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「驚かせてごめんなさいね。まだ私のこともしっかり説明していなかったのに」
子ども達が去っていった方向を見つめながら、ロベリアは言った。
「いや、確かに驚いたけど、君が子好きなのは前々からだからね。むしろ安心したよ。私のことも嫌わないでくれたみたいだし」
ルシオンは照れくさそうに頬をかく。
「あら、そんな心配してたの? 大丈夫よ、あの子達はその辺の大人よりよっぽど人の本質を見抜くのが得意だもの。みんなあなたのこと大好きになるわ。ふふ、ちょっと妬けちゃうかも」
会話を楽しみつつ、二人はさらに路地を進んだ。周囲は一切の活気を失い、廃れた建物、瓦礫の山ばかり目立つようになる。ルシオンは思わず、息を飲み込んだ。
その時、路地の奥に大人の影が見えた。壁に手をつきながら、おぼつかない足でゆっくりと歩いてくる。ロベリアはその影が誰なのか分かると慌てて走り寄り肩を支えた。ルシオンもすぐに追いかける
「あら、ロベリア。帰ってたのね」
「お母様、寝てなくてはいけないとあれほど」
「だって、子ども達の楽しげな声が聞こえたんだもの。きっと素敵な来訪者がいらしたのだと思って。ね、間違っていなかったわ」
ロベリアがお母様と呼んだ女性は、青白い顔でルシオンを見て微笑んだ。
「あなたがロベリアの記憶の男性ね。私はプラティアと言います。娘を迎えにきてくださって、ありがとう。娘一人残して先に逝くのはどうしても気がかりで。どうぞ我が家へいらしてください。詳しいお話は、そこで」
「はい、ありがとうございます」
ルシオンはロベリアとは反対側の肩を支え、プラティアにあわせて歩を進める。一つ角を曲がってすぐそこに、古びれた扉があった。そこが、ロベリアとプラティアの家らしい。扉を開けると小さな空間の真ん中に、何重にも重ねられた布が敷かれていた。ロベリアはプラティアの体を拭くと、その布の上に寝かせた。
「ばたばたしてしまって、ごめんなさいね。えっと、何からお話すれば」
プラティアは色を失った唇を震わせながらもなんとか言葉を紡ぐ。しかしロベリアがそれを制した。
「お母様、今はとにかく寝て。また後で彼のことは話すから」
ロベリアに宥められ、名残惜しそうにプラティアは瞳を閉じた。すぐに寝息が聞こえ出し、改めてロベリアはルシオンに向き直る。
「ごめんなさいね、色々説明が後に回ってしまって。まずは、そうね。私の今の境遇から話しましょう」
雨音が響く小さな空間に、ロベリアの声がこだまする。ルシオンは、耳をすませて、その声に聞き入った。
母プラティアは、元は裕福でも貧乏でもない、ごく一般的な家庭の一人娘で、成人する頃にはある商家の跡取り息子との婚姻が決まっていた。プラティアの両親は慈愛に満ちた人で、お金はないがよくいらなくなった布を集めては服や布団に加工して貧民街の子ども達に恵んだ。そんな両親の精神をプラティアは自然と受け継いでいた。対して商家の世界は常に競争であり、商家の息子もその闘争心を受け継いでいた。そのためプラティアとは根本的から考え方が異なっていた。だがそれは仕方のないことである。婚姻するにあたり共に過ごし始めた二人は、お互いの溝を埋めるためよく話し合い、歩み寄った。
二人の生活は、上手くいくように見えた。二つの不幸が同時に訪れさえしなければ。
プラティアの両親は、その時貧民街で流行っていた病にかかり亡くなってしまった。同時期、婚姻相手の家も業績が振るわなくなっており、彼の親は街を離れることを秘密裏に画策していた。そして、やっと両親を失った悲しみから立ち直ろうとしていたある日、人一人がなんとか生きていけるだけのお金と家を残して、彼は店もろとも姿を消した。
プラティアは、両親のわずかな遺産と彼が残したお金、そして一つの命を抱え、途方にくれた。しかし、プラティアは強い女性だった。両親との思い出をたどりながら、子どもの頃よく訪れた貧民街にふらりと立ち寄った時、笑顔で走り去る子ども達とすれ違った。その中の一人は、なんとプラティアが幼い頃着ていた服を身にまとっており、それを見た瞬間、優しい両親の願いを思い出したのだ。
そしてプラティアは決意する。両親に代わって、自分が成し遂げようと。
家と残された家具などを売り、できる限りのお金を用意すると、貧民街の中にあるぼろぼろになった教会をそのある限りのお金で整備し、そこを子ども達の教育の場であり、遊びの場であり、また孤児院とした。
そしてロベリアは、小さな街の貧民街にできた孤児院に産まれたのだ。




