宿を確保
さて、俺は今、少女に連れられて路地の入り組んだ道を歩いているわけだが。
「おいおい、本当にこっちで合ってるのか?」
廃墟が多く、人気のない場所にいます。
「私の住んでるところに泊めてほしいって言ったの、お前じゃん」
「それにしても薄気味悪い場所だな」
「……一体、魔族を何だと思ってるんだよ。私だって擬態してるだけで、人間族じゃないし」
「そういえば、魔族なのに普通に人間の姿してるよな。猫耳でも生えてるのかと思ったが」
魔族と言われても漠然としかイメージしていなかったが、よく考えてみれば人の姿をしていれば人間側に区別されるという話だった。と考えると、野良魔族という言葉から、野良犬や野良ネコをイメージするべきだったか。
「別に猫耳も生やせるけどね。これでも私、高等種族の『幻影種』なんだよ?」
フードを取ると、ぴょこっと猫耳が出てくる。異世界ってスゲー。
頭を撫でたい衝動に駆られるが、また泣かれても困るしなあ。
鎮まれ……、俺の右腕……ッ!
「……でもさ、高等種族って言う割には凡庸な人間にあっさり捕まってるよな」
「『幻影種』の本領は、姿を変えることにあるからね。腕を掴まれたらもうお終いなの」
「ああ、特殊能力全振りで物理性能が皆無なのか」
「う、ん?……難しいこと言わないでよ」
まあ、この俺に抵抗できない地点で、筋力値は最低値みたいなものなのだろう。
中学生に力比べで勝つ自信がない程だからな。
「んん?でもさ、物理的に掴めない大きさに変化したらよかったんじゃないか?」
「大きさは精々2メートルくらいまでが限界。大きくなっても強くなるわけじゃないし」
「姿が変わっても質量が変わらないのか?基本的には大きさは強さだと思うが」
「多分同じ。どちらかというと、変身じゃなくて変装なんだよ。だから、戦いはからっきしダメ」
「そうか。……思ったより弱いな」
「うっさい!!」
「さあ、着いたよ。街のはずれ、魔族のオアシス。『ゴーストエリア』」
街から歩いて十数分。
超不気味。あと、めっちゃ廃墟。
縮小版ゴーストタウンといったところか。
実に幽霊でも出そうな雰囲気だが、異世界に幽霊くらい、いてもおかしくないな。
「そしてここが私の家。川が隣にあるから便利なとこだよ」
石造りの建物。隣に流れる澄んだ川。廃墟群からも少し離れにある。
ただ、その大きさは家でなく小屋。横には木でできた、大きな車輪のようなものが付いている。
なるほど。
「………家じゃなくね?」
「失敬な。私はもう十数年間はここで暮らしてるんだよ」
「……いや、どう見ても水車小屋じゃん。水車回ってないけど」
というか、十数年間って。もしかして少女じゃないのか?この少女。
「住めるからいいの。そして、二人分のスペースが無いのも解ってくれた?」
なるほど。泣き止んでからやけに素直に案内してくれたと思ったらそれが目的か。
そうは問屋が卸さんぞ。
「―――詰めれば余裕だろ」
「…………嘘でしょ?そもそも、魔族の下で暮らそうだなんて考えるのが変だって言うのに!!」
まあ、変だといえば変なのだろうが。出身地の不明な人間というのも、下手したら魔族より変な存在でしてね。不気味な人間を置くなら、不気味なとこに置くべきだというのが建前。
本音は、これ以上宿探ししたくない。持病ゆえの弊害だね。
だから、納得してもらわないと困る。ここは、俺の交渉術の見せどころだな。
「あのさ、俺はお前を一目見た時からずっと思っていたんだよ」
「……な、何?」
少女(疑問形)が顔を赤らめ、息をのむ。
交渉術其の壱、思わせぶりな言葉で、注意を惹く。
そして、其の弐は、できるだけ簡潔に述べることである。
俺は、正直な言葉を簡潔に述べた。
「………押せば何とかなりそう、チョロそうだっ―――へぶっ!!」
思いっきり叩かれました。