ー千客万来の章 7- 戦(いくさ)が始まる
日付は9月15日、正午をすこし回っていた。ここは、津島の繁華街。
合婚の会場には出し物用の舞台と、10人用の長方形の机に、椅子が5人対5人で対面で座れるように配置されている。その10人机が30以上あり、会場内の真ん中を囲むように並んでいた。
その会場のど真ん中には、50人用はあろうかという大きな鉄鍋があり、そこに煮物が調理され入っていた。そして、その大鍋を囲むように、大小の丸い机が置かれ、その上には刺身、天ぷら、焼き魚、鳥を調理したもの、そして、酒と米の飯がある。
「うわあ、あれ、みんな、無料でたべれるんだあ」
「きてよかっただなあ」
「あのキラキラした黄色いものにつつまれてるアレ。もしかして天ぷらってやつかな。うち、たべたことあらへん」
「よーし、1週間、たべまくるぞおお」
農家育ちの女性陣たちは、おおおとの掛け声をあげている。普段見慣れない、食べられない料理を見ているだけで興奮気味である。
その女性たちを机を挟んだ対面に、男たちが座っている。男たちは、うつむき加減で、ひそひそと話し合い
「お、おんな。女でござるよ!おまえ、どの娘がタイプ?」
「俺、真ん中の娘。おまえは?」
「俺は右端の胸のおおきい娘!包容力ありそうじゃん!」
「ちょっと、お前、その娘、俺もねらってんだぞ!席変われよ!」
男性陣は、女性陣とは違う意味で、ヒートアップし始めている。
「うっほん!それでは、お集まりの紳士淑女の諸君。お待たせしたのじゃ!合婚司会者の村井貞勝なのじゃ!」
村井貞勝は会場中に届くよう、精一杯の声を張り上げ
「お手元のテーブルの上に紙を置いてあるのじゃが、そこに今回の合婚のルールが書いてあるのじゃ。字が読めないもののために一度、わたしから説明するとじゃな」
ひとつ、合婚は15日から21日までの1週間、執り行われる。
ひとつ、合婚では、歳の差、身分の差なく、交流ができる。言わば無礼講である。
ひとつ、良縁が成立した二人組には、着物の胸の部分に、花柄わっぺんをつけてもらう。
ひとつ、21日の最終日には、良縁成立したものたちは合同結婚式に出席してもらう。
「最後に、もしも、今回、残念ながら開催日程以内に良縁を成立できなくても心配するな、なのじゃ。尾張に移住する意思のあるものは、清州の長屋で暮らしてもらうのじゃ。もちろん、仕事の斡旋はするのじゃ」
会場にどよめきが走る。特に女性陣から質問の声が飛んでくる
「じゃ、じゃあ、1週間以内にムリに、相手、えらばなくていいってことさね?」
「そのとおりじゃ。清州で生活しつつ、そこでゆっくり相手を選んでくれてもいいのじゃ」
「だども、生活するためのお金がないよ、うちら」
「一か月分の生活費は、織田家が負担するのじゃ。しかし、もし結婚がきまったなら申請してほしいのじゃ。半年分の生活費の補助金を出すのじゃ!」
女性陣から、うおおおおと声があがる。女たちの、男を見る視線が獣のものへと変わっていく。村井貞勝は、会場の盛り上がりを眺めながら、言葉を続ける
「うっほん。ながながとルールを言ってきたが…。結婚と戦にルールはないのじゃ!いい男は、はやいもの勝ちなのじゃ!」
村井貞勝は、会場を煽っていく
「槍、刀、なぎなた。好きなのを使うのじゃ!それでは、織田家主催、合同婚姻会、略して合婚の始まりなのじゃ!」
戦の幕があがった。女性陣は、まず、中央の机に向かい、食べ物をかき集めていく。狩りの前のエネルギー補給である。一方、狩られる側である男性陣は、まだのんきに
「だから、席変われって言ってんだろ!」
「おれ、年上がいいんだよ!年上の魅力、わかる?ねえ!」
「俺は同い年くらいがいいなあ」
などと、言い合っている。
ひとしきり、料理を皿に盛った女性陣は、自分の席にもどってきた。男たちはそわそわしながら、何を話そうかと逡巡している。最初の切り出しは女性陣からであった
「あ、あの、わたし、男の方といっしょにご飯たべるのが夢だったの!」
え?と、男たちは不思議なことを言う娘だと思いながら、あとに続く言葉を聞いた
曰く、わたしたち、みんな、3女とか4女で、のらしごと以外では、外にださせてもらえなかったの
曰く、だから、家族以外の男性と手をつなぐことはおろか、ほとんどしゃべったこともないの
曰く、勇気を出して、家を飛び出してきてよかった
曰く、だって、こんなに素敵な男性方とお知り合いになれたのだから
机を挟んだ向こう側に座る男性陣は、なにかよくわからないが、涙をながしている。ちょっと大げさすぎたのかしら。しかし、次の間のあとには、男性陣のほうから
「なあ、そこの娘さん。ちょっと俺のすごいとこ見てかないか?」
「俺は、この前の戦。今川義元の兵たちを斬ったはったで10人は、なぎ倒したぜ?」
「どうよ、この筋肉。日頃、鍛えたこの身体!」
「泣く子も黙る槍使いたあ、おれのことだ!」
「へへ?おれか?おれは将来、城主になる男だぜ」
聞いてもいないのに、猛烈にしゃべりだす。とりあえず、掴みは成功だ。このまま、なし崩し的に押し倒す!
