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「Reincarnater」  作者: 春風 優華
善ある殺戮者
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1

 小さな山間の村、そこに二人の旅人が訪れていた。どうにも緑に囲まれた閉鎖的な空間にはそぐわない二人組だ。

 一人は長身で細身の男性。青みを帯びた白い肌に銀の直毛、濃緑色の瞳を持ち、育ちの良さげな雰囲気だ。しかし派手さはなく、仕立ての良い焦げ茶色のトレンチコートだけが印象的である。人当たりの良さ気な面持ちの奥にどこか鋭さを感じさせ、特異な空気を纏っていた。歳は推定で二十五。

 もう一人は少女だ。幼さの残る顔立ちの割に大人びており、立ち居振る舞いはお嬢様のそれであった。しかし髪色は茶と赤を浅く濁したようで透明感はなく、それも肩にかかるほとで切りそろえている。前髪から覗く濃紺色の瞳は切なさと暗さを秘め、世を静観していた。肌は赤みを帯びているが、不健康に痩せて見える。男性のトレンチコートと類型のボレロを纏っており、歳は十二ほどか。

 二人は若い村人に案内され、村役場の会議室へ通された。

「では、(おう)を呼んできますので、しばらくお待ちください」

 若い村人は一礼し部屋を後にする。

「とてものどかで静かな場所ですね」

 少女が言った。

「ああ、草木の囁きが心を落ち着かせてくれるよ」

 男性は答える。ふと、少女は何かに気がついたのか、男性の腕を引っ張った。

「ワイス、屈んで」

「ん、どうかしたのか」

 男性は言われたままに態勢を低くし、少女が手の届く高さに頭を持ってくる。少女は男性の髪に触れると、手で梳かしながら諭すように言葉を紡ぐ。

「だめですよワイス。私達はお邪魔している身なのに、このような姿をお見せしては。山を歩いてきたからと言って、髪が跳ねていて良い言い訳にはなりません」

「いや、すまないフリージア。助かったよ」

 少女は男性の髪を整え終わると、次にカッターシャツの襟も直して微笑む。

「これで大丈夫ですね。ワイス、私はどこかおかしなところはない?」

 問われた男性は体を起こしながら笑った。

「フリージア、君が身なりで問題あったことがは今まで一度もないだろう」

「そんなこと言って」

 軽く頬を膨らませながら、少女はブラウスのリボンや頭にしたバンダナを自ら確認し頷く。ちょうどその時、部屋の扉が三回叩かれた。

「失礼します、旅の方」

 そう言って扉を開けたのは、白髪頭にたわわな髭を蓄えた老人であった。杖をつきながら、老人はゆっくりとした動作で部屋に入る。

「初めまして。この度は急にお尋ねしてしまい申し訳ありません。私はルシオンと申します。彼女はロベリアです」

 そう名乗った男性ルシオンは、胸に手を当て、腰を折った。少女ロベリアもスカートを摘み膝を曲げてお辞儀する。

「ふぉっふぉっふぉ、これはどうもご丁寧に。どうぞそちらの椅子にお掛けください」

 老人に促され、ルシオンは近くにあった椅子を引いてロベリアに座るよう促した。またロベリアも迷うことなく引かれた椅子の前に立つ。ルシオンはロベリアのスカートにしわが寄らないよう、腰を下ろす動作に合わせ器用に椅子を動かすと、すぐに隣の椅子へ自らも腰掛けた。

「いやはや、こんな殺風景な場所でしかお迎えできず申し訳ありませんな。村にお客人が来ることなんてそうそうないものですから」

「いえそんな。私達はお邪魔している身ですので、どうかお気遣いなく」

 ルシオンは柔らかな笑みを浮かべ、丁寧に断りを述べた。しかし老人は、まだ呆れたような困った顔をしている。

「山を越えるのはさぞかし大変だったでしょう。しかしまぁ村の者は気も使えずに。客人には不慣れなものですから、どうかお許しを。ロベリアと言ったかな、そちらのお嬢さんには特に辛い道のりであっただろう」

 話を振られたロベリアは小さく首を左右に動かし答える。

「そんなことありませんわ。豊かな自然に囲まれ、とても優しい気持ちになれました。私の古き郷も、山ではありませんが緑に囲まれた場所でした。なので懐かしく感じましたわ」

 その言葉に同意するかのようにルシオンも首肯する。

「私達は旅人です。どうかそんなに構えないでください。むしろこんなに温かく接していただき嬉しく思います」

「お優しいのですな。いや、二人を見た時からそれは感じていたことでした」

 そこで老人は一度言葉を切り、真綿のような髭を撫でた。

「私のことは、翁とお呼びください。村の者は皆、この老いぼれを親しみを込めてそう呼びます。では、本題に入りますかな」

 ルシオンとロベリアは、少しだけ重くなった空気に、姿勢を正す。翁は、髭を撫でる手を止め、皺の寄った瞼を上げると、二人の顔を交互に見た。

「ふぉふぉふぉ、かしこまらずとも良いのですよ、私は物語をするのが好きですから。……村の者から聞きました、お二人は『記憶継承者』の話を記すため、旅をしているとか」

 返事をしようと口を開いたルシオンを、翁は片手で制す。

「いえ、お二人がどのような者であろうと、良いのです。私は一目見た時から、二人には話さなければならない、そう感じていましたから。これが、若き者の礎とならんことを」

 どこか祈るような口ぶりでそう呟き、目を伏せた。旅人二人は、翁の言葉に全神経を集中させる。空気が一層重みを増した。

「聞いてくれますかな、私が知る、一人の男の物語を」

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