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「Reincarnater」  作者: 春風 優華
悪夢の女性
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 話を終えたアンシスは、深いため息をついた。その顔は暗く、空気が重量をましたかのようだ。

 ロベリアは努めて明るく、優しく話しかける。

「アンシス、あなたが見る悪夢はただの夢ではありません。それは今とは別の時代を生きた者の、確かな記憶です。もちろん、記憶というのは得てして曖昧なものですから、時系列の歪みは生じていると思いますが」

 ロベリアは、アンシスの話を聞く前から考えていたことに、確証を持って確信する。

「記憶……?」

 訳が分からないと困惑した顔で、アンシスは問い返す。ロベリアは、アンシスが混乱しないようゆっくりと丁寧に、アンシスの目を見て話をした。

「『記憶継承者』、という存在がいることは知っていますね。ですが、一口に『記憶継承者』と言いましても、どの程度の記憶を持っているかなど、その度合いは様々です。あなたはかなり低度な『記憶継承者』なのではないかと、私達は考えました。そして、今の話を聞いて、そうであると言えるようになりました。アンシス、苦しまないでください。その記憶は、誰かが強い願いを持ってあなたに託したものです。過去を生きた人が、実際に見た現実です。本来ならあなたのものではありません。苦しまないで、それを誰かの記憶だと、認識してあげてください」

 そこまで言って、ロベリアは一度口を閉ざす。次の言葉を、言うか言うまいか逡巡し、意を決したのか切なげな瞳で笑みを作り再び口を開く。

「そして、あなたのその夢……記憶には、続きがあるはずです」

「続き……」

 アンシスはその言葉を噛みしめるかのように復唱する。

「そうです。その二人の女の子は、夢の中でまだ生きていたでしょう?つまりは、その先の、未来があるということです。私はそれが、幸福であることを願いたい」

 アンシスは力なく離れていくロベリアの手を握り返した。その手には熱がこもっている。

「私も、そうであることを願います」

 強い意志の宿った瞳に、ロベリアは安堵した。もう、アンシスに恐れはない。悪夢を見ることもなくなるだろう。

 ロベリアは年にそぐわぬ大人びた微笑みを浮かべ、そっとアンシスから離れた。そして交代と言わんばかりにルシオンの隣に腰掛け、彼を見上げる。

「ありがとう、こんなにも晴れやかな気持ちになるとは思わなかったわ。胸の中の黒い靄がすっと抜けていったみたい。もしかしたら、ずっと夢の正体を知りたかったのかもしれないわね。それに二人は、何か不思議な力を持っているよう。あなたたちも『記憶継承者』なんでしょう?」

 アンシスが、先ほどとは打って変わって溌溂とした調子で問いかける。これが本来のアンシスなのだろう。ロベリアとルシオン互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべると、ルシオンが答えた。

「そうですね、似たようなものかもしれません」

「では、国からは認定されていないの?」

「いえ、国からは『記憶継承者』だという認定を受けています」

 不思議そうに首をかしげ、しかしそれ以上は聞いてはいけないような気がしたのか、アンシスは話を変えた。

「二人は旅人なんでしょう。何か目的でも?」

 ルシオンは、少し考える素振りをとった後、白状するように話し出す。

「実は、私達の旅の目的は世界中にいる『記憶継承者』の話を聞いて回り、本に記すことなのです。しかし、今回はなんの許可も得ずに話を伺ってしまったので」

「ぜひ、私の話も記してくださらない?」

 それは二人にとって、思ってもない申し出だった。

「私のようにあやふやな記憶でもよければ、是非載せて欲しい。夢の女の子が未来に伝えたいと強く願った記憶なら、残していかなければならないと思うの」

「分かりました。ご協力、感謝いたします」

 ルシオンとロベリアは起立し深く頭を下げる。アンシスは驚き、思わず自分も立ち上がると両手を振って恐縮した。

「や、やめてください、そんな。むしろ私がお願いしているんですから」

「いいえ、これは私たちのけじめでもあるのです。辛いことを話してくださり、また記録してよいとまでおっしゃってくれ……なんとお礼を申していいのか分かりませんわ」

 ロベリアは頭を下げたまま丁寧な口調で敬意を示す。そんなロベリアの肩を抱き、アンシスは涙交じりの声で囁く。

「ロベリア、あなたは素敵な女性だわ。なぜなんでしょう、私よりも随分若いのに、あなたと言葉を交わしていると安心するの。心が安らぐのよ。二人に出会えてよかった。話せてよかった。こんなにも穏やかな気持ちになるのはいつぶりかしら。私も二人に、感謝しているのよ。だからそのお礼として、協力させて」

 ロベリアはその言葉に応えるかのように、アンシスの背に腕を回す。

「ありがとう、アンシス。ありがとう」

 ルシオンはそんな女性二人の様子を見て、微笑ましげに、しかしどこか切なさを秘めた顔をする。

「さ、そろそろ夕食ができる頃だわ。下に降りて、カインのお手伝いをしましょ。二人を招いて彼にも感謝しないとね」

 そっと目元をぬぐいながら、誰に言うでもない言葉を明るく発し、ロベリアは扉に向かった。そして、軽やかにスカートを翻しながら振り返り、二人を見る。

「またお呼びしますから、ここでゆっくりしていてください。それと、先ほどはすみませんでした。良ければ今夜はこの家で休んでいかれて」

「そう、ではお言葉に甘えさせていただきましょうか」

「そうだな。一晩、お世話になります」

 ルシオンとロベリアは軽く顔を見合わせ頷きあうと、今度は貴族の会釈のように優雅な動作でお辞儀をした。

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