はじめてのいせかい
まあ、そんなこんなで異世界に来た。
他にも細かい出来事がいろいろあったが、ざっくりカットだ。
特筆することがあるならば、ぶつかった女の子はいい匂いがしました。
なお、再会は果たせてません。
恋愛フラグは立たなかったねえ。原因はおそらく、空から降ってきた女の子が食パンを咥えてなかったからだと思う。
「―――おい、テル少年。大丈夫か?」
と、回想に耽っているなか話しかけてきたのは、異世界に来て倒れていた俺を心配してくれたスレンダーな衛兵お姉さんだ。名前は聞いたが、異様に長かったため覚えていない。とりあえず、お姉さんと呼んでいる。あ、ちなみに俺は架条照昌といいます。
「別に体はなんともないですよ」
「私が心配してるのは頭だよ。何をぶつぶつと呟いているんだ?」
あだ名で読んだり軽口叩いたり、やけに親しげじゃないか。恋愛フラグかね、これ。
異世界に来たらパートナーを作っておかないと、生きることすら難しそうだし、早いところ恋愛成就したいところだ。そんなコミュスキルは持っていないけど。
「強いて言うなら思考実験に酷似した独り言のようなものといったところですかね」
「やはり混乱しているようだな。もう少し休むといいさ」
「……そうさせてもらいます」
実は、軽口で言われた通り結構混乱している。
未だに道行く人の民族衣装のような服装に適応できていないし、時折、耳の長い美人や顔に大きな縫い目のある戦士などを見かけては、頭が真っ白になる。
この世界には人間以外にも意思の持った生物がいるのだろう。
異世界と言えばあるあるでも、やはりそう簡単に受け入れることのできる事象でもない気がする。
「ところでお姉さん。やっぱりここって、魔族とか魔王とかがいたりするんですか?」
「『ここ』と言われても定義に困るが、魔族や魔王は存在する。いや、魔族の中でも友好的な種もあるから、二つを同列にするのも少し違うがな。というか、それくらいは常識だろう」
生憎、常識はずれな世界から来ているものでして。異邦人は辛いね。
「じゃあ、この街にもその、友好的な魔族はいるんですか?」
「いないというわけではないが、この街では魔族に市民権は認められていない。この街にいる魔族は、飼われているか、野良か、よほど高等な種族かのどれかだな」
なるほど。
とりあえず分かったのは、市民権がなくとも生きていけるコミュニティがこの街にはあるということだ。
探すべきは野良の魔族。いなかったら高等種族あたりだろうか。
心優しい人間を探すという選択肢もあるが、美少女ならともかく、こんな貧弱もやしを養ってくれるとは思い難い。
かといって魔族なら養ってくれるという保証はどこにもないけど。
アウトローは仲間意識が強いという勝手なイメージだ。
「ちなみにお姉さん、俺、金も家も無いんですよ」
「生憎、私には同棲している彼氏がいるんだ。……まあ、少しくらいの金銭は恵んでやる。仕事の休憩にもなったしな」
恋愛フラグを徹底的に折りにきているな。この世界の神様は恋愛が嫌いなのだろうか。
それでいくと、元いた世界の神様も恋愛嫌いに思えてくるが。
「じゃあ、落として失くさないようにな。強く生きろよ」
お姉さんは巾着袋を俺に手渡し、仕事に戻っていった。
去る背中を見送り、渡された袋を開く。
袋の中身は銀硬貨2枚。
なんだかデジャヴだなあ。
ズボンのポケットに手を突っ込むと、32円の小銭がチャリと音を鳴らす。
……やれやれ。
俺は大きくため息をつくと、諦めたように立ち上がった。
現状。
装備、ボールペン。
持ち物、巾着袋、価値の分からない銀硬貨2枚、おそらく価値のない32円。
目的、野良魔族に出会って交渉、生活の拠点を得ること。
貧相な装備に、漠然としすぎている、見通しの無い目的。
さあ、異世界生活の第一歩だ。
非常にやる気が出ないぞ畜生!!