ー千客万来の章 5- 攻めるも退くも滝川
合婚開催3日前、今日は9月12日である。
佐々成政、前田玄以は、清州の長屋建設の続きを部下に任せ、湊町の津島に向かう準備をしていた。
「ん…。猿から買った、【大胸筋が応える内政のしくみby細川藤孝】の写本、役にたった」
「ええ、さすがは名が高い、細川さま。筋肉は礼にはじまり、礼に終わるは名言です」
細川藤孝は、内政だけでなく、古今の礼儀作法にも詳しく通じている。そして京都守護職を任せられるなど、武勇も名高い。まさに完璧人間である。彼の書籍は全国にファンがいて、よく愛読されている。
「ん…。猿に、ほかにもおすすめの本があったら、聞いてみよう」
「はい。わたしももっと、内政について勉強したいでござる」
猿こと木下秀吉は少ないながらのお給金で、京の商人から写本を買い取り、それをねねとふたりでさらに写本し、それを売ることで生活の糧としていた。だが、写本をすることにより、読み書き、古今のいいまわし、そして知識への深い理解を得、秀吉はめきめきと実力をあげていったのである。
「ん…。軍の統率指揮関連の本も持ってないかな」
「拙僧、指揮関連はさっぱりでござる」
前田玄以は、役人畑の人間であり、内政関連は得意でも、軍事関連の才はさっぱりといったところだ。
「ん…。もしもの場合がある。最低限のことは知っておくべき」
「ほう。ちなみに最低限の一例はなんでござる?」
「ん…。やばいと思ったら逃げること」
玄以は、ほうと2度うなづき
「しっかり胸にきざんでおくでござる」
佐々と玄以は、長屋建設の仕事を通じ、すっかり、仲がよくなっていた。
握り飯、替えの下着、路銀、宿泊費、猿から買った写本、そして合婚参加費用の2貫(=20万円)を、肩下げや腰袋に入れ、いざ出発しようとしたところ
「よう、おまえら、今から出るとこか?」
佐久間信盛は、佐々と玄以の姿を見つけ、声をかけた
「ん…。佐久間さま。こんにちわ」
「佐久間さま、こんにちわ。どうしたのですか?そろそろ向かわないと、遅れてしまいますぞ」
信盛は、右手で頭をかきながら、んー、と言いながら
「何やら、遠方より滝川益重殿を頼ってきたという、浪人がいてね」
「おっす、お兄さんがた達、こんにちわ」
浪人風のがっしりした体格の男が挨拶をしてきた。佐々と玄以は、こんにちわと返す。
「山内一豊ってひとに、滝川益重の兄貴が、ここに勤めてるって聞いてさ。合婚費用の金、貸してもらおうと来たわけよ」
男は聞きもしないのに、しゃべりだした
「どうも、長屋の建築にでかけてて、城にはいないって言われてさ。どうしたもんかと思案してたとこ」
玄以は、ふむふむと聞きながら
「確かに、益重殿は、ただいま留守にしている。急ぎの用件のようだし、使いを出しておこうか?」
「あー、でも開催まで時間ないしなー。うーん。ねえ、お兄さんがた。合婚費用の500文、貸してくれない?ね!」
さらに男は続ける
「俺っち、北伊勢の出身で、津島の道に詳しくなくてさー。できれば一緒について行っていい?合婚でるんでしょ?お兄さんがた」
「確かに合婚にでるでござるが。うーむ」
信盛は、男に尋ねる
「きみ、なにか、益重殿と知り合いである証拠品もってる?」
「ああ、それなら、この家紋の入った懐剣があるぜ。これを益重兄貴に見せれば一発だ」
男は、ふところから懐剣を差し出し、信盛に渡した。信盛は鞘に家紋が入った懐剣を見て
「よし、30分ほど待たれよ。使いの者を飛ばす。それで身分証明できれば、俺が500文かしてやる。ちなみにきみの名は?」
「おお、お兄さん、ありがとう!俺っちの名は、滝川一益。滝川益重の親族さ」
それから30分ほど、信盛と一益は、二人で世間話をしていた。佐々と玄以は、津島に先に、出発したのであった。
「信盛っち、織田の信長さまってどんなひと?流れてくる噂だと、馬鹿とかうつけとかなんだけどさ」
「んー。うちの殿は、馬鹿だよ。薬のつけようのない馬鹿。そもそも、この合婚、言い出したのもうちの馬鹿だし」
「へー、合婚企画なんて、他国じゃ絶対ないよ!うらやましいわー」
「うらやましい?こっちは振り回されて大変だよ」
一益は、うんと2度、頷き
「俺っち、3男坊なんだけどさ。運よく、北伊勢の豪族、関氏の家臣にはなれたんだけどさ。ちょっとしたことで怒りを買っちゃってさ」
一益は両手を宙に投げ出し
「クビにはなるわ、まとまりかけた縁組も破談になるわでさ。3男坊だから、もう、お先真っ暗。夜盗にでもなろうかと思ってたら、立て看板、張ってた、一豊っちに出会ってさ。運命感じたわけ」
ふむふむと、信盛は右手であごをさすりながら
「で、織田家に仕事と、嫁さんをさがしにきたわけと」
「そうそう、そのとおり。信盛っち、するどいね」
「織田家の訓練は厳しいぜ。それでもいいなら推薦状、書くけど?」
「織田家は、お給金でるらしいじゃないの。なら、がんばっちゃう」
「起床後、朝いちばんに20キログラムの米俵かついで、5キロマラソンだけど、いける?」
えっ、と驚きの顔を隠せない一益。信盛はさらに続ける
「そのあと、槍、鉄砲の訓練。夏ならさらに、水練つき。ただし、朝、昼の飯は出るぞ」
んんーっと一益は、首をひねって考えている
「お、お給金はいくら出るのかな?」
「一兵卒なら、月に2貫(=20万円)だ。足軽組頭になると、月5貫。城主になれば年収2000貫だって夢じゃない」
「うへえ。お、織田家はすごいなぁ。お、俺っち、がんばる!」
一益は、先日まで北伊勢の豪族の下、働いていただけあって、体格はしっかりとしている。だが、織田家の訓練は甘くない。最初の一か月は、朝いちばんのマラソンだけで、げーげー言うことになりそうだ。
「おっし、じゃあ、ちょっと待ってろよ。すぐにでも推薦状を書いてやる」
信盛はそう言い、城の書斎に向かっていく。一益は、しばらく庭にて待つことになった。
「よお、お待たせ。これが推薦状だ、失くすなよ。それと、殿は今、津島に行っている。運が良ければ、そこで出会えるだろうさ」
「信盛っち、ありがと」
そうこうしてる間に、ちょうど、滝川益重へ出していた使いのものが戻ってきていた。
「お、いいところに戻ってきたな。ふむふむ、ははぁなるほど、なるほど」
信盛は益重からの書状を読み
「一益、とりあえず、500文は俺が立て替えといてやる。あと、今度でいいから顔を見せろってさ」
「やったぜ。信盛っち、感謝かんしゃだぜ。益重兄貴には、合婚が終わったあとにでも、会いにいくさ」
そうかそうかと、信盛は頷き、さてとばかりに
「じゃあ、俺も準備して津島に向かうが、一益は、どうする?いっしょにいくか?」
「お、いいの?信盛っちが一緒なら心強いぜ」
この男の人柄がなせる技なのか、すっかり二人は、うち溶け合っている。じゃあと、信盛は
「30分ほど時間をくれないか?ささっと済ませてくるわ」
「はいよ。信盛っち。じゃあ、その辺で時間つぶしてくるわ」
そう言い、一益は、城の庭のほうへ歩いていったのだった。