ー千客万来の章 8- 想いは変わらない
村井貞勝が信長にあてがった机の席順は右から、佐久間信盛、織田信長、佐々成政、山内一豊、滝川一益となっている。
向かって女性陣は右から、吉乃、小春、梅、千代、香の5人だ。
信盛は思う。さて、この中で殿が狙ってるのはどれだろうかと。
千代は、前に座っている一豊と一益に酌をしている。その隣の香は、女だてらに一豊と一益の飲み比べに参加いしている。
「ちょっと、香っち、飲みすぎ、飲みすぎ!」
「ちょっと、お千代さんも、香さんにこれ以上、お酌しない!」
「うははは、うははは、世界がまわるよお」
お千代は一豊がオロオロしているのをよそに、楽しそうに、香に酌をしている。あ、香がぱたりと、机につっぷして動かなくなった。
「ちょっと、香っち、どうしたっすか?」
「ん、んんー、んんんーーーー!!」
「ここじゃだめっす!香っち、こっちっすよ!」
なにやってんだ、こいつらは。
では、真ん中の席の佐々と梅と言えばって、あれ?この娘、どこかでみたことあるような…
「ん…。梅ちゃん、これも食べる」
「ありがと、なっちゃん!」
「ん…。梅ちゃん、ご飯粒、ほっぺたについてる」
「え、どこどこ。なっちゃん、取ってとって」
佐々は、ご飯粒をとって、口に含んだ。その姿を見た信盛は
「え?ふたりは知り合い?どういうことだ?ねえ、殿ってば」
「ああ、梅ちゃんは、さだかっちゃん(=村井貞勝)の娘さんですよ。二人とも幼馴染なんですよ」
ええええと、驚きを隠せない。なんであの、七三分けにこんな可愛い娘がいるんだよお!世の中、ふっこうへいだなあ!
「よかったですね。知らずに口説いてたら、さだかっちゃんが、あなたの義理のパパでしたよ」
あっぶね、超あっぶね。貞勝殿と5歳くらいしか変わらないのに、あやうくだわ。
じゃあ、残るは、うーん。20歳超えたババアの小春はないとしてだ
「おい、お前、今、失礼なこと考えてただろ」
いえいえ、なにも考えてません
「顔に書いてあるんだよ、顔に」
じと目で小春が信盛を睨んでくる。おお、怖いこわい。
信盛はそしらぬ顔で、漬物をぼりぼり食べて、熱燗で流し込む。
じゃあ、残るは吉乃ちゃんかー。可憐でかわいいからなー。小春とは違って
「ははは、小春さんだって、十分、可愛いじゃないですか」
「さすが殿、わかってるねー。童貞くさい信盛とは、目の付け所がちがうわ」
うんうんと、小春はうなづく。ぐぬぬ。吉乃ちゃんが目の前にいてよかったな、小春のやつめ
「のぶもりもりは、童貞ではありません」
信長は小春を静止した。お、いってくれるじゃねえか、殿
「素人なだけです」
ガハハと小春が爆笑する。吉乃は顔を赤くし、うつむいている。こ、この馬鹿、あとでみとけよ!
あ、そういえばと、殿が、小春と吉乃に向かって言う
「実はですね、先生、のぶもりもりと賭けをしているんですよ」
ほうほうと小春は面白そうに耳をかたむける。吉乃もおずおずとしながらも同じく耳をかたむける。
「のぶもりもりにこの合婚で彼女ができましたら、わたしの愛蔵品の茶器から好きなの1個あげる予定です」
へええと、小春は驚く。吉乃は町人の娘であるがゆえ、茶器の高価さを知っていて、なおさらに驚く
「あ、あの。そんな高価なもの賭けていいんですか?ものによっては金子10枚はくだらないものもあります」
金子10枚は、家族3人が消費する5年分の米に相当する。その旨を吉乃が小春に言うと
「ふえええ、さすが信長さまだ。信長さま、わたしを妾にしてくれよ」
はははと、信長は笑い
「まだ、6日間ありますからねー。先生、ほかの娘も見てみたいのですよ」
あちゃー、はやまっちまったかと、小春は思う。それにと信長は続ける
「吉乃さん。心配しなくとも、のぶもりもりが、どの茶器が高いとかどうか、わかるわけがないでしょ」
ぐっとも、うっともつかない声を信盛は絞り出す。
「ぜってー、一番、高い茶器をうばってやるからな!みてろよ!」
その前に彼女つくらなきゃならんのじゃないかなーと小春は思うが、それ以上、からかうのはやめた。これぞ、武士の情け、武士じゃないけど。そういや、吉乃だ。わたしでもムリなんだ、引っ込み思案の吉乃では、信長さまにアタックするのは難しいだろう。
そうなるとだ、信盛のことをどう思っているのだろう。よし、お姉さん、ここは一肌ぬいで
「吉乃。吉乃の好みの男性ってどんなひと?」
いきなり話を振られた、吉乃は驚いて、え、えと言うと、どぎまぎしながらも
「んっと、ね。優しい人」
優しいひとかー。吉乃らしいなと、小春は思う。
「わ、わたしね。小さいころ、10歳のころかな。戦火に逃げ惑うなか、両親とはぐれちゃったの」
吉乃が10歳と言えば、8年ほどまえだ。ほうと信長は言い
「8年前くらいのときから、去年まで、ここ尾張では、わたしをはじめ、家督争いをしていましたからね。大丈夫でした?」
