異世界での目標
「ねえ、未だに名前を聞いていないのだけど、これって人間族としてどうなの?」
思いっきり叩かれ、腫れた頬を理由に、なんとか宿は確保。
やっぱり、ゴネるのが最強の交渉術だよな。
小屋の中は外観よりは広く、座る分には意外と快適なものだった。
現在は二人、向かい合って座っている。
他人の顔を見ると照れてしまうのだが、その顔が擬態であると考えると、なんとも複雑な気持ちになる。
「人間族でも名乗らない奴はいる。例えば、名前を持っていないやつとかな」
「ああ、そういえば出身地が分からないとか言ってたね。……でも、育った場所があるなら、呼ばれてた名前とかもあるんじゃない?」
少し申し訳なさそうな顔をされてしまったが、そんな顔をされると、俺の方が申し訳ない気持ちになる。
というか、予想以上に大人の対応なんですけど。
「いや、俺は名前も出身地もある。カジョウ・テルアキと言います。出身地は異世界です」
「……本当に掴めない性格してるよね。……あー、私はアイフィール・ファンタズマ・テレスコープ。『幻影種』最後の一体だよ」
アイフィール・なんたら・なんとかね。よし、覚えたぞ。
しかし、俺には名前よりも聞かなきゃならないことがある。
「ところでアイフィ。歳はいくつだ?」
そう、歳。
これ次第で格下扱いできるかどうかが決まる。
年功序列に従うのは好まなかったが、時と場合によるんだよ。
「異様に馴れ馴れしいなこいつ……。明確には覚えてないけど50年ほどは生きているはずだよ。といっても、自我が形成されるまで30年くらいかかってるはずだから、人間的に言えば20歳かな」
「……………………お、同じくらいだな。うん」
年上かよ。
いや、まあね。寿命から換算すれば赤子同然なんだろうけどね。
なんだろうね、この敗北感。
「そういえばさ、テルはこれからどうするの?」
「どうするって、何が?」
「いつまでもここに暮らすわけにはいかないでしょ。働くか、元いた国に帰るか、何かしらするんじゃないの?」
……何も考えていなかったよ。
「でもまあ、楽して稼ぎたいなあ。一攫千金で遊んで暮らしたい」
「本当にクズ野郎だね。……一攫千金の手段も無いわけじゃないけど」
「ほう、例えば?」
「―――魔王討伐、とかね」
「へえ、じゃあ、討伐しに行くかなあ」
「冗談だよ、冗談。第一、そんな力がどこに―――」
「アイフィって一応、金持ってんだよな。明日くらいに魔王のところに行こうぜ」
「……お前は本当にバカだな!そんな軽いノリで行けるわけないじゃん!!」
アイフィはテンションの落差が激しいな。
しかし言ってはみたものの、魔王討伐とかは勇者の仕事ではなかろうか。
いや、もしかしたら異世界から飛ばされた俺こそが真の勇者という可能性もあるのかね。
「魔王ってどんな奴で何やってんの?」
ちょっと興味が沸いてきたぞ。
「最強無敗にして魔族全てを統べるもの、だったのが先代。ただ、後継者を決めてないのに行方不明になって、それを追って勇者も行方不明になったせいで、魔族同士で争っているのが現状、って感じかな」
「はあ、行方不明か。あれ、じゃあ今は魔王っていないの?」
「いるにはいるよ。『呪竜種』が一応、現魔王になってるはずだけど、その座を狙ってるのがいっぱいいるから、どうなるかもわからないんだよね」
頭が消えるとごちゃごちゃするのはどこの世界も一緒なんだな。
「あれ、じゃあ、もしかして魔王の懸賞額はそんなに高くない?」
「先代の半分以下かな。人族による魔王の討伐は、第二第三の魔王が現れるだけだから、今の状態で魔王を討伐しに行っても、人族にうまみは無いんだよ」
人間が倒しても倒さなくても、現状だと、新しい魔王が生まれてくるという事か。
わざわざ人族が噛む必要はないわけだ。
しかし、なんだ。
魔王が弱いのに、放っておくのはもったいない気がするな。
それなら。
「―――俺らが魔族として、魔王倒したらいいじゃん」
「はあ?……え、正気!?正気保ってる!?」
「それで魔王になれば、遊んで暮らせるんじゃね?」
「いや、それ以前の問題だよ!?誰がどうやって倒すんだよ!!」
「それは……」
ほら、いいのがあるじゃん。
正々堂々な戦闘以外なら、どんな目的でも有効に使える能力が。
「アイフィール・なんとか・なんとーか。お前が魔王を倒すんだよ」
アイフィはわなわなと震えていた。
呆れか、怒りか、恐怖か、はたまた武者震いか―――。
「―――名前くらい覚えろ!!!」
どうやら、怒りでした。
『幻影種』は絶滅危惧種で、神話級にレアな種族ですが、アイフィールはポンコツなので野良魔族をしてます。