プロローグ
はっきりと言おう。俺は無職だ。
高校中退、お先真っ暗な『最終学歴中卒くん』だ。
のみならず、肉体労働シャットアウトなもやしっ子だ。
現状は控えめに言って絶望的である。
当時、中退したときは特に未来の事を考えてもいなかったが、一か月も経つと流石にそうはいかない。
就職、就学、何かしら考えなければ生きていけない。
それくらい分かっている。
分かってはいるが。
「……持病のサボり癖から、履歴書を書こうとすると右手が震えるんです」
「黙れ、穀潰し。さっさと働くために行動しろ」
「いや、家事の手伝いはしてるから明確には穀潰しの定義から外れ…」
「いいから動けニート!」
別に悪い母親ではないが、最近ちょっと厳しいと思う。
いや、ドロップアウト少年に対する態度はこれで正しいのかもしれないが。
俺はしぶしぶと履歴書を書こうとして、しかし出鼻を挫かれる。
「母ちゃん、ボールペンのインク切れてるんだけど…」
「はあ、……お金上げるからコンビニで買って来なさい」
貴重なモチベーションが削がれてしまった。
だが、ここでふて腐れても怒声が飛んでくるのは目に見えている。
仕方ない、動くか。
俺は机に置かれた二百円を握りしめ、立ち上がった。
「あのさ、コンビニってちょっと距離があるし、車で送ってくれても……」
「少しくらい運動しろ貧弱もやし!」
夏は暑いものだ。ただ、アスファルトの上はそういう次元を超えていると思う。
サンダルをペタペタと鳴らしながら、ふらふらとコンビニへ向かっていた。
ゾンビかよ、と言われても反論できないほどに怠い。
そもそも登校拒否を始めたのが、学校を辞める一か月前。
要するに二か月間、まともに外で体を動かしていない。
吸血鬼体質が着々と形成されていた俺にとって、ピーカンの青天井からくる日光は、毒でしかなかった。
そんな風に茹だれながら歩いていると、ようやく、コンビニが見える。
「いらっしゃいませー」
念願のコンビニ。
店内の冷房は、これ以上ないくらいに快適だ。
もう少し満喫したいが、生憎、今日の要件はボールペン一本。
二百円じゃ、併せてドリンクも買えない。
立ち読みもなんだか気が引ける。
「ありがとうございましたー」
俺はさっさと要件を済ませてコンビニを出ることにした。
熱気が再び身を襲う。
正直辛いが、あとは帰るだけだ。
そう思うと気が楽になる。
帰って、履歴書を書いて、電話して……。
「………うがああああああああああああ!!!」
先の事を考えるのはやめよう。
精神衛生的によくない。
そう思った俺は行きの時とは違い、無心で帰り道を歩いていた。
ただ、歩いていただけだった。
だから、俺に干渉できる余地はなかったのだろう。
いわば選択肢の無い強制イベント。
そこに自分の意図はない。
まさか思うわけないだろ。
予測できるわけないじゃないか。
―――空から女の子が降ってきて、ぶつかった衝撃で異世界に飛ばされるなんて。