「は、はい!織田家の武将の方に助けられて、ことなきを得ました」
信長は、それはよかったと言う。吉乃は続けて
「そ、その方はやさしい方で、両親を探していてくれている間、わたしの手をずっと握っていてくれました」
「いい方に助けてもらったんですね」
「は、はい!それから、わたし、嫁ぐならやさしい方がいいんです」
「見つかるといいですね、そんな、やさしいひと」
信長はにこにこしながら、吉乃の頭をなでている。吉乃は、えへへと笑みをこぼしている。信盛は吉乃ちゃん、可愛いなあと思いながらぼんやり見ていた。そこに小春が
「やさしいと言えば、信盛は、いい人そうだよね。友達としてだけど」
信長は悪ノリして
「そうですね。いい人けど、友達止まりってやつですね」
「せっかくいい話してるのに、俺でオチつけるのやめてくーだーさーい」
吉乃は、ふふふと笑い
「信盛さんは、いい人だと思います。だって、お料理とか率先して取ってきてくれるし、信長さまからは、信頼されてますし」
「え、そう?おれっていい人?えへへ」
小春は、こいつは、と思う。でもまあ、実際、吉乃は女の私からみても可愛い。それと農民出のしかも嫁ぎ先から逃げ出してきた自分とでは、土俵がちがう。まあ、仕方ないかと、心の中で頭をかきつつ
「信盛は、吉乃のことどう思うんだ?」
「ん?ああ、いい子だと思うよ。見た感じ、器量もよさそうだし」
吉乃は、顔を真っ赤にし、うつむく。やっぱり、吉乃には、かなわないかーと、認識させられる。ちょっとくやしい。
でもな、と信盛が言う。
んん、どういうこと?なにか吉乃に不満があるのか、この馬鹿。
「俺、ぼんっ、きゅっ、ぷりっがいいんだよね」
「は?ぼんっ、きゅっ、ぷりっ?」
「そう、胸がぼんっ、腰がきゅっ、お尻がぷりっ」
「お前は馬鹿かああああっ!!」
小春は、信盛の頭頂部に右手で手刀を叩き込んだのだった。
手刀を叩きこまれてから30分後、信盛は復活し
「あいたたたた。ちょっとは手加減してくれよ、小春殿」
「いや、すまないね。つい、あんたの馬鹿さ加減に、いらっとしちまって」
「あれ、信長さまと吉乃ちゃんは?」
「ああ、吉乃が飲みすぎたとかで風にあたってくるって言ってた。危ないからだろうって信長さまがついて行った」
あ、そう。と信盛は、そっけなく返す。この机の他のメンバーといえば
「ちょっと、お千代殿、もうだめ、もう飲めない」
一豊が、満面の笑みのお千代殿に強引に酌をすすめられている。
「香っち、気分は、大丈夫っすか?戻したくなったらいつでも言うっすよ」
一益は、香の介抱をしている。その香は、うへへうへへと上機嫌だ
「ん…。梅ちゃん、おかわり」
「はい、なっちゃん。たくさん食べてね!」
梅殿は、おひつからご飯をよそって、佐々に手渡してる。てか、どこからどうみても、夫婦だ、こいつら。
信盛は、えへへと笑みがこぼれてくる。
「なんだい、気持ち悪いな。強く叩きすぎたか?」
小春が心配してくる。そうじゃないよと、信盛は返し、さらに
「女と絡んでても、こいつら、馬鹿は馬鹿なんだなーって、そう思ったわけ」
「どういうこったい?」
信盛は返す
「いつもと変わらないってことさ」
ふーん、と小春は言う。信盛は、そういえばと言い
「さっきの吉乃ちゃんを助けた武将っての、あれ」
うん?と、小春は応える
「あれ、殿のことだよ。吉乃ちゃんが言ってるの聞いて思い出した。殿が吉乃ちゃんの手つないで、両親をさがしてたんだよ」
ええ、ええ?と小春はなぜだかわからず、動揺する
「あれから8年かあ。時が流れるのは早いもんだねえ」
「なんか、神様って、ふっこうへいだね。吉乃は、8年前にすでに運命のひとに出会ってたってわけか」
小春はなぜか、くやしい。さらに
「うちのとこには、神様ってのはこなかったよ。親に決められた結婚で、嫁いだ先で奴隷みたいに働かせられてさ」
小春は、あーあと思いながら、続ける
「逃げてきちまった。そんで、今、ここ。信長さまの妾になれば、人生一発逆転あるかなって思ったけど、運命ってのはなかなか厳しいねえ」
信盛は黙って、小春の話を聞く
「昔、親に教えてもらった、南蛮の童話の灰被り姫ってのがあってさ。もしかしたら、うちも姫さまになれるかなっておもったけどさ」
あーあと、小春は言い、一呼吸おいて
「やめやめ。しんきくさいったら、ありゃしない。まだ6日間あるんだ、ほかにも男はいるさ。運命を変えてくれる男ってのがさ」
ああ、と信盛は言い、冷め始めた熱燗を、小春と信盛自身の湯呑にいれ
「小春殿と、俺に素敵な彼氏、彼女ができますようにと、乾杯でもしとくか」
ははっと小春は、小さく笑い
「くそったれな運命に抗えますように」
かちんと湯呑を軽くぶつけあったのであった。
次の日、会場の4分の1のものが、着物の胸の部分に花柄のわっぺんをつけていた。その一団の中には、花のように笑う吉乃と、その隣に信長がいたのだった。