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「Reincarnater」  作者: 春風 優華
悪夢の女性
2/24

 身なりの良い二人組が、小さな街の門前で足を止めた。時刻は昼過ぎ、門は当然のごとく開いており、先程から何人もの人が行き来している。

 二人は旅人であった。故郷にはしばらく戻っていない。もとより、何も残してきたものはないのだから戻る必要などなかった。

 二人組の一人である長身の男は、細身だが丈夫そうな身体をしており、特に育ちが良さそうだ。肌は青みを帯びた白、髪は白銀の剣と比喩するにふさわしい輝く銀色のストレート。アルビノを連想してしまうほど纏う雰囲気全てが白に染まっているが、瞳の色だけは濃緑色であった。薄い唇は彼の薄幸を物語っているかのようで、瞳の奥には冷たい光を宿していた。年は恐らく、二十五前後。服装はカッターシャツに綿製のスボン、その上にかなり仕立ての良い焦げ茶色のトレンチコートを羽織っており、靴もしっかり磨かれていた。しかし全体的に高級感が漂っている割りに貴族のように煌びやかな装飾品は一切しておらず、地味な印象である。

 傍にいるのはまだ幼さの残る顔をした、浅い茶と赤を濁したかのような色の髪を持つ少女だ。肩にかかる寸前で切り揃えられた髪は毛先が外側にはねており、憂いを帯びた濃紺色の瞳は常に鋭く何かを睨んでいた。肌は赤みを帯びた白で、線の細い身体や顔からはただ痩せているというより、不健康な印象を受けた。年は十二くらいだろうか。雰囲気はとても大人びていて、見た目との違和感を感じるほどだ。真っ白な立て襟のブラウスに細い臙脂色のリボン、柔らかな布で出来た焦げ茶色の膝丈ワンピースの裾にはフリルがあしらわれており、腰には革製の背中で編み上げられたコルセットをした姿で、一般的によく見かける街の裕福な娘の格好であった。しかし、男性のトレンチコートと類型のボレロを纏っているため、少し異彩な様相だ。また、かなり足に馴染んでいる様子のブーツは、街の舗装された道を歩くことを想定されて作られたにしては丈夫すぎるように見えた。頭にはリボンと同色のバンダナを巻いており、右サイドの前髪には金属製の細い髪留めを二つ重なるようにつけているが、髪色もあってか派手な印象はない。

 二人はしっかりと手を握ると、人の切れ間に潜り込み、門を抜けた。



 二人の目前に広がった景色は、小さな街ながら活気に溢れた楽しげな様子だった。人々は笑顔で商いをしたり、言葉を交わしたりと、普段の日々を送っていた。どこか暗い空気を纏った二人は、取り残されたようにそこにぽつりと立ち尽くす。

「ここも平和ね、ワイス」

「願ってもないことじゃないか、フリージア」

 二人は視線を前方に向けたまま言葉を交わした。何故だろう、二人の間には長年連れ添ったもののそれを感じる。

「こんにちは、見かけない顔だな。どっかの行商さんかい?」

 微動だにしない二人に声をかけてきたのは、気の良さそうな三十中ごろの青年だった。浅黒く筋肉質な体に、到底似合わない花籠を抱えている。

「いえ、私達は旅人です」

 答えたのは男性だ。

「へぇ、二人でかい? これは驚いた。何もない街だがゆっくりしてってくれよ。困ってることがあるなら、この花屋の旦那がお答えするぜ」

 男性は少女の方に視線を向けた。少女も気づいて男性を見上げると、小さく頷く。

「ではお言葉に甘えて。私達の旅の目的は世界中にいる『記憶継承者』の話を聞いて回ることなのですが、もしこの街にも『記憶継承者』の方がいらっしゃたら、教えてくださりませんか」

 青年は男性の言葉を聞いて残念そうに首を振った。

「悪いな、旅人さん。こんな小さな街だ、『記憶継承者』なんて国に認定されるような奴がいたらすぐ噂になるんだが、この間百歳の婆さんが亡くなって以来この街に『記憶継承者』誰もいないんだ」

「では、そのお婆さんの話を聞いたことがある人は」

「それも残念なんだが、婆さんは頑なに記憶のことを語ろうとはしなくてな。婆さんは一体どんな記憶を持っていたのか、この街の誰一人として知らないんだ」

 青年は肩を落として申し訳ないと再度首を振る。

「そうでか。いえ、いいんです。誰しもが記憶のことを快く語ってくれるわけではないことはよく分かっていますから。この街にも『記憶継承者』が存在していたことを知られただけで十分です。ありがとうございました」

 男性は特別落胆した様子は見せずに礼を述べ頭を下げた。

「力になれなくて済まなかったな。まあ、次の街に行くまではゆっくりしてってくれよ。隣のお嬢さんも歩き通しじゃ疲れちまうだろ」

 青年は少女に笑顔を向けて花籠に入っていた花を一つ差し出した。淡い青色の小さな花だ。

「ありがとうございます」

 少女は受けとって恭しくお辞儀をした。とても庶民が自然とする行為には思えず、またあまりの美しい所作にに青年は思わず目を見張った。

「これは、この街の象徴ですね。名は確か、杜若。幸せは必ずくる、ですね」

「よく知ってるな。その通りだよ」

 少女はふわりと微笑んで花に顔を寄せた。

「昔から変わりませんから。それに、この街の門にも描かれていましたわ」

「こりゃ参った、見事な観察眼だな」

 青年は生唾を飲み込んだ。と同時に、思わず零れそうになった子どもとは思えないという言葉も飲み込む。

「この子は本が好きで、暇さえあれば一日中でも読んでるんです。お陰様でこの通り、色々なことを知っているんですよ。私もよく驚かされます」

 男性はさり気なく少女のことを庇うような言葉を発した。青年は大仰に頷いて感心を露わにする。

「そんな、趣味程度のことですわ。特に花は興味があっただけで」

 少女は頬に照れを浮かべつつも困ったように微笑むと、杜若をボレロの胸ポケットに挿した。

「では私達はこれで。今日の宿を探さなくてはいけませんから」

「おお、そうだな。引き止めて悪かった」

「いえ、貴重なお話をありがとうございました」

 男性は丁寧に腰からお辞儀をすると、少女の手をとり街の中心部へと足を進める。青年は、特異な空気を持つ二人の旅人が人波に消えて行くのを、呆然と見送っていた。

 しばらく凍りついたようにその場に立ち尽くしていた青年だが、やがて決意したかのように一度瞳を強く閉じると、花籠のとってを握り締め走り出した。

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