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「きゃー!!」
「こら、エルカ! ここで走ると危ないから待ちなさいっ」
まだ五才ほどの女の子と、その背中を懸命に追いかける少女。女の子は、急に立ち止まると、その場に倒れこんだ。少女は顔を真っ青にして慌て女の子が倒れた場所へ向かう。
そこには、気持ちよさそうに芝に寝転がる女の子がいた。
「もう、びっくりさせないでよ。心臓止まるかと思ったじゃない」
少女は息を整えつつ女の子の側に座り、はやる心臓を落ち着けた。そんな少女の気もしれず、女の子は呑気に芝の感触を確かめている。
「お姉ちゃんは、しんぱいしょうなんだよー」
女の子が少女を見上げて唇を尖らせながら言った。
「それ、意味わかって使ってる?」
「うーん? そうやってお母さんが言ってた。あとね、だからお姉ちゃんはエルのこと好きだよって。エルもお姉ちゃんのこと好きだよ。怒ると怖いけど、お姉ちゃんはエルのこと守ってくれるもん」
「当たり前でしょ。エルは私のだいじーな、妹だもの。だからあまり無茶なことはしないでね、お姉ちゃん身がもたないから」
女の子は言葉の意味がわからないのか不思議そうな顔をする。そして、何かに納得したのかにこりと笑った。少女は半ば呆れつつも、つられて笑顔になる。
「エルね、お姉ちゃんがお姉ちゃんで良かったよ」
「また調子のいいこと言って」
少女は、妹の勝手な行動を叱らなければならないのに、可愛いことを言われつい許してしまう自分は甘いなと反省しつつ、なにより妹に怪我がなくて良かったと安堵する。
とある小さな村の、姉妹の日常。
少女は思う。いつかこんな日々も、成長とともに終わりを告げる。エルカが素直に自分を好きだと言ってくれなくなる日も、そう遠くはないと。
しかし、日常の終わりは思わぬ形で、予想よりもいくらか早く訪れた。
「いやぁぁぁああああ!!!!」
少女は、目の前の光景に、ただ悲鳴をあげることしかできなかった。
それは、まだ十五に満たない少女には悲惨すぎる現実であった。
その日も村は平和だった。小さないざこざはあろうとも、特に事件もなく終わりを迎えようとしていた。村が夕日に照らされ赤く染まる頃、それは起きた。
村は侵され、家は次々に火へ飲み込まれ灰と化す。あちらこちらで絶叫が響き渡り、命の失われる音がする。崩れゆく、昨日まで笑顔にあふれた我が家に、少女は絶望した。
やがて自身も消えていくのだと悟り、その場に力なく膝をつく。
その時、小さく自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
少女は、はっと我に帰り、声の元へと駆け寄る。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
そこには、無残に息耐えた母親の下敷きになる妹の姿があった。
少女は懸命に妹を引っ張り出すと、もう立つ気力も泣く体力もない妹を抱きかかえ、無心で走った。ただひたすらに、火の隙間を駆け抜け、わずかな生き残れる可能性に縋った。
悲しんでいる暇も、苦しんでいる余裕もない。生まれたその時、守ると決めた命を胸に抱き、使命感だけで足を進める。
自分の母がそうしたように、自身も命をかけて、妹を守るため、少女は一心不乱に火の海となった村を走る。
太陽が沈んでも、その日の村は明るかった。
夜の間、火は消えることなく物という物を焼き続け、再び太陽が昇る頃、やっと炎が小さくなり、その姿を消していく。
残ったのは瓦礫の山と、村が焼き払われたという現実だけ。
少女の腕の中では、傷だらけの妹が寝息を小さくたてていた。かく言う少女も、身体中火傷やら擦り傷やらで覆われている。
少女はかつて村だったその場所に背を向け歩き出した。目的地はない、ただ生きるために、歩くしかなかった。
「エル、ごめんね。エルの大事なものたくさん守れなかった。ごめん、こんなお姉ちゃんでも許して……」
少女の涙は、ぽつりぽつりと大地を濡らした。
先の見えない状況で、頼るものは何もなく、ただ腕の中の命だけを確かに感じながら、少女は前を向く。
「……お姉ちゃん、行かないで」
妹が少女の胸に顔を埋め、掠れた声で苦しそうに呟く。
「大丈夫、私はどこにも行かない。エルの側にいるよ」
まだ眠る妹の体を今一度、しっかりと抱き直す。妹は、少しだけ安堵したように口ものを緩めると、また深い眠りに落ちていく。
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