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翌朝早く、ルシオンとロベリアは歴史博物館に向かっていた。時刻は歴史博物館が開館する少し前、早朝から商人で賑やかな中央の道は避け、一本外れた通りを使って、落ち着いた雰囲気の歴史博物館まで辿り着く。
この辺りでは有名な歴史博物館も、さすがに朝早くから来館する人は少ないだろうと思っていただ、そうやら先客がいたようだ。その先客は、二人に気づくと大きく手を振った。
「おはようございます。ルシオンさん、ロベリアさん」
「来てくださったのですね。おはようございます、ネフィラさん」
丁寧に腰を折って挨拶するルシオンに続き、ロベリアもワンピースをつまんでひざを曲げ、挨拶する。
「おはようございます」
「昨日は心配をおかけして申し訳ありませんでした。実は、あの後も色々考えていたのですが結局答えは見つからなくて。眠れないものだからって、早く来すぎてしまいました。あまりにも暇だから市場をうろうろしていたら美味しそうなものを見つけたので、後で一緒に食べに行きましょう」
頭を押さえて大きく口を開けて笑うネフィラに、二人はほっと胸を撫でおろした。やはりこの青年は、芯の強い人だ。現実に立ち向かう力を持っている。この人なら、記憶に飲まれないだろう。
「いえ、こちらこそ昨日は失礼なことをしてしまい、申し訳ございません」
「そんな、むしろお礼が言いたいくらいなんです。あれほど真剣に俺の話を聞いてくれた人は今までいませんでした。思えば、街の大人に否定されて以来、ちょっとした笑い話とか、思い出話としてしか、お姉さんの記憶を話したことはありませんでした。目的はお姉さんを探すことなのに、行動に逃げて、記憶と向き合わなかったんです。お二人に問いかけられ、改めて記憶を見つめなおすことができました。って言ってもまだ整理はできていないんですけど、不思議と今日ここに来たら答えがわかる気がして。あ、そろそろ開館時刻ですね! 行きましょう」
ネフィラの後に続いて、ロベリアとルシオンも入館の手続きを済ませ中に入る。歴史博物館の中は、神妙な空気に包まれていた。順序に従って、ゆっくりと歩を進める。時折、各々が気になった展示で歩みを止め、解説を記録したり、それぞれ知っている情報を交換したりと見分を深める。
展示も終盤に差し掛かった頃、不意にネフィラがあっ、と声を上げた。ネフィラが見つめる先には、創設者の個人収蔵品の展示がある。
「どうしてこれがここに……」
ネフィラはふらふらと、とある展示の前に引き寄せられていく。それこには古ぼけ、焼け焦げ、絵の具の禿げた、お世辞にも良いとは言えない状態の絵画がいくつも飾られている。展示の解説には、『創設者ヒイラギ亡き後、その家の一室から発見された美術品、歴史的物品の数々。かの戦争の跡が見え、個人収蔵品だが歴史的価値もあるとして、創設者の孫が展示を決定。状態は悪いが、それはヒイラギが命がけで戦火から守ってきたためだと伝えられている。ヒイラギにとって非常に大切なものであったのだろう。戦後、できる限り状態を維持するためあらゆる手を尽くし、大切に保管してきたことが、修繕の跡から分かる。今後は、ヒイラギの魂を継ぐため、当館で大切に保管していく。』とある。解説には相応しくない、個人の想いが混じった文章だ。しかし、この展示をよく表しているとも言える。
「ヒイラギ……そうか、お姉さんは“そう”言っていたのか」
ネフィラは絵画の前で呆然と立ち尽くし、何かをつぶやいていた。点と点が一つずつ繋がっていくのを確認するかのように。
気配を殺して、二人はネフィラの隣に立った。絵画の右下には、昨日ネフィラが書いたあの文字が書かれている。しばらくして、ネフィラは二人の方を向いた。
「あの記憶は、俺の記憶ではなかったのですね」
悲し気な、しかし解放された顔でネフィラは語った。二人は小さく頷く。
「ずっと思い出せないことが辛かった。再会できないことが寂しかった。手がかりのないことを恨んだ。故郷の大人を憎んだ。けど、そんな負の感情は、全部全部いらなかったんだ。それが分かって、残念なのに安心してるんです。変な気分なんです」
再び絵画を見上げながら、どこか懐かしそうな表情で言葉を紡ぐ。
「俺はやっと、本当にやりたいことが見つかった気がします」




