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四人での賑やかな食事を終え、風呂場まで使わせてもらい、二人は布団の敷かれた客間に通された。
「おやすみなさい、アンシス」
ロベリアはアンシスの手をとり、腰を折って自らの額を近づけた。
「これは故郷の習わしで、敬愛を示しています。ご迷惑でなければ」
「嬉しいわ、ロベリア。私、あなたとはきっと良い友人になれたわ」
そして胸を押さえ、一つ息を吐き続ける。
「今夜はいい夢が見られそう」
心なしか出会った時より血色の良くなった顔で作り笑いではない笑みを浮かべアンシスは部屋を後にした。
「ねえ、ワイス」
「なんだい、フリージア」
「時々、私たちはなにをしているのだろうと思うことがあるの。けれどね、こうして救われる人もいるのだと知ると、旅をしてよかったと思えるの。もちろん、知らない内に傷つけてしまう人もいるのでしょうけれど」
ルシオンは、ロベリアのその小さな肩にそっと手を乗せた。
「そうかもしれない。けれど私たちが一緒にいるにはこれが一番いい方法なんだよ。君はなにも変わっていない。だから、あの女性も君の温もりに触れ何かを感じとったんだろう」
「そうね」
うつむくロベリアに、ルシオンは優しく囁きかける。
「さ、もう寝よう。明日もまたたくさん歩かなくてはいけないからね。私は今日の話をまとめてから寝るよ」
「そうね、お願いするわ。おやすみなさい、ワイス」
「おやすみ、愛しのフリージア」
翌朝、太陽が昇ると同時に目を覚ました二人は手際良く支度をしていると、客間の扉が勢い良く開いた。
「ねぇ、聞いて! 続きが、続きが見れたの」
入ってきたのはまだ寝間着姿のロベリアだった。
「続きというのは、もしかして夢の?」
察しのいいルシオンが冷静に問いかけると、ロベリアは少し顔を赤く染め、髪を手櫛で整えながら頷く。
「ごめんなさい、朝から騒がしくしてしまって、恥ずかしいわ。けど、その通り、あの夢の続きを見たの。話してもいいかしら」
二人は笑顔でよろこんで、と答えた。
「あの二人の女の子は、あの後別の街の貴族に拾われて、使用人として過ごすの。その家のお嬢様がとても優しい方で、二人は幸せだったわ。お嬢様のお相手も親切な方で、二人のことを気にかけてくれた。残念ながらお嬢様も相手の方も若くして亡くなられるのだけれど、それでも二人は希望を捨てずに姉妹で支えあって生きていた。泣き喚いていた時からは想像もつかないほど二人とも立派で素敵で、強い女性になっていた」
そこまで一気にまくし立てて、ロベリアはっとする。
「ごめんなさい、具体的なことはあまり覚えていないのだけれど、どうしても嬉しくて、早く二人に伝えたくて、私ったら……恥ずかしい」
ルシオンとロベリアは、元気なアンシスの姿に心の底から喜びを感じ、顔を見合わせ微笑んだ。
「恥ずかしいことなんてありませんわ。私も、嬉しくてたまりません。良かったわ、夢の女の子も、あなたも、幸せそうで」
「ロベリア……。私、あなたが誰なのか分かった気がするわ。けど、いいえ、なんでもない。さ、朝食の用意をするから下に降りてきて」
促されるまま、二人は朝食を一緒にとり、少し部屋で休んだのち、街に出ることにした。アンシスとカインは玄関で二人を見送った。
「案内したいんだけれど、久しぶりに花屋の仕事もしたくて。それに、たいしたお礼もできず」
「お気になさらず。私たちも昼にはこの街を出る予定ですし、一晩の宿と食事をいただけただけで私たちは随分と助かりました。礼など必要ありません。こちらこそ、お礼申し上げます」
ルシオンは残念そうに肩を落とすアンシスに会釈し、ロベリアの手をとる。
「旅人さん、本当にありがとう。妻の明るい顔をもう一度見れて、本当に本当に嬉しくて……ありがとう、ありがとう」
カインは涙ながらに礼を言い、それを見てアンシスは苦笑するものの、その目尻もまた濡れていた。
「お気をつけて、さようなら」
肩を寄せて手を振る夫婦に、ルシオンとロベリアはいつものようにお辞儀をし背を向けた。夫婦と同じく、長年連れ添ったもののそれを醸し出しつつ、賑やかになりだした街中へ消えていく。
「不思議な旅人さんだったな。親子だって言ってたけど、あんなに仲良いもんなのかな」
「はぁ?あの二人が親子って、面白い冗談ね」
「え、でも本人がそうやって」
鈍感なのかなんなのか、純粋で妻思いで少し抜けてるこの亭主に、アンシスは呆れつつも愛しさを感じた。
「馬鹿ね。あの二人はそんなんじゃないわよ」
あの二人は……。
アンシスはそうであって欲しいという願いを込めて、心の中で唱える。
あの二人は、遠い昔、再会を誓いあった、恋人だと。