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「俺、一度故郷に戻って、ちゃんと話をしてきます。それから正式に『記憶継承者』の認定を国から得て、この街に戻ってきます。すぐには無理だと思うけど、いつか時間をかけてこの歴史博物館を守る存在になりたいと思うんです。幸い、絵の知識は豊富なんで、修繕とかもかじってて、そこを生かせないかなって」
ルシオンとロベリアは顔を見合わせて、微笑んだ。
「素敵な目標です」
「応援していますわ」
「へへ、ありがとうございます」
照れ笑いして頭を押さえるネフィラに、もう暗い影は見えなかった。未来への希望に満ちている。
「ちなみに、『記憶継承者』だって分かっても、俺が持っている記憶って結局幼少期の一部しかないんですけど、それでも大丈夫ですかね」
「何も問題ありませんよ、記憶継承の形は様々ですから。それに、こうして記憶の断片に触れることで、徐々に別の記憶を思い出す方もいらっしゃいます。もちろん、良い記憶ばかりとは限りませんけど。ネフィラさんなら、どのような記憶でも受け止められると信じています」
「ありがとうございます、ルシオンさん。また、色々思い出したら連絡させてください。今回はお世話になりっぱなしでしたけど、今度こそお二人の力になりたいので」
「とても有難い申し出ですね。けど、どうかご無理はなさらないでください」
ロベリアは真剣にネフィラを見つめた。綺麗な思い出は人を幸せにすることが多い。しかし戦渦の記憶はそうはいかないことを知っているから。この展示を見れば分かる、ネフィラが記憶継承したヒイラギには、必ず戦争の記憶があることを。それを察してか、ネフィラはこぶしを握り締めて見せた。
「心配してくださっているのですね、ありがとうございます。けど俺は、それを含めてヒイラギさんの想いを、この歴史博物館と一緒に未来へ繋いでいきたいんです。だから、負けません。絶対に」
力強いその言葉を、そして強い心の持ち主であるネフィラを、ロベリアは信じることにした。
「さ、残りの展示を見たら市場へ行きませんか。立ちっぱなしで疲れたでしょうし、おなかもすいてきたので、ご飯にしましょう。もちろん、俺のおごりです」
意気揚々と歩きだしたネフィラの背を見て、二人は彼の目標がきっと叶うであろうことを確信した。
翌日昼過ぎ、ルシオンとロベリアは街を後にするため、手続きをしていた。すると背後から、聞きなれた声と懸命に走ってくる足音が聞こえてくる。
「なんだか、出会った時を思い出すな」
「ですね。一昨日知り合ったばかりですのに、濃い時間を過ごしたせいか、彼には古き友のような感覚を覚えます」
微笑みあって振り返ると、予想通りそこには近づいてくるネフィラが見えた。
「逃げも隠れもしませんのに、あんなに走って……本当に、真っすぐな方ですわ」
「結構言うね、フリージア」
いたずらな笑みを浮かべるルシオンに、ロベリアはすまし顔で答える。
「なんだか、子ども達を思い出してしまって」
「それはどっちの子ども達かな」
「どちらもですよ、ワイス」
手続きが済むと同時に、ネフィラも辿り着いたようだ。
「よかった、間に合って」
「連絡先は交換したのだから、そこまで慌てなくても……」
「交換したといっても、旅人はつかまりづらいものですから。国づての連絡なんて、何日かかることやら。俺も今から街を出るんです。と言っても、またすぐ戻ってくるつもりですけどね。せっかくだから一緒に旅立ちたくて」
それなら、と二人はネフィの手続きが終わるのを待つことにした。特別急いでいるわけでもない、のんびりと人の行き来を眺めていた。
「お待たせしました。改めて今回は本当にありがとうございました。これからも、お二人と良き友人であれたら、と思います」
「こちらこそ、あなたのように強く素敵な方に出会えた奇跡に感謝します。これからも、よろしくお願いいたします」
ルシオンとネフィラが固く握り合った掌の上に、ロベリアはそっと手を重ねる素振りをする。
その後も三人でいくつか言葉を交わし、互いの次なる目的地の方へ歩みだした。
「本当に、良い出会いに恵まれました」
ロベリアは、ちらっとネフィラが去った方向を見ながら呟いた。
「友人なんて、再び生まれて以来初めてだよ。ずっと、身の上に苦しめられたからね。けど彼は、一切の偏見なしで私達を見てくれた。これ以上の喜びはないよ」
「ええ、そうですね。純粋な心になんだかあてられてしまいましたわ」
「再会できる時を楽しみにしていようじゃないか」
ネフィラの旅は、二人に出会うことで新たな目標とともに終着点を得た。しかし、二人の旅はまだ終わらない。今回のように出会いに恵まれることもあるかもしれないが、それ以上に過酷なことが待ち受けているだろう。それでも二人は、互いを信じて、進むのみ。




