご飯はおいしいからねえ」
「ん…。そうだよね」
「よっし、なっちゃん!さっそく、お料理とりにいこ!はやくはやく!」
「ん…。待って、梅ちゃん」
佐々は、梅ちゃんにせっつかされてる。あー、これは、梅ちゃんの尻にしかれますわ。ちょっと、ざまあねえなと佐々にそういう感想を信盛は抱きつつ、煮物の里いもを、箸でつんつんしていると一益が
「幼馴染の妻って、いいすね、特に響きが。おれっちも幼馴染ほしいわあ」
「でも嫁の尻に敷かれるのは、みっともないぜ。やっぱり家庭は亭主関白じゃないとな」
「亭主関白、あこがれすわ。女は男の3歩、後をついてこいってなもんでさ」
などと彼女もいない独身ふたりがわいわいやっていると、そこに18前後のすこし幼さを残した女性が近づいてきて
「一益さん。男尊女卑はいけないとおもいます」
1日目に一益と一豊と飲み比べしていた、香だった。
「だいたい、亭主関白なんていまどき、はやらないとおもいます。どこの平安貴族なんです?香は、一益さんの将来が心配だとおもいます」
一益は、香に一喝されている。俺に飛び火しないでくれよと、信盛は思ったが、次の間で、不思議なことに気付いた。香の胸元には、まだ花柄のわっぺんがなかったのである。うっとおしそうに一益は、右手であたまをかきながら
「香っち、うっさいす。大体、どうしたんすか。みたところ、相手も見つかってないようすけど」
「余計なお世話だと思います。せっかく、一益さんが、信盛さんに感染して、変なことを言って、女性陣を追い返してないか心配して見にきたというものを」
なんかしれっとひどいことを言われた気がする。まあ、それは置いといてだ。信盛は口を開く。
「で、香ちゃんは、一益のことで心配だったわけだ。うんうん」
信盛は一拍置いて言う
「もしかして、香ちゃん、一益に惚れた?」
一瞬にして香の顔が真っ赤になり、やかんが沸騰したかのように頭から湯気をだす。
「いえいえいえいえいえ、ちょっと信盛さま!言うにことかいて、何をかとおもいます!」
「いや、だって、心配してあれから4日も相手も選ばずきたんだろ?そんなの惚れた相手がいるか、お目にかなう相手がいなかったのかのひとつか、ふたつかだろうし」
香はしどろもどろになりながら言う
「で、でも、信盛さんが感染してる、一益さんですよ!ぼんっきゅぅぷりっとか言い出すとおもうのです!」
何言ってるんだろ、この娘
「一益さんなんて、こっちから願いさげだとおもいます!」
あらあ、なんかまずいこと言っちまったなあ、と信盛は思う。これ、俺の責任になっちゃうのかなあ。
「あれ、香っち。おれっちのこと、好いてないの?」
一益は香に問いかける。
「は、はい!好いてないかと思いますです」
「残念だなあ。おれっち、香っちのこと、好きすよ」
え、と香はびっくりした顔を作る
「香っちが嫌ってるなら、おれっち、あきらめるしかないすかねえ」
え、えと香は、次は困った顔を見せる
「一益さん、あのその」
もはや、香は泣き出しそうな顔になっている
「もう一度、聞くすけど、香っちは、おれっちのこと好きすか?」
うんと2回、大きく香は頷く
「か、一益さん、ご、ごめんなさい。ひどいこと言って。わたし、一益さんのことが好き!」
うええんと泣き出した香を、一益は軽く抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩く。
食料調達を終え、席にもどってきた佐々と梅が、その現場をちょうど目撃し
「ん…。一益、女の娘を泣かすのは良くない」
「そうですよ、一益ちゃん。女の敵です!」
一益は、さすがにやりすぎたなと思い、バツの悪そうな顔をしていると、すこし泣くのを止めた香が、一益の顔をじっと見つめ
「泣きやんでほしかったら、ちゅぅして?」
とせがみ始めた。一益は、うおお、香っち、くぁわいいと思いながらも、ここは衆目の前だ。香が泣いてただけあって、皆の目が自分たちに注がれている。
「あ、ほれ!くーちーすい!くーちーすい!」
「一益の、ちょっといいとこ、見てみたい!」
「あ、ほれ!くーちーすい!くーちーすい!」
一益が観念して、香と衆目の前で、口吸いが行われた。会場からは盛大な拍手が送られた。
「うっほん!盛るのは、宿でしてほしいのじゃ!」
村井貞勝は、まあ致し方なしと思い、あまりきつくは2人に言うことはなかった。
信盛は、一益と香のやりとりを見て、冷をちびちび飲みつつ
「はーい。嫁の尻にしかれるやつ、またまた1名さま、ごあんなーい」
と、半ばやけくそ気味に言い放つ。祝杯がわりに湯呑の酒をぐいっと飲み干す信盛であった。