「これ、あなたにと、取ってきたの。めしあがれ」
おおきめの匙に、煮物の汁をすくい、ふーふーとしながら、男性の口元に運ぶ。目の前の男はすっかり舞い上がり、ぱくりと食いついた。よっし、釣れた。1名様ごあんなーい!
各机、異様にもりあがってるなーと思い、信盛は鳥の串焼きを手にとり、タレをかけていた。今日は熱燗で行きたい気分だ。塩ゆでの枝豆も小皿に盛っていく。あとは、白い飯に、漬物も忘れちゃならない。お盆いっぱいに、皿と料理を盛り、自分の席へもどっていく。
「あ、わたしがやりましたのに」
席を立ち上がろうとした女性に、いや大丈夫と軽く静止をかけ、お盆に盛った皿をきれいに、机にならべていく。他の相席の男たちも、次々と料理を机にもってきては、並べていく。
「ほーら、みなさん。たーんとお食べ!」
信長は、ご飯茶碗を手にとり、おひつからご飯をよそい、みなに配っていく。
「の、信長さま!わたしがやります!」
信長の前に座る女性はあわてている。そりゃそうだ、こんなところに大名がいたら、だれでもびっくりする。
「いいの、いいの。長旅で疲れてるでしょ?ゆっくり味わってたべなさい?」
女性たちはすっかり萎縮し、両手でご飯がもられたお茶碗をうけとっていく。
「ん…。信長さま、わたしのも」
佐々は、信長にお茶碗を差し出す。それを信長は受け取り、ご飯を山盛りにして返す。
「一豊っち、冷と熱燗、どっちが好み?」
「わたしは冷が好みでござる」
「お、気が合うっすね、飲み比べといく?」
山内一豊と滝川一益が、熱燗と冷の徳利を5本ずつ持って、机に戻ってきた。
「おいおい、お前ら、飲み比べもいいが、本来の目的わすれてんじゃねえぞ?」
「そうですよ、みなさん。せっかくこんな可愛いお嬢さん方といっしょの席なんですからね」
「い、いえ、可愛いだなんて、めっそうもない!」
首まで赤くして、ふるふると頭を振るのは、那古野の町人の娘、吉乃というものであった。
「あー、信長さま、いけないんだー。女の子に軽く、かわいいなんて言っちゃってー」
なんて言ってるのは、小春という名の20歳そこそこの女性である。
吉乃は歳は18で、妙齢であったが3女であったため、これといった良い縁談がなく、合婚で、良い男性がいないものかと、親が送ってくれたのだった。
対して、小春は、農家の次女であり、一度は結婚したものの、嫁ぎ先の舅や姑と合わず、家を飛び出してきたのであった。
まあ、色々、事情があるわな、このご時世と信盛は思いつつ、漬物をぼりぼり食べる。
というより
「あの、殿?なんで、あんたまで合婚に参加する側なの?」
「え。先生、そろそろ3人目がほしいんですよ」
平たく言えば、妾が新たにほしいってことだ。こいつ、美人の正室、濃姫や生駒の方だけじゃ満足できないのかよ!
「濃には、寝室に懐剣もちこまれるの、そろそろ怖いんですよねえ」
「そのまま刺されちまえばいいのになあ」
「刺されるのは、期待を裏切ったときらしいですので、まだ大丈夫のはず、はず?」
うーんと、ふたりで、刺される基準値について頭を悩ませていたところ、小春が言う
「まあ、いいじゃないの。殿さまなんだし、妾のひとりやふたり、めずらしいもんじゃないんだろ?」
ひとから言われてみれば、その通りなのだが、釈然としない。せめて、俺とは他の席に行ってくれればいいものを。どうせ村井貞勝辺りが、暴走しないように見張ってろなのじゃってことなんだろう。