ー千客万来の章 3- 内政は筋肉だ
次は開催時期だ。おふれと準備の期間を考えると
「く、9月中旬の、稲の、か、刈り入れが終わったあとがよろしいか、と」
木下秀吉がおそるおそる進言する
「お、織田家では兵農分離が、す、進んでいるものの、他家はまったく、そ、そんなことは行っておりません」
秀吉は続ける
「ちょ、町民ならともかく、農家の場合なら時間があるのは、の、農閑期の時期だけですし、あ、あと、あまり開催時期を遅らせると、織田家の兵士たちがま、また…」
「そうですねー。準備に手間取りすぎて、冬になれば交通の便も悪くなりますし、かといって、早すぎても、他国は稲刈りですか」
「うっほん!準備に関しては、自分たちに任せてもらうのじゃ!」
村井貞勝は、さきの失態を返上するべく、意気込んでいる。
「兵士300名、女たち300名、その他で計700名。宿の手配、会場の手配など2週間で取り仕切ってみせるのじゃ!」
さすがは織田家きっての名役人。こういう内政ごとなら、うってこいである。
「わ、わたしも、お、お手伝いさせてく、ください!」
秀吉がすかさず挙手をした
「こ、後学のために、ぜひ、ご、ご同行させてください!」
「うっほん!その意気や、よし。しっかり、わたしの手腕、見て盗むのじゃ!」
「会場や宿の手配は、これで安心ですね。玄以。ここに」
ははっと前田玄以は呼ばれて、身を前にだす。
「あなたは佐々を連れて、清州の町に、独身用と家族用の長屋を1千ずつ建築しなさい」
長屋とはいまでいう、平屋建てのアパートみたいなものである。清州には、500の独身用、そしてもう500の家族用の長屋がすでにはあった。信長は言う
「この合婚。うまくいけば、一気に妻帯者が増えるでしょうし、それに噂をききつけ、兵士になろうという若者も増えることでしょう」
「なるほど、まさか、合婚にそれほどの力があろうとは」
前田玄以は、ほうほうと感心する
「でも、まだまだ足りませんからね。とりあえずの2千増築です」
信長はつづける
「それと佐々。あなたは槍一辺倒ではなく、内政手腕も磨いてもらいます」
「ん…。それ、必要なの?」
「はい。織田家が大きくなるにつれ、城代、城主など、全然、ひとが足りません」
現状、脳みそ筋肉が那古野城・城代を務めているほどだ。内政ができる人材はあって困ることはない。
「ガハハ!それほど難しく考えることはないでもうす。筋肉が自然と応えてくれるでもうす」
脳みそ筋肉は、こう見えて、開墾、建築、城の修繕をこなしてしまう。数字を扱うのは苦手だが、こと、力が関連することはそつなくこなすから、筋肉はおそろしい。
「筋肉ってすごいなー」
信盛は、宙を眺めながら白々しく言う。
「ん…。わかった。挑戦してみる。玄以殿、ご指導、よろしくお願いいたします」
「あい、わかり申した。しっかり鍛えてみせましょうぞ」
前田玄以は弟子を得て、少し昂揚している。筋肉談義はびこる織田家のなかで、内政談義できる仲間は貴重なのである。
「こ、困ったことが、あ、ありましたら、【大胸筋が応える内政のしくみby細川藤孝】の写本を500文(=5万円)でお譲りします!」
猿が商機とばかりに写本を売り込んでいる
「ん…。一冊、買おうかな」
「毎度、あ、ありがとうございます!玄以殿もどうですか?」
「高名な細川藤孝さまも筋肉まみれに…。でも、気にはなりますね。1冊もらいましょうか」
「お、お買い上げ、ありがとうござま、す!」
なんか着実と若い衆にも筋肉汚染がすすんでるなーと、思いつつも口に出したら巻き込まれるので、信盛は黙っている。
「あ、言い忘れてましたが、佐々と、玄以。あなたたちも合婚には出席してもらうので、長屋にかかりっきりにならないように注意してくださいね」
と、信長はいう。さらに
「のぶもりもり、あなたもですよ。もういい加減、結婚しなさい」
「えー、そういわれても、俺、面食いだからさー。あと、ぼん、きゅっ、ぷりっじゃないとー」
「童貞こじらせすぎて、脳みそ筋肉以下になったんですね、かわいそうに。先生の不注意でした」
「ちがいますー。童貞じゃありませんー」
実際、信盛は部下をつれて、町で遊女を買っている。えらくなったら、その分、金をつかえ。貯金だけじゃ経済がまわらないと、以前、信長は言っていた。だから、部下に遊女をおごっている。という言い訳のもと、自分も楽しんでいる。
「おや、女性にはもてなさそうですが、意外と遊んでるんですね」
「ま、まあ、お、お金で解決?」
きょどきょどしながら、信盛は答える。やれやれといった顔をした信長は
「あなた、遊女でもいいから側室にするなりって、あっ、正室いませんでした、先生、失言です」
「うおい。泣くぞ、泣いちゃうぞ?わりと本気で泣いちゃうぞ!」
「ガハハ!信盛殿は、いい人でもうす。いい人だと逆にモテないと言われてるでもうす」
筋肉がどこかしらから引っ張ってきた一般論めいたことをいう。信長は悪ノリし
「確かに、いい人ですね。ほんといい人どまりで終わりそうな感じ、ぷんぷんします」
「うっせええええ。なら、見せてやるよ。本気になった俺の力ってやつをさ!」
「のぶもりもりって、なんか、遊女に言われたことを本気に思ってそうな人ですよね。まだまだ若いとか、会話が上手いとか、大きいとか」
「うきょええええ!よっし、わかった、そこまで言うなら、殿。俺に合婚で、彼女ができたら、なんかください。殿の大事なもの」
ほうと、信長は思案した。これは面白いことになってきました。しばらくして
「では、のぶもりもりが合婚で見事、彼女ができましたら、わたしの愛蔵品の茶器の中からひとつ、すきなものを選ばせてあげましょう」
信長はさらに続ける
「もし、彼女ができなかったら、結婚相手を先生が指名するということでいいですか?」
信盛はにやりと笑う
「うっし、決まりだ。あとで後悔すんなよ、殿!」
熱くなっている信盛を見て、村井貞勝は、また殿に乗せられおって、懲りないやつだと内心おもいつつ
「うっほん。では、開催時期でござるが、稲刈りが終わり、各地で祭りが執り行われる時期の9月中旬ごろ行うのじゃ」
貞勝は続ける
「合婚の期間は1週間おこなうのじゃ。良縁が成立した者たちは、役所で手続きしたあと、清州の長屋に引っ越す準備をしてもらうのじゃ」
ではと、信長が受ける
「良縁成立して、清州に移ってくれるものには、城から金子1枚を補助金として出しましょう。あと子供が生まれたものにはさらに金子2枚を贈りましょう」
金子1枚とは、3人家族が半年で食べる分の米が買える。
「なるほど。産めよ増やせよとは、まさにこのこと。さすがは殿。転んでもただでは起きないですね」
玄以は、感心する。人口の増加は、純粋に国力増加につながる。この合婚がうまくいけば、他国からの若い男女の流入が増えるであろう。
「うっほん。合婚と言い出した時は、この馬鹿はと内心、思いましたが、まさかここまでお見通しだったとは。感服つかまつるのじゃ」
信長は、えっ、と応える。そして、ごほんと咳払いをし
「ははは、当然じゃないですか、やだなーもう」
佐々は、じと目で殿を見ながら、つぶやくように
「ん…。そんなわけがない」
ははは、はははと、信長は笑い続けていた。
緊急会合から2時間後、村井貞勝は、清州城門前に立ち、兵士たちに、こう告げた。
【ひとつ、合婚は、つつがなく執り行われることとなった】
【ひとつ、開催場所は、那古野より西10キロメートルの湊町、津島で行う】
【ひとつ、開催時期は、9月14日~21日の1週間である】
【参加費用は男は500文(=5万円)、女は無料。ただし、合婚で良縁成立したものには、清州移住への補助金を出す】
「子細は追って連絡するので、町の立て札等を見逃さぬように。以上であるのじゃ!」
うおおおおと兵士たちが雄たけびをあげる。デモの首領、飯村彦助が胴上げされている。
「俺たちにも春がくる、やったー!」
「時期的に秋だけどな!」
「お、おれ、生きててよかった!」
一部の兵士たちは、両ひざを地面につき、両腕を宙に放り投げ、涙している。
胴上げを終えた兵士たちは、村井貞勝の前で、全員、正座から頭をさげた。飯村彦助が代表して言う
「我ら兵士一同、一層の忠心を持って、織田家に仕えます!」
雨降って地固まるとは、まさにこのことかと貞勝は思うのであった。




