ー千客万来の章 2- 持たざる者
「おらぁ!殿さまぁ!モテ期なんてこなかったぞ!」
「嫁こさほしい、嫁こさほしい、嫁ほしいぞー!」
清州城の門前で300余りのモテ期が到来しなかった兵士たちがシュプレヒコールをあげている。ついに信長の政策に対する不満が爆発したのであった。
お金でどうにかならないかとの村井貞勝の案で一旦、会合は閉じ、前田玄以がその旨を兵士に通達したところ
「我々はー、金子がほしくてー、桶狭間でー、頑張ったわけではー、ありません」
「彼女が、お嫁さんがほしかったのです!」
兵士たちは、両ひざを地面に落とし、宙を見上げ、涙を流していた。
「お給金で春画は買えます。でも彼女は、嫁は買えないんです」
春画とは現代日本で言うところのエロ漫画である。
「モテ期が来ると言われ、信じて命を賭したのです」
実際、兵士の約半数にはモテ期は到来していた。伏線建築をしていたあの兵士も気になる娘に告白し、彼女を得ている。だが、モテ期がこなかったものが半数いたのも事実である。
「人間、持つ者、持たざる者。二種類が存在します。それは彼女・嫁持ちか、独身者です」
織田家の兵士たちは、本来、嫁をもらうことがほぼ絶望的な状況の農家や土豪の3男坊、4男坊であった。しかし、織田軍に所属することになり、数々の死線を潜り抜けることで、モテ期が到来し、見事、嫁をもらったものたちがいる。
その存在が希望であり、また、つきつける絶望でもあった。いわば、なんらかの先天的なものをもった持たざる者たちである。
持たざる者たちは、最後の希望、合婚にすがろうとしていた。のちに世は、このデモの参加者たちを「足掻く者」と名付けた。
「合婚さ、すれば、おらたちにも彼女ができるはずだ、そうだろ、お殿さま」
鳴りやまぬ合婚コールに清州城門前は沸き立つ。村井貞勝と前田玄以は事態の沈静化に向けて、デモの首領と話に門の外にでた。デモの首領は竹竿を手にもったまま、片膝をつき、竿の先端を、村井貞勝のほうに向けた。
先には直訴状と書かれた手紙が差し込まれていた。貞勝はそれを手にとり、広げ読んだ。
「ひとつ。織田信長さまは、先の大戦前に約束された合婚をつつがなく執り行うこと」
「ひとつ。織田信長さまは、今回の騒動において、兵士に対して罰を与えないこと」
「ひとつ。そのかわり、騒動の首領たる飯村の彦助が総責任を負う」
ううむと、貞勝は唸った。今回の件、兵士たちに約束を取り付けた以上、負い目は殿にある。そして、貞勝は殿に失策を進言してしまった。この騒動の責任はどちらかというと、村井貞勝側にある。
貞勝は、騒動の首領、飯村彦助の眼を見た。おどおどしてはいるが、まっすぐとした良い眼をしている。
「あい、わかったのじゃ。この書状は必ず、殿に届けようぞ。沙汰がくだるまでしばしまたれるのじゃ」
清州城の騒動が起きてから1時間後、織田家の主な武将たちが緊急召集された。
「すまぬのじゃ。わたしの安易な発案のせいで、ここまで事態が大きくなってしまったのじゃ」
「まあ、それに同意したのは、ワシですし、そもそも兵士たちに約束してたのを忘れてた以上、責任の半分はワシにあります」
信長は、落ち込む貞勝にねぎらいの言葉を送る。そして
「兵たちに罰を与えることは、今回はしません。それは必ず約束します。あと、合婚のことですが近いうちに実施しましょう」
「え、まじでやるの?」
信盛は驚きを隠せない
「兵士300人の合婚?だろ。内容はこれから詰めるとしてもだ。そんな大人数さばけるのか?」
いいえと信長は言う
「やるならもっと大規模にやります。1千、いや2千人規模で」
ぽかーんとした顔の信盛は
「な、なにいってるのかなあ、この馬鹿は」
はははと信長は笑い、さらに続ける
「将来的には、そうですね。1万人規模でやりたいです」
「ああ、もう、この馬鹿はああああ」
「まあ、未来のことは置いておいて、まずは目の前の300人をどうにかしましょう。玄以、ここに」
ははっと前田玄以は、信長の横にきて、尾張、美濃(岐阜県南部)、北伊勢(三重県東部)の地図を床に広げる。
「世の中には嫁の貰い手のない3男坊、4男坊がいるのであれば、婿の貰い手がない3女、4女だっています」
信盛はふむふむと頷き、さらに信長の言を聞く
「尾張からだけでなく、近隣諸国からも女性の参加者募集を行います」
「なるほど。近隣から見向きもされなかったやつらでも、土地が変われば好みも変わる。それらの女性をあてがうわけか」
「はい。あと男性参加者からは500文の参加費を取ります。女性は無料」
「それじゃあ、男性参加者から不満がでないか?」
信盛は心配する。いくら給金が出ているからといっても500文だ。
「男性の参加費は、女性の旅費や滞在費に充てます。それなら文句はでないでしょう。それでも足りないと思うので、城からも援助費だします」
それとと信長は続ける
「もちろん武将の方々も参加していいですよ。ただし、ちょっと多めに参加費払ってもらいますが」
「え、まじ?俺もいいの?」
信盛の顔が喜色ばった。
「のぶもりもりの参加費は5貫ですね」
「ええええ。高すぎでしょおおお」
「こういう会合は、歳が高いほど費用が高くなるってのが常ですから、あきらめてください」
前田玄以が口を挟む
「この際、まだ結婚してない若い武将の方々全員、参加してほしいですね。将来のお家のためにも、費用負担のためにも」
「ああ、それいいですね。じゃあ結婚してない織田家の若い衆は強制参加ってことで」
玄以は
「参加費、ひとり2貫といったところでしょうか」
「そうですね。ではそのように運びましょうか」
信長は右手でもった扇子の先端をぽんと一度、左手に打った。
「さて、次は会場ですが、玄以。候補地に心当たりは?」
「さすれば、清州城、那古野城。あとは津島の繁華街とかはいかがでしょうか?」
津島といえば、那古野より西に10キロメートル、木曽川沿いに発展した湊町である。信長が父、織田信秀が津島を手厚く保護し、織田家発展の基礎となる。財源としてもさることながら、大きな商業街には他にも利点がある。ひとの行き来が多いため、情報源としても活躍してきたのである。
「津島ですか、なるほど。いい案です。北伊勢にほど近く、美濃からは木曽川を下ればすぐですし」
「それと津島なら宿の手配も楽です。数も多いですからね」
玄以の言に、信長はふむふむと相槌を打つ。
兵士300人、武将や女性を含めれば、参加者700人はくだらないという壮大な合婚計画が画策されていくのであった